第6話 正義か悪か
ヒラクたちは旧港でさらに数十名の希求兵たちと合流し、海賊たちと共に用意された馬で神帝国へと向かった。
ヒラクを出迎えに来た希求兵の少なさにハンスはがっかりした様子だったが、崩壊した壁の向こうの街を見て、その理由を知り納得した。
「これじゃ一体誰が敵で味方なのかもわかりゃしねぇ」
損壊する建物に囲まれた広場には、神帝国人の死体とルミネスキ兵の死体が折り重なり、崩れた瓦礫の下敷きになっていた。
中央の小高い丘の頂上には神帝の住む城がある。
いくつもの側塔を巡らせた厚い城壁の前で巨人が暴れながらルミネスキ兵を蹴散らしているのが遠目に見える。
巨人に破壊された城門の隙間から希求兵を含めた神帝国の民間人たちが城に攻め込んでいく。
それを防いでいるのもまた神帝国人であり、兵士と民間人が入り乱れて神帝国人とルミネスキ兵の侵入を阻止しようとしている。
「なんだかわかんねぇけど、俺たちも城の中に侵入するぞ!」
キッドの掛け声で海賊たちは武器を振り上げて走り出した。
ヒラクも希求兵たちと共に城へと駆けていく。
「巨人は消えたんじゃなかったの?」
ヒラクは息を弾ませながらトーマに尋ねた。
「はい、確かに……。なぜまた神王は現れたのか……」
「あれが神王だって?」
ヒラクは遠く離れた先からもよく見える巨人の顔を見上げて言った。
暴れているのは岩でできた巨人で、ユピとジークを手のひらに乗せていた破壊神だ。
「ちがう……あれは偽神だ」
ヒラクはそう言うと、空を見上げて自分の後を追う影を探した。
「ウナルベ!」
ヒラクが呼ぶと、ウナルベは空から地上に降り立った。
「あたしの名前を呼んだかい?」
「うん。あの巨人のところに飛んでほしいんだ。頼むよ、ウナルベ」
名前を呼ばれると、ウナルベはうれしそうに鼻を鳴らした。
「よしきた。行くよ、ヒラク」
ヒラクはウナルベにしがみつき、巨人めがけて飛んでいった。
城の上空まで来ると、争い、血を流す人々の声がヒラクの耳に飛び込んでくる。
「我らの救いの神である神王様に何をする!」
「神王であるものか、こいつはただの岩の化け物だ!」
神帝国の民の中にも巨人が神王の姿に見える者とそうでない者がいるようだ。
(そうか。あの巨人は神王を求める者がいる限り、何度でもよみがえる。そして破壊の神としても……)
それは、ヒラクの母が信仰していた水の女神プレーナと同じだった。
神がいるから祈るのではない。祈るから神が生まれるのだ。
信者が祈り続ける限り、神は何度でも姿を現した。
ヒラクはユピがこの地に連れてきた破壊神の正体がわかり始めていた。
「もうやめろーっ!」
ヒラクは上空から人々に向かって叫んだ。
「破壊の衝動はおれたちの中にある。すべてを壊し、争いを続け、誰かを傷つけようとする限り、破壊神は存在し続ける。戦いを望むのはもうやめろ。一体何と戦っているのか、みんなわかっていないんだ!」
巨人はヒラクに気がつくと、うるさいハエを追い払うように手を振り上げてヒラクを叩き落そうとした。
ウナルベはかろうじてかわすが、そのたびにヒラクは振り落とされそうになる。
ウナルベに必死にしがみつきながらヒラクは叫ぶ。
「こんな無意味な争いはもう終わりにするんだ! 神は救いも滅ぼしもしない。そんな神を作り上げたのは、自分たちだって気づいてよ!」
そのとき、ヒラクの全身から、まばゆい光が放たれた。
すべてを浄化するような透明に澄んだ光があたりを照らす。
巨人は暴れるのをやめてその場で立ちすくんだ。
ヒラクはウナルベに言って、巨人の顔の前に来ると、すべてを受け入れるように両腕を広げた。
「おまえはおれの中にもいる。ここに還ってくればいい」
ヒラクが放った光を浴びた巨人は、朝もやに溶けていくように、形を失い、姿を消した。
「あれは……あの光は……」
「勾玉主様だ!」
「そんな馬鹿な! 勾玉主様は城の中にいるのだぞ」
神帝国人の中に紛れて闘っている希求兵たちは混乱した。
もとは同じ目的でノルドにやってきた希求兵たちは、神帝国を守ろうとしてルミネスキ兵たちと戦っている者、神帝を滅ぼそうとする者、巨人が運んできた光に包まれた少年こそ勾玉主だとする者など、それぞれがそれぞれの立場で仲間同士戦っていた。
そんな中、海賊たちが割れた外壁の隙間から城内に突入しようとしていた。
それを阻止しようと神帝国の男たちが立ちはだかる。
「新手のルミネスキ軍か。ここから先は行かせないぞ」
「そこをどけ! 俺は頭領を助けるんだ」
キッドは短刀を振り上げ、男たちの中に突っ込んでいく。
「ヒラク、あそこ。海賊の坊やが危ないよ」
ウナルベがキッドをみつけて叫んだ。
「行って!」
ヒラクは急下降してセーカの民と海賊たちの争いの中に飛び込んでいった。
キッドと刃を交えていた若者がウナルベに体当たりされてその場に倒れる。
起き上がった若者の顔を見てヒラクは驚いた。
「カイル! カイルじゃないか!」
