山、粧う
月野志麻
山、粧う
駅前のシンボルツリー。すっかり紅く色付いた、大きな紅葉の木のその周りには、多くの人が待ち合わせのために集まっていた。
その人混みの中で、一際背が高く体格も良い青年は、落ち着かない様子で服の袖や裾を触っている。そうして今朝、大学寮の食堂で同級生に言われた言葉を思い出していた。
――おい、ヤマ。お前、その格好で行くつもりなのか?
それは怪生物でも見るような目だった。
――ツユリさんとのデートにジャージとか、ナメてるだろ。
(いや、そもそもデートじゃない……)
大学祭で必要なものの買い出しに行くだけ。荷物持ちとして自分が選ばれただけだろう、と思う。うーん、と不満そうに腕を組んだ。
隣で、同じ年齢くらいの見知らぬ女性が「背がすごく高い人の隣にいる」と電話口に向かって言った。シンボルツリーに付随するシンボルになりつつある。そう多くはないが、たまに待ち合わせ場所に使われることもあるから、すっかりそれには慣れてしまっていた。
同級生からのあだ名が『ヤマ』になったのは、単に苗字が『
(一応、おろしたてのジャージにはしてたんだけど、あれじゃダメなのか)
店が開店する時間に合わせるように連れていかれたアパレルショップで、あれよあれよと着替えさせられ、ジャージは同級生が没収していった。身に纏うニットの服は、確かドーベルマンみたいな名前だったけれど、思い出せない。脇のあたりがゆったりとしているシルエットで、確かに大学でもこういうのを着ている奴いるなぁ、と思う。これがおしゃれなのか? 分からん、と山野は唸った。
「山野くん?」
恐る恐る、といった感じの、可愛らしい声が少し下のほうから投げかけられる。
「あ、ツユリさん」
おはよう、と挨拶をすれば、彼女は、人違いではなかったことにホッとしたように安堵の表情を見せてから、すぐに少しだけ視線を外した。胸元あたりまである長く艶のある髪を、気まずそうに指でいじっている。何事かと山野が首を傾げたことに気付いた彼女は、否定するように慌てて顔の前で両手を振った。
「違うの。あの、いつものジャージ姿も素敵だなって思ってたんだけど、何だか今日、雰囲気違うから、驚いちゃって」
私ももうちょっとおしゃれしてくれば良かったな、とツユリは眉を下げて、ふわりと笑った。山野の胸の奥で何かがつままれて、落ちていく感覚がする。ファッションについてはよく分からないが、ジャージは没収されて良かったのかもしれない、と山野は思った。
山、粧う 月野志麻 @koyoi1230
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