第8話 再会

 ヒラクは前庭を駆け抜け、城の中央へと向かった。

 ヴォルフたち希求兵がヒラクを警護している。


 すでに建物の前では、城内に侵入してきたルミネスキ兵たちと神帝国兵が入り乱れて闘っていた。


 中央を守る神帝国軍の砲撃隊を前に、剣で対抗するしかないルミネスキ兵たちは、雪の上に鮮血を散らし、砲撃によって次々と斃れていく。


 ヴォルフは兵士たちの注意をヒラクからそらすため、一人奇声を上げて神帝国軍の前に突っ込んでいった。その姿にルミネスキ兵たちも勢いを取り戻す。


 一方、ハンスはウナルベにしがみつき、空から戦況を見ていた。

 ハンスが上空から見下ろすと、広々とした前庭の雪原にひしめく兵士たちは、砂糖にびっしりと群がるアリの集団のようだった。

 

「こんなところから見下ろせば、そりゃ神みたいな気分にもなる」


 ハンスは巨人の手のひらの上のユピのことを皮肉るようにそう言った。


「しかしな、俺の勾玉主様は、あのアリの中に自ら飛び込んでいくようなお人なんでい」


 ハンスはそう言ってニッと笑うと、ウナルベに急降下させた。冷気が鋭く顔を打つ。剣が空気を裂く音と金属がぶつかる激しい響きが迫ってくる。

 着陸の瞬間、雪を舞い上げる中、ハンスは一瞬でバランスを取り直し、剣を抜いて前へと飛び出した。


 隊列が乱れた隙に、ギルベルトやトーマに守られながら、ヒラクは正面の入り口を目指す。


(ユピ……、ユピ……!)