「おまえ……ヒラクなのか? さっきのまぶしい光はおまえだったのか」
よく見れば、周りで海賊たちと死闘を繰り広げている神帝国人の中にセーカの若者たちが混ざっている。
「なんでこんなことになってるの? やめなよ! 誰も敵じゃない」
激しい争いの中で、ヒラクの声は血を流す若者たちには届かない。
「よせ、ヒラク、巻き込まれるだけだ」
剣戟の中に飛び込んでいこうとするヒラクをキッドが押さえつける。
「おまえ、ヒラクの仲間か?」
カイルが聞くと、キッドは「そうだ」とうなずいた。
「わかった。とにかくこっちへ来い。ヒラクと一緒にこの場を離れろ」
「なんだよ、おまえ、俺に仲間を見捨てろっていうのか!」
キッドはカイルを怒鳴りつけた。
その声を聞いたセーカの若者がカイルに加勢しようと剣を振り上げてキッドに襲い掛かる。
「危ない! キッド」ヒラクは叫んだ。
キッドの目の中に見慣れた背中が飛び込んでくる。
キッドの前に振り下ろされた剣をリクが自分の剣で受け止めていた。
「キッド、いいからおまえはここを離れろ。この場は俺がおさめる。おまえは早く頭領を探しに行け」
「行くぞ」
カイルはヒラクとキッドを連れてその場を離れた。
「離せよ! おまえは仲間を見捨てて平気なのかよ」
崩れ落ちた防壁の隙間から城の敷地内に入り込むと、キッドはカイルの手を振り払い、かみつくように言った
「平気じゃない」
カイルはキッドをにらみつけた。
「俺たちだって真剣なんだ。みんな命がけで闘っている」
「どうしてそんなことになってるの? 一体みんな何と戦ってるんだよ」
ヒラクはわけもわからずカイルに尋ねた。
「俺やテラリオ、狼神の旧信徒たちは神帝国で捕らえられていた。それを助けてくれた連中がいる。神帝国をルミネスキ兵から守ろうとする義勇兵たちだ。彼らは城砦のセーカの民を解放することに協力してくれた。だから俺たちも彼らと一緒に闘うことを選んだ」
カイルを牢から逃がしたのは、城に潜伏していた希求兵たちだった。
神帝を警護する数多くの神帝国兵を戦線へ送り出すために、カイルたちと協力して、ルミネスキ兵を装い城砦に攻撃を仕掛けたのだ。
「だけどヒラク。ルミネスキ兵を倒すだけじゃ、神帝国を守ることなんてできない。新たな神帝を倒さない限り、ルミネスキ兵も俺たちも、戦いを終えることなんてできないんだ」
「新たな神帝って……ユピ?」
ヒラクは確かめるようにカイルに聞いた。
「だからおまえはここに来たんだろう? 神帝は城砦で死んだ。あの巨大な化け物に殺されたって義勇兵たちが言っていた。だけど義勇兵たちと共に神帝国に戻ってくると、新たな神帝の名のもとに闘う者たちがいた。おまえがここにいるのを見て新たな神帝が誰なのかがはっきりとわかった。ユピなんだろう?」
「わからない。でも、ユピは確かにここにいる」
ヒラクは手の中で強い光を放つ勾玉を握りしめて言った。
「やっぱりユピか……。これはユピが引き起こしたことなのか? テラリオはユピの中に潜む何かを怖れていた。それが何かはわからないが、とにかくすべての元凶はあいつのように思えてならない」
カイルは忌々し気に顔を歪めると、ヒラクの両肩を力強くつかんだ。
そして懇願するように言う。
「頼む、ヒラク。あいつを何とかできるのはおまえだけだ。巨人を滅ぼした光で、すべての悪を消し去ってくれ」
それを聞いたヒラクは、ぎゅっと唇を引き結び、カイルの手を振り払った。
「何が悪で何が正義だか、おれにはさっぱりわからないよ。ユピが悪? すべてユピのせい? そうじゃないよ。みんな自分が闘いたくて、悪者や敵を作り出しているだけだ」
その言葉で、すがるようヒラクを見ていたカイルの表情が凍りつく。
「……そうか。どうやらおまえはユピを倒すためにここに来たというわけではないらしいな」
カイルはうつむきながらつぶやいた。
「おまえはユピの味方なのか?」
顔を上げたカイルの目がヒラクへの敵意でぎらついた。
「ヒラク下がれ。こいつやっぱり俺たちの敵だ」
キッドはヒラクをかばうようにカイルの前に立ちはだかる。
「いい加減にしろ!」
ヒラクはキッドとカイルを怒鳴りつけた。
「敵とか味方とかもうやめろ。どうして気がつかないんだよ。破壊神を生み出したのも、闘う状況を作り出しているのも、すべて自分たちだってことに!」
ヒラクは怒りを込めた目に涙を浮かべてキッドとカイルをにらみつけた。
「城砦の仲間を助けたカイルと、グレイシャを助けにきたキッドと何がちがうっていうの? 大切な人を想う気持ちは同じなのになぜ闘うの? おれがユピを特別だって想うのと同じ気持ちと何がちがうの? なぜ敵や味方に分かれなきゃならないんだよ」
ヒラクの言葉で、キッドとカイルはすっかり戦意を喪失し、困ったように互いの顔を見た。
「勾玉主様!」
「どこにいるんでぃ!」
城内に飛び込んできたトーマやハンスがヒラクを探す声がする。
