第3話 ことの始まり

  義賊女帝。 

  陛下の即位までの成り立ちを知らない誰もがまず頭にクエスチョンを浮かべる言葉だ。

  別段、ご即位にされてから臣下の悪人より財産を没収したりしたということではない。

 いや、しいて言うなら、そうのような汚れ仕事は陛下の夫であるリトバーシュ殿下が嬉々として担われていた。帝国で悪名高く、そして他国からも第三の軍隊として恐れられている御前護衛機動艦隊の司令長官だからである。

 

 いささか話が脱線してしまうが、陛下をご紹介申し上げるには説明が必要だろう。

 

 ライリンがこの世に生を受けたのは、帝都内の伯爵位が暮らしているホウライ地区のエリンチェ伯爵宅であった。エリンチェ伯爵家は帝国を支える優秀な人材を輩出することで有名な家系である、そして建国以来、爵位を賜った家は優秀な孤児や浮浪児を積極的に引き入れて育て上げる「教出」という行為においてもエリンチェ伯爵家の教育システムはとても優秀であった。ライリン陛下は伯爵の本当の次女としてなに不自由のない生活を10歳までお送りになられたが、その生活は突如として一変した。

 

 当時の皇帝直轄軍である近衛軍の第一第二師団が反乱を起こしたのである。

 

 「君側肝を撃つ」との大号令の下に帝国政府を支えていた主な閣僚たちをその兵を持って殴殺した。

 皇帝府の長官であったエリンチェ伯爵も粛清の対象となり、執務中に流れ込んできた兵士たちによって惨殺され、腹を引き裂かれたうえで長官室の窓から腸を首にロープ代わりに巻かれて吊るされた。

 伯爵邸にも近衛軍が押し入り、粛清と称して容赦なく男は殺し、女は令嬢は兵士の慰みものとなり、終われば殺されるという残虐非道なる行為が行われ続けた。この時の残忍さは歴史の教科書で示されているとおり帝都中の街路灯へ首に縄と罪状札という勝手な罪を書かれた貴族一般市民の死体が吊るされた写真はあまりにも有名である。

 ライリンの姉であるリンスもまた彼らの手にかかり凌辱された挙句、門前に裸体を晒して自分の腸で吊るされた。ライリンも屋敷中を筆頭執事と共に逃げ回ったが、やがて小さな小屋に隠れているところを発見されてしまう。

 下級兵士の血走った目とおぞましい姿に囲まれて、ライリンは絶望の淵に立たされていた。

 隣には頭を撃ち抜かれた執事の亡骸が転がっている。兵士の手が伸び始めたもうこれまでと思った途端、その兵士の胸を勢いよく貫いたものがあった。

 

 純白の剣だった。


 近衛軍で士官が帯刀するその剣が下卑た笑みを浮かべる兵士を貫いて勢いよく引き抜かれる。

 崩れ落ちた兵士の1人を呆然と見つめた他の兵士の近くに現れたのが、これは出来すぎた話で事実かどうかは確認できていないが当時のリトバーシュ近衛軍士官候補生少尉達であった。但し、この頃の少尉とそのフレンズはかなり血気盛んであったから、数十人の兵士達を同級生の士官候補生少尉達と取り囲んで、彼らが屋敷の者に行ってきたことをやり返すかのように残虐非道な剣舞にて幼いライリンの前に殺していった。


「あれは本当に地獄だったわね、助けが来たと思ったら、人間を切り刻む更なる災厄な連中が来たのよ。もう、助からないと諦めたわ、せめて首から切って欲しいと願ったほどよ」


 陛下にこう言わしめるほどに、残忍であったことは確かで、事実、50センチ四方の小箱に将兵1人の遺体が収まってしまうほどであったのだ。

 白い純白の近衛軍士官候補生少尉達の制服は汚れがつかぬよう宇宙服と同じような加工がなされていて汚れることは無い、剣もまたおなじようなもので切れ味が堕ちることは一切ない。そして彼らが作り上げる血の池地獄にスラっと直立不動で立っている姿が各屋敷などで見受けられるようになると、多くの人々を恐怖の坩堝へと落とし恐怖の冷静が帝都中で流れるには十分な時間だった。反乱軍を鎮圧軍である正規近衛軍の一部が全力を持って粛清していく姿が全世界で報道され、キャスターが何もしゃべることができず無言になってしまったことは有名な話だ。

 