 勾玉の光が行く手を防ぐ兵士たちを弾き飛ばし、光の道筋を作る。


 神帝国の兵士たちの中には希求兵も紛れ込んでいた。


「あの光……あの方が勾玉主?」


「私が護ろうとしていたのは、勾玉主様じゃなかったのか?」


 新たな神帝を勾玉主だと思っていた希求兵たちが一人、二人と目が覚めたようにその場に立ち尽くす。


「どうした? 敵を討て! それでも神帝国の兵士か!」


 兵士たちの指揮をとっていた軍帥が戦意を失った兵士たちに向かって叫ぶ。


「私は神帝国の兵士ではない」


 兵士の一人が神帝国の兵士の証である赤の縁取りの入った白いマントを脱ぎ捨てて言った。


「私は勾玉主様のための戦士だ!」


 その言葉で同じくマントを脱ぎ捨てる者たちが続々と出てきた。


「本物の勾玉主様が現れた」


「まやかしの光にだまされるとは……」


「新たな神帝は勾玉主様ではない!」


 マントを脱ぎ捨てた兵士たちも加わって希求兵たちが結束したことにより、神帝国軍は一気に総崩れとなった。


 ヒラクはそれを横目に見ながら、必死に走り続けた。


 そしてやっと中央の建物の正面にたどり着いた。


 縦長のアーチ型の窓が上下左右に整然と並んでいる。


 正面玄関は前に突き出した形になっていて、王冠のような屋根の装飾を背景に神王を象った彫像が立っている。


 一階部分には細い柱が立ち並び、二階のバルコニーを支えている。


 玄関の前を守る神帝国兵たちがヒラクの侵入を阻止しようと剣をかまえた。


「どけどけどけー、そこをどきなっ、ヒラク!」


 ウナルベが雪を蹴り上げて突進してきた。

 神ウナルベの突進は稲妻のように素早く、兵士たちは吹き飛ばされる前に反応する間もなかった。


「ヒラク様、中へ」


 ギルベルトがウナルベに続いて建物の中に飛び込んでいく。

 ヒラクもトーマと一緒に後に続いた。




 大理石の床が広がり、正面には二階へと続く広い階段が伸びている。


「お久しぶりです、勾玉主様」


 聞き覚えのある声が床に響いて聞こえてきた。


 階段の踊り場に一人の兵士が立っている。


「ジーク……」


 ヒラクは抜き身の剣を手に階段の中央を下りてくるジークをただ黙ってみつめていた。


「ヒラク様、お下がりください」


 ギルベルトがヒラクの前に立ち剣をかまえる。

 ヒラクはあわててギルベルトに言う。


「待って。ジークも同じ希求兵だよ。仲間なんだ」


「いいえ、私はもう希求兵とは言えません」ジークは言った。「勾玉主に仕える希求兵はすべて私の敵となる……」


 ジークは神語でつぶやくと、ギルベルトの前に踏み込み、剣を振るった。

 ギルベルトは一歩も引かずに応戦する。

 刃と刃がぶつかりあうたびに重い衝撃が体に響く。

 ジークとギルベルトは、踏み込む足に力を込めて、互いに剣を打ち払いながら、前進と後退を繰り返す。


「もうやめろ!」


 ヒラクは危険も顧みず、二人の間に飛び込んでいった。


 ジークは視界に飛び込んできたヒラクを見て剣を止めた。


 ギルベルトはその隙を見逃さず、ヒラクを突き飛ばし、剣の先でジークののど元を狙った。


 床に倒れたヒラクが体を起こして振り向くと、ジークがその場にひざをついていた。


「ジーク!」


 ヒラクはジークに駆け寄った。


 ジークはギルベルトの剣をとっさにかわしたが完全にはよけきれず、剣先は外衣の下の鎖帷子を貫いてジークの左胸の上部を突き刺した。

 滲み出す血をおさえることもせず、ジークは右手に剣を持ったまま立ち上がろうとする。


「もうやめろ、もう、やめてよ、ジーク!」


 ヒラクはジークの右腕にしがみつく。

 ジークはその手を振り払うこともできず、手から剣を離した。

 鈍い音を響かせて、大理石の床にジークの剣が横たわる。


「殺せ」


 ジークはギルベルトを見上げて言った。


「戦いの真っ只中で、迷いを持った者は死ぬ。その手でとどめを刺すといい」


「そんなことはさせない!」


 ヒラクはギルベルトの前に進み出て、ジークをかばうように両腕を広げた。


「その者はもはや希求兵ではありません。本来の任務を放棄した者たちはすべて裏切り者です」


 ギルベルトは、神帝国の義勇兵となり本来の任務を放棄した希求兵たちのことを思い出しながら、険しい顔つきで言った。


「希求兵とかそんなの関係ないよ」ヒラクは声を強めた。「どんな道を選ぼうがジークはジークだ。おれにとってジークはジークでしかないんだ」


「ヒラク様……」


 充血したジークの目に涙がにじむ。

 ヒラクの名前を口にしただけで、みぞおちでかたまっていた鉛のようなものがみるみる溶け出していく。

 ヒラクと共に旅をした日々の出来事が次々と脳裏に浮かんでくる。

 ルミネスキで過去の贖罪の念に苦しんだこと、海賊島で孤立したこと、そして南多島海でヒラクを裏切る形になったこと……。

 それでもヒラクはいつでもありのままのジークを受け入れ、そのまっすぐな目を背けることなく、信頼を失うこともなかった。


 ヒラクにその名を呼ばれたジークはやっと自分を取り戻したような気持ちになった。


「おい、ジーク、もういいじゃねぇか」


 そう言ったのはハンスだった。

 ヴォルフや数名の希求兵たちもいつのまにか建物の中に入ってきていた。


「軍帥の首は取った。外はもう大体かたがつきそうだ」


 ハンスは負傷した左脇を押さえながら痛みに耐えるように顔を歪めて笑った。


「神帝国軍の中には勾玉主は新たな神帝だと思い込んでいる奴らが大勢いた。キッドから聞いたんだが、ユピには言葉で人の心を操る力があるみてぇじゃねぇか。おまえもおおかたユピにそそのかされてたんだろう?」