「こっちだよ。ヒラクの匂いがする」
ウナルベが鼻を鳴らして叫んでいる。
「ヒラク、行けよ」キッドが言った。「おまえはおまえの目的で動けばいい」
「でも……」
ヒラクは心配顔でカイルとキッドを交互に見た。
「もう争ったりしねぇよ。みんな同じだ。したいようにするさ」
キッドは声を和らげて言った。
「わかった。ありがとう」
ヒラクはキッドとカイルを残して、声のする方に駆けていった。
「……おまえ、ここに誰かを助けに来たのか?」
カイルはキッドにぼそりと言った。
「頭領が……」と言いかけた後、キッドはすぐに言い直した。「俺の母さんが、この城に捕らえられているかもしれないんだ」
それを聞いたカイルは、少し黙ってうつむいて、改めてキッドを見た。
キッドは切羽詰ったような目で、カイルをまっすぐに見ている。
カイルは短く吐息して、険しい顔をしながらも、少し和らげた声で言う。
「来いよ。牢まで連れて行ってやる。うまくすれば助け出せるかもしれない」
キッドは驚いたようにカイルを見た。
「何だよ」カイルは舌打ちしてキッドを見る。「成り行き上、しかたないってだけだ」
「礼なんて言わねぇぞ」とキッドがわざとふてくされたように言うと、
「ヒラクのおかげとでも思っておけよ」とカイルもそっけなく返した。
「行くぞ」
そう言って、カイルは背を向け、駆けだした。
キッドの母親のグレイシャが生きているかはわからない。
それでもキッドは一縷の望みを賭けて、カイルの後を追いかけた。
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【登場人物】
ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。ユピに心を支配され、一時は自分を見失い、勾玉の光を失うが、今は自分を取り戻し、これまで目を背けてきたユピをとらえる闇の正体を知るべくユピの後を追う。
ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。南多島海で破壊神の剣を手に入れるとヒラクの前から姿を消す。再び神帝国に現れたユピは父である神帝を殺し鏡を奪う。
ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、なぜかユピに従い、ヒラクの元を離れてしまう。
ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。お調子者のように見えるが裏切者の希求兵を皆殺しにする非情さもある。
ウナルベ……破壊神の島で剣を守っていた謎の生き物。猪の胴体、鳥の翼、トカゲのしっぽを持っていた。破壊神の島から脱出する際、トカゲのしっぽを失い飛行できるようになった。ウナルベはヒラクが名づけた名前。アノイの言葉で「おばさん」の意味。
グレイシャ……海賊島の統領。キッドの母親。ルミネスキと神帝国の開戦により、海賊たちを引き連れて神帝国軍に奇襲を仕掛けたが失敗。現在行方がわからなくなっている。
キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。グレイシャ不在の海賊島で次期統領争いに巻き込まれ命を狙われたことで島を脱出。ヒラクに同行し、ノルドに向かう。
リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。キッドを守るため行動を共にする。
カイ……リク、カイ、クウ三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。
クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。戦闘になるとめんどくさがりほとんど参加してこないが、総舵手として船には欠かせない存在。
カイル……セーカの若者。労働を禁忌とするプレーナ教徒の中でも地上の労働に従事する「罪深き信仰者」で、狼神の旧信徒の若者たちとも親交が深かった。プレーナ教壊滅後はほとんどのセーカの民同様、神帝国に囚われる。
テラリオ……カイルの幼馴染でかつては神帝国の逃亡を企て狼神の使徒とも関りが深かった。ユピを狼神として利用しようとしたが逆に利用されてしまう。
トーマ……神帝国の城に勤めながら潜伏していた希求兵。
ヴォルフ……神帝国で大工として潜伏していた希求兵。
ギルベルト……神帝国で兵士として潜伏し、神帝の身辺警護にあたりながら動向を探っていた希求兵。
※希求兵……ルミネスキ女王に精鋭部隊として育てられた元ネコナータの民の孤児たち。幼少の頃から訓練を受け、勾玉主をみつけ神帝を討つ使命のもと神帝国に送り込まれ、15年以上潜伏していた。
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