第2話 謁見と拝謁

「そろそろ、会見で質問をしてみたいのですが…」


 グランツバイ新聞社の帝室担当、リングランド、フォン。通称、リグは昨日28歳になったばかりの女性記者だ。若手の新進気鋭の記者だからこそ帝室担当になることができたと言うわけではない。

 帝室担当専属の記者というのはベテランのノイマン記者が長く担当しており、その後任として1年前から宮中儀礼から祭祀、そして記者のルールブックを必読しながらの修行に明け暮れていた。


「君はもっと学ばなければ記者会見に参列なんてもっての外だ」


 そう言ってノイマンが帝室御用達のルルティエアルバ産の茶葉で淹れられた紅茶を一口飲んでから、カップをソーサーにカタンと音を立てながら置いた。それは静かな音であったのにも関わらず、周りに居た別紙の記者達が驚くような視線を2人に浴びせる。

 この帝室記者クラブの専用ラウンジにこのような音が響くときは、決まって説教か、それ以上か、であった。


「しかし、この記者クラブのルールブックは古すぎます。2代前の皇帝陛下が定めたままになっています。そろそろ改変を試みるべきでしょう」

 

 声を荒げず、静なる怒りに満ちた声色を使って、グランザリックミュージックが心地よく響くこの空間で、同じ紅茶を飲みながら、リグもまたカップを音を響かせながら叩きつける。リグには我慢ならなかった、今はライリン陛下の御代にも関わらず、2世代前の皇帝ガルバート陛下のルールブックがそのままで受け継がれれていたのである。

 それらは記者会見場はさながら骨董品が跋扈する会見場となっており、それは至る所で改革の妨げとなっていることは確かだった。記者クラブと帝室は2世代前の皇帝陛下の御代にこの宮廷の一画を得て、帝室記者ルールブックを定めてからというもの、我が物顔でこの空間を占拠し続けていた。臣民の知る権利を擁護していると自負しているだけの骨董品どもは、帝室の資産から提供される金銭で臨むことができうる限りの贅沢を謳歌していた。そしていまだに自制心による変更を検討することもなく、それを聖典である帝国憲法や、各種族の経典よろしく脈々と受け継がれていくことにこの若い記者は我慢がならなかった。

 ここで書かれた記事が、帝室の評価を左右することができることも考慮済みというところが猶更気に入らない。帝室広報長を呼びつけて文句を言うさまに、この国がマスコミュニュケーションによって滅ぼされてしまうと錯覚するほどにだ。


「君は本当に愚かだ、皆の平穏を乱すことなかれ。それが伝統なのだよ、伝統なのだ。その重みを理解しないものはまったくもってこの仕事に向いていないと言わざるを得ないだろう」


「そんな伝統は帝室では通用しません」


「帝室も我々と同じなのだ。それを理解するがいい」


 年よりじみた口調に裏打ちされた重みのありそうな言葉を吐き出したノイマンは、人差し指でこのラウンジから外へ続く長い廊下の扉を指さして、出ていけと仕草で体現した。

 若いリグがこの古参ばかