第44話 カーテンコール

 修道院は雪に以前よりも埋もれ、足跡が塀に沿って続きます。足跡は門の付近で曲がって、敷地内に伸びていました。

「先人が、居ますね」

 見渡す限りの雪原が裏手に広がり、二つの人影が佇んでいます。背丈は対称的で、白い雪が被ったフードに積もっていました。


「おっ、シャマナじゃあん」


 小さい人影が大手を振り、積もった雪が散らばり落ちました。

「アノウ、ちゃん」

「元気してたあ」

「ヤツエ君も、久しぶりですね」

 大柄の人影がフードを脱ぎ、微笑んだエータの顔が雪空に照らされます。彼は僕の全身を舐めるように見ました。

「様子が、どこか変わりましたね」

「そんな青白い顔だったっけ。体調でも悪いか」

「緊張感が、無いな」

 雪が跳ね上がり、少年が積もった雪から這い出てきます。

「ジュネえ」

「ケイは、君たちを歓談させるために蘇らせたんじゃないんだけど」

「申し訳ございません、私からお嬢様に言い聞かせますので」

 アノウが、エータの腕をはたきました。

「いいじゃん、仲良くしようぜ。なあ、シャマナあ」

 シャマナが氷の杭を腕に生やし、アノウが目を丸くしました。

「格好いい、そんな能力だったけ」

「ヤツエさん、始めましょう」

「殺る気だあ」

 アノウがエータにしがみつき、彼はアノウを膝から抱えあげます。僕たちは距離を詰め、エータが後退しました。

 距離が縮まらないまま、空が悲鳴を上げ始めます。

「お嬢様、まだですか」

「もうちょい。捕まんなよ、お兄ちゃん」

「ぞっとしますね」

「うるさ」

 彼は逃げる一方で、時折振り向き、剣が僕たちを串刺しにします。僕は身体を氷霞から生やし、シャマナは一旦崩れ落ちてから隙間より抜け出しました。

 僕は腕を彼らに遠投し、着地点を見極めたエータが進路を変えます。新しい僕が雪面に転がって、エータがすかさず僕を剣で固定しました。

「あいつらやべぇな」

「アノウ」

「できた、いくぜエータ」

 地面が大幅に揺れ、視界がごちゃまぜになります。そして、大地が浮いた。

「初めてにしちゃ、上出来だろ」

 山が、空へ上がっていく。地平線まで広がった巨大な穴が、周囲一体を闇に飲み込み始めた。

「アノウ、行きますよ」

「じゃ、お先」

 アノウがエータに密着し、彼女を抱きしめた彼が無数の剣を生やす。エータは彼女を巻き込んで自壊し、塵となった二人が周囲に散った。

「ヤツエさん」

 僕は体勢を中空で何とか変え、叫んだシャマナへ向き直る。雪が雪崩となって闇に落ちていき、僕と彼女の間を何度も遮った。

「行ってください。私は、ここまでみたいです」

「シャマナ」

 彼女は目を見開き、微笑んで、白い雫が目尻に湧き出していた。

 雪雲に交じるかつての僕が、はるか上空で精霊に補足される。精霊の声に従い、翠色の光が身体を包み込み始めた。


「貴方と会えて、良かった」


 眼下に広がる極大の穴。霞となった僕は風に乗って、崖際に降り立つ。

 人影を首都の関所前に認め、ジュネが石塀に寄りかかっている。雪を踏む音が周囲に渡り、うつ向いた彼が顔を上げた。

「生きてたんだ。まあ、まだまだ続きますが」

 ケーナの声がジュネから発せられて、門前に消えていく。僕は彼を砕いて、足を首都領内に踏み入れた。

 狼の群れが大通りを闊歩し、僕は一体一体を確実に倒していく。牙の食い込んだ腕が脱力し、倒してもなお意識が朦朧とする。

「来たね」

 三つの人影を首都の広場に認めた。一人が石畳を踏み鳴らし、幾つもの岩塊が空中に浮かぶ。

「ショーム、確かに効いているんだな」

「ああ。普通なら、とっくにくたばってる」

 獣人と狼が僕を囲んで、退路を塞いだ。僕は組み伏せられて、岩石に狼ごと押しつぶされる。

 大質量と地面が身体を磨り潰し、流れた血が腕を生やす。素裸体が氷を纏い、刃がショームを打ち砕いた。

「くそ」

 獣と岩の飽和攻撃を受け、残渣を頼りに大地へ再び立つ。僕の得物がローナに迫り、彼女の足元が中空に飛んだ。

「まだいけるな、ローナ」

 二つの岩塊が上方に浮かび、ローナとヨウテツが各岩石に陣取っている。狼が僕の首元に喰らいつき、食い千切られた血管が白粘を放出した。

 僕は杭を獣人の肩に突き刺し、彼の肩に飛び乗る。肩を勢いよく蹴り、岩塊に杭を突き刺した。

 中空の岩をよじ登り、ヨウテツの胴体を氷槍が穿つ。土煙が舞い、ローナが岩ごと地上に落下した。

 足元の岩が広場に落ち、潰れた狼が体液を撒き散らす。僕は棍棒を振り切り、ローナの頭を腕ごと粉砕した。

 僕は広場を後にし、首都西方の東屋が前方に見え始める。椅子に腰掛けた少年が、僕の姿を認めた。

「行け」

 塵が屋根の下に立ち込め、土気色が雪面に混じる。閉じていた膜が光粒に消え、道を描く足跡が首都の西に伸びていった。

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