 さて、その場で覚悟を決めて絶望したライリンをまるで荷物でも持つように掴み上げたリトバーシュ士官候補生少尉は、乗ってきた血まみれの装甲車の牽引荷台に荷袋でも投げるように投げ込み、装甲車の側面をガンガン叩いて出発を促した。

 ライリンは殺されることなく助けられたのである。この時、もう1つの出会いがあった。

 それが現在もライリンに仕えている現トルカシビリ皇帝府長官である。3歳年上のトルカシビリが震えるライリンに声を掛けたのが始まりで、貴族であること、そして両親を吊るされたことなどの共通点もあり、互いをかばい合うように連れていかれた避難所で一夜を過ごした。


「あの懐かしい優しい声と手の温もりは今でもはっきりと思い出せるわ、隣にあった温もりにとても安心したのよ」


 陛下が良く仰られるのだが、トルカシビリは死んでいないし、現に皇帝府長官として、日夜、女帝の身勝手な振舞の後始末をあれからずっと続けている苦労人になり下がっている。


「ああ、なんて可哀そうな女の子なんでしょう。思ってライリン陛下に声を掛けたのが間違いだったわね」


 以前、長官室でため息をつき窓から見える山々を遠いで見つめながら語るトルカシビリに、陛下のこれまでを見聞きし知っているリグとしては、いささかの同情を禁じ得ないほどだ。

 

 やがてライリンが避難所で3日目を迎えた朝、ようやく内乱は正規近衛軍が鎮圧を成し遂げたことにより終息した。反乱軍の将兵が武装を解除し、そして投降していく姿に帝都の市民はようやく安堵し、そして憎い反乱軍を責め立てるようにシュプレヒコールを上げたが、それは数時間後にはピタリと止まってしまった。

 

 そう、あくまでも反乱が終息したに過ぎなかったのである。

 

 近衛軍の主力である第一師団、第二師団が起こした反乱の幕引きもとても血生臭いものとなった。

 帝都を東西南北に十字のようにまっすぐ貫いている大通りがある。「故郷へ続く道」と名前が付けられたその道は片側4車線の広い大通りであるが、そこに反乱に加担した軍人、市民などが列になって鉄繊維でできた簡易手錠を掛けられて、次から次へと一列になって並ばされていた。大将だろうが、二等兵だろうが、分け隔てなく、並べられたそれらに皇帝陛下へと反乱鎮圧の直訴を行い、治安維持のための戒厳司令部をいち早く組織した近衛軍士官候補生少尉達の中からリトバーシュ少尉がマスコミの前に姿を現して会見を始めた。


「反乱に加担した将兵と市民をすべて処刑する、これは我々の仕事であり、他の誰にも邪魔させない」


 当時士官学校には3000人が在籍していたが、それらがレーザー銃と予備弾倉を持ち純白の士官候補生達が一糸乱れぬ行軍を行い、各自が1人1人の頭を撃ち抜いて回っていった。


「罪状、反乱罪。陛下の御代と帝国に泥を塗った意味を知れ」


 目の前の反乱将兵市民に近衛軍士官候補生少尉達が直接罪状を伝えると額に銃口を向けて撃ち抜く。レーザーが発射されて肉の焼ける匂いと脳の焼ける独特の匂いがあたりに漂うが、それに顔を顰めることもなく、次の罪人へと移動していく姿に眺めていた群衆は散って行き、ついには報道のカメラさえも後方へと下がってしまうほどであった。

 1師団が2万人で構成されている近衛師団、その2師団分、合計4万人と加担した市民を数日間を掛けて処刑し終えた彼らは正義の使者とは呼ばれず、純白の悪魔、近衛白鬼、として後世に名を残すことになる。

 罪人の家族や親族はすべてが纏められて辺境惑星へと追放されたが、途中、軍事訓練中の近衛儀仗艦隊が「誤射」をしてすべて全滅させてしまった。

 

 最終日、リトバーシュが再びマスコミの前に姿を見せてひと言だけ述べた。


「処刑を完了した。死骸については粉砕し家族や親族と再会できぬように地中深くに廃棄した。以上」


 恐怖をふるった反乱軍はそれ以上の恐怖によって鎮圧され処理されたのである。

 能面のように表情を変えることなく、当たり前のことをさも当たり前に行っているかのような言い回しをしたリトバーシュ、それを避難所のテレビで見ていたライリンはこの国を脱出しようと幼いながらに固く誓った。もし、次もまた同じような反乱が発生してしまったら、今回の反乱がかわいく思えてしまうほどの災厄が押し寄せるに違いない。


