最終話 KKI

 雪雲は明るみを帯び始め、朽ちた塀の枯れ蔦が雪を被っている。僕は門を通り抜けて、足を廃教会に踏み入れた。

 人気は敷地に無く、耳鳴りが頭蓋に伝播する。足元が揺れ、僕は雪や石と共に舞い上げられた。

 視界が真っ白に染まり、身体が霞となった。上方の雲に空いた穴が塞がっていき、立ち込めた霞が身体を生やす。

 芽吹いた足が、先の穴に飛び込む。僕は土中の横穴に降り立ち、魔人の踵が僕を蹴り飛ばした。

 土壁に衝突し、くり抜かれた胸が氷片を飛ばす。魔人の拳が僕の残存部を殴り続け、穴から差し込んだ外光が白粘と細氷を照らした。

 影が光の筋に混じり、別の魔人が横穴に飛び込んでくる。背後に復活した僕は人影の背骨を打ち砕いた。

「シズキ」

「言うな、うるさい」

 一人の魔人が塵に消え、僕は氷の盾を構えた。もう一人の魔人に突撃し、魔人の拳が透明な壁の向こうに迫り来る。

 僕は拳を顔面に受け、脛の氷棘がイオリの上体を蹴り飛ばした。穴から抜け出す僕は再び蒸発し、教会の影に隠れた人影を認める。

 高熱に見舞われた身体が熱風のお陰で高速拡散し、上空に形成された足底がソリマルの頭部を破壊した。

 廃教会の本堂に入って、長椅子に腰掛けた少年を砕く。僕は背を御神体に向けて、雪街道を西にかけ続ける。

 雪の覆う地面は夜空に不思議と明るく、落とし格子が僕の上方を過ぎ去る。橋を辿り、氷が眼下の堀に張っていた。

 僕は足を西都市街に踏み入れ、三色の光が並行線を焼け落ちた館跡で為していた。大通りに面した家屋は、暗闇を窓の奥に湛えている。


「来たな、ヤツエ」


 魔王が紅紫色の剣を振り上げ、剣身に触れた雪が湯煙と化した。

「まさか、魔王様と肩を並べられるとは」

 左の魔人が、翠色の剣を掲げる。雪が剣の周囲で風に乗って、渦を巻いた。

「誠、光栄の極み」

 右の魔人が、黄色の剣を構える。雷光が剣上を走り、まばゆい線を書いた。

「ゆくぞ」

 火柱が街並みを飲み込み、火炎を纏った風が僕を両断した。魔王が復活した僕をすかさず焼き焦がし、地上を走る電雷が身体を焼滅させる。

 空気が上空に表れた身体を切断し、火炎と電気が細切れになった僕を焼き尽くす。滴り落ちた油と血が、溶けだした雪の水面上を流れていく。

 僕はトバを水に張った血膜から背後取り、アマネが素早く僕を切り刻む。紅紫色の剣が復活した僕の上体を焼き切り、電雷が残りを跡形もなく焼き飛ばした。

 白い血が彼らの体表上で乾いて、まだら模様を描く。僕は身体をまずアマネに付いた血汚れから生やして、彼の頭を翠色の剣ごと叩き潰した。

 割れた剣身が宙を舞い、火炎が欠片に煌めく。灰燼に帰した僕はトバを穿ち、電光を未だに纏った金属片が雪上に浮かんだ。

 魔王と僕は相対し、熱せられた僕は霞となる。彼の首に氷杭を打ち込み、砂塵の山が雪夜にまた一つ増えた。

 館の跡に向かい、雪を除ける。地下への入り口が雪の下から顕になり、僕は階段を下った。

 実験所の明かりは消え去っており、氷刃の白粘が周囲を朧げに照らし出す。

「よくやった。次が、最後だ」

「お疲れさまっした」

 駆ける足がジュネとケーナの土塊を踏み砕き、消えた膜の向こう側に走る。長いトンネルと闇が奥に伸び、僕のよく覚えている道だ。

 一人の足音が、洞窟に反響する。闇は以前よりも静かで、暗い。

 漏れ出す光を前方に認め、僕は出口へ駆けていく。地上は既に夜明けを過ぎて、一面の銀世界が僕を迎えた。

 灰色に黒かった泥炭地は白雪に埋もれ、一つの人影が敷かれた白布に佇んでいる。

「王もまた、敗れますか」

 女性は白布を纏い、袖が雪面にゆったりと垂れていた。彼女は両指を合わせて、三角形を形作った。

「試合を停めさせて頂きます」

 僕は、寒気を感じ始めた。身体が、長らく感じていなかった鈍い痛みを思い出していく。

 降りしきる雪が、止まった。

「凍れ」

















「壊せ、大ゲリル」


 突然、フードを纏った人物が眼の前に現れた。打ち砕かれた氷結晶の破片が、周囲に煌めき舞い踊る。

「目には目を、ってね」

 ヒビが、女性の白い肌に走り始める。

「死際に見るには、良い風景かしら」

「さよなら、黒き女王」

 女性が瓦解し、塵と衣が雪上に落下した。フードを被った人物が振り向き、整った歯が陰に覗く。

「間に合って良かった、ヤッくん」

 雪雲が薄くなり、隠れていた夜明けの空がヤゲンを照らした。僕たちの足元から伸びた影が、雪原に青く交わる。

 彼女は隈の滲んだ目元を弓なりに細め、脱力した身体が崩れ落ちそうになった。僕は腕をヤゲンに急いで回し、仰向いた彼女のフードが弾みで脱げる。

「あんまり見ないで欲しい、けど」

 唇が、月のように滑らかな頭部に触れた。彼女の吐いた息が白く染まって、登りかけの朝日に黄色く染まる。

「大ゲリール」

 手を彼女のこけた頬に当て、氷柱のように細い彼女の指が重なった。

「ごめんね」

 指が僕の手甲を滑り落ち、ヤゲンの瞳が凍ったように静止する。僕は、彼女の目蓋を閉じた。

 幾日かが過ぎて、ヤゲンは腫れ始める。時を更に重ね、彼女はどろどろに溶けていく。

 何も芽吹かぬ春が来て、暑いだけの夏が雪を溶かし切った。秋雨が黒泥を濡らし、雪が全てを覆い隠す冬。

 ヤゲンは目の前で朽ちていき、やがて彼女は物になる。白い芯と僕だけが、天下に残された。

 僕の手が握った骨。赤い精霊が周囲を舞い、彼女は手中で不意に蕩けた。

 翠色と赤の精霊が交わり、光の色は星のように白。喉を落ちる白い雫、脳に染み渡る熱。

 僕は、救いたいと思ってきた。だから、また救おうと思う。

 唱えるは、大癒術。白色の、僕だけ使える大ゲリール。 

「壊し」

 白色の光が僕から放たれ、空を覆い尽くした。万物が壊れ、継がれて、元に戻っていくのだろう。

「継いで」

 あるいは、走馬灯に過ぎないのかもしれない。回り続ける輪のように、運命の筋書きが擦り切れるまで。

「旧きに復せ」

 光に包まれた僕の身体も摂理に則って、壊れていく。黒い大地が仄闇に広がり、天上の大伽藍に輝きを見た。

 新しい一日が、始まろうとしている。次の僕がどうなるかは、分からないけれど。  


「大ゲリール」


 三人でまた会えたら、嬉しい。

<了>

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僕だけ使える大ゲリール 莫[ない] @outdsuicghost

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