「いや、私は彼らとはちがう……」


 ジークは暗い顔つきでハンスに言った。


「彼らは勾玉主様に仕えようとしていたという意味では、裏切り者でもなんでもない。私は勾玉主様そのものを裏切ったのだ」


「どういうこと?」


 ヒラクはジークの顔をじっと見た。

 そのまっすぐな目にさらされると、ジークはやりきれない気持ちになる。


「ヒラク様、私は……私自身の心は、あなたを裏切ってはいなかった。それは今はっきりとわかったことです。ですが私は勾玉主様をお守りするという任務を放棄してしまった。そうせざるを得なかった……」


「どうして?」


「……私は、神王に仕えるということを自ら選んでしまったのです」


「神王?」


 その言葉を口にすると、急に耳鳴りがして周りの音が聞こえなくなり、ヒラクの頭の中で高い音がぶつかりあうように反響した。


「呼んでる……」


 ヒラクは手の中の勾玉を見た。光は階段の上にのびていく。


「やっと会えるってわけですかい」ハンスはヒラクに言った。


「うん、ここからは一人で行かせてもらうよ」


「危険です」


 そう言ってヒラクの前に立ちはだかるギルベルトにジークが言う。


「大丈夫だ。行かせてさしあげろ」


「私がご案内します」


 トーマは素早く階段へ向かった。


「あたしも行くよ」


 ウナルベもその後に続く。


 ヒラクはトーマとウナルベと一緒に広い階段を上がっていった。


 他の希求兵たちも後に続こうとしたが、ジークがそれを止める。


「行くな」


 希求兵たちはいっせいにジークを振り返る。

 ジークは立ち上がれないまま、肩で息をしながら言う。


「おまえたちまで私のように己を見失うことにでもなれば、ヒラク様のご迷惑になるだけだ」


 希求兵たちは先へ進むのをためらい、足を止めた。

 ギルベルトは剣を鞘におさめてジークに言う。


「傷の手当をしよう」


「こっちもだ」


 ヴォルフがハンスに言った。


「どのみちこれじゃ役に立ちそうもねぇしな」


 ハンスは額に汗をにじませながら、血の気の引いた顔で笑う。


「大丈夫だ。ヒラク様を信じろ」


 ジークはハンスに言った。


「そうだな。勾玉主じゃなくたって、俺の想像をはるかに超えるようなことを、あの子はいつもやらかしてくれた。あの『ヒラク』ってガキはな」


 ハンスはどこか誇らしげな様子で笑って言った。


 

 勾玉の光の先を見つめるヒラクのその目は濁りなく、ただその光の先にいる存在を映し出そうとしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【登場人物】


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。ユピに心を支配され、一時は自分を見失い、勾玉の光を失うが、今は自分を取り戻し、これまで目を背けてきたユピをとらえる闇の正体を知るべくユピの後を追う。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。南多島海で破壊神の剣を手に入れるとヒラクの前から姿を消す。再び神帝国に現れたユピは父である神帝を殺し鏡を奪う。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いていたが、なぜかユピに従い、ヒラクの元を離れてしまう。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。お調子者のように見えるが裏切者の希求兵を皆殺しにする非情さもある。


ウナルベ……破壊神の島で剣を守っていた謎の生き物。猪の胴体、鳥の翼、トカゲのしっぽを持っていた。破壊神の島から脱出する際、トカゲのしっぽを失い飛行できるようになった。ウナルベはヒラクが名づけた名前。アノイの言葉で「おばさん」の意味。


トーマ……神帝国の城に勤めながら潜伏していた希求兵。


ヴォルフ……神帝国で大工として潜伏していた希求兵。


ギルベルト……神帝国で兵士として潜伏し、神帝の身辺警護にあたりながら動向を探っていた希求兵。


※希求兵……ルミネスキ女王に精鋭部隊として育てられた元ネコナータの民の孤児たち。幼少の頃から訓練を受け、勾玉主をみつけ神帝を討つ使命のもと神帝国に送り込まれ、15年以上潜伏していた。












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