「トルカシビリさん、私、もうこの国を出ようと思います」


 幼いながら深刻な顔をしてそう話したライリンにトルカシビリも真顔で頷いた。


「私もそう思うわ、さっき避難所で身寄りのない者を保護している人々にあったのだけれど、その中に企業や商店などもでていたわ、だから、そこに入り込めれば何とかなるかもしれないわね」


「企業や商店の方が良いのですか?」


「ええ、この首都にはとどまりたくないでしょう?。それに貿易船団は長距離を移動するから、大型輸送船の一隻が都市船となっていることもあると聞いたことがあるわ、それにどうにか潜り込みましょう」


 トルカシビリも細部までの知識はないが、先ほど貿易船団の人から提供された支援物資を受け取った際に、そのようなことを孤児となった男の子が話していたのをこっそりと聞いていたのだ。非難した際に2人とも貴族身分であることを隠した、逃げ込んだ直後、反乱残党の数人が入り込んできて貴族身分のモノ達を殺して回り逃げて行った。一般市民が着ている清潔な服に着替えていた2人は貴族とは思われず、また、着替えさせてくれた避難所のスタッフの女性は自分の娘だと残党に説明して匿ってくれたのだ。


 しばらく、交易船団の人達と話をしながら相談をしているとライリンとトルカシビリに奇跡的な出会いが待ち受けていた。

 

 交易船団の大商人、オウミとの出会いであった。帝国でも有数の規模を誇る交易船団の長であり、孤児や遺児を引き取っては育て交易船団へと招き入れている。生活のために下働きだろうがなんだろうがこなさなければならいと覚悟を決め、反乱によって交易船団の救児院へと入り込みトルカシビリとライリンは共に姉妹ということにして成人までをそこで過ごした。商人としては一流であるオウミの腕前は大したもので、船団学校で成績が良かった2人はオウミに目を掛けられて徹底的に商売の基礎などを教え込まれ、それに応えるかのように2人は数多くの国で交易を成功させて利益を生み出した。


「もし、私が陛下なんてものにならなかったら、今頃商人で大儲けをしてたわよ」


 陛下がそう仰りながら笑う姿を、未だに不安そうにトルカシビリ皇帝府長官が見つめる姿を目にしたときは、今でも突然退位を言い出しかねない不安があるのかもしれないのだろうと、リグは肌身で感じ取ったことがあるほどだ。帝国の経済は陛下が即位してから実益を伴った成長を続けていることは確かで、緩めたり閉めたりと素晴らしい政治的感覚を備えた陛下と、優秀な帝国政府の経済閣僚達の成果の賜物であろう。

 商人としてある程度の実績と才覚を現した2人は、トルカシビリ23歳の時、陛下が○○歳(帝国法により女帝の年齢を記載してはならないため:注釈1を参照)の時にオウミより独立して2人が代表を務めるエリンチェ商会を設立するに至った。最初は小規模な商会であったが、2年ほどで小さいが、そんじょそこらの商会はまったく太刀打ちできないほどの有力商会に成りあがって、一般市民とも帝国貴族とも商売を行えるまでになった。塵から宝石まで、を取り扱うことのできると詠われるエリンチェ商会の面目躍如だ。

 帝国貴族は貴族習慣や風習にもうるさいが、幼い頃に帝国貴族であった2人には礼儀作法に慣れており、徐々に徐々に貴族とのやり取りが増えていったのである。だが、それと共に現在では元の水準まで戻った帝国貴族の質だが、反乱後しばらくすると下水並みの水準まで落ち込んだ帝国貴族の横暴さに二人は呆れ果てるようになっていった。

 

 注釈①:即位10周年の式典の際に、酒に酔っ払ったライリン陛下が紙ナプキンに「私の年齢を公私文書に記載することを今後一切禁ずる」と走り書きし、署名と拇印と女帝指輪の電子認証を押したことに由来する法律、陛下が一眠りして起きた頃には公布施行されていたことで有名。

 実物はトルカシビリ皇帝府長官の嫌がらせのような指示により、帝室博物展で重厚な額縁に入れられてガチで展示見せ物されている。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

義賊女帝 イルフィル帝国第23代女帝陛下物語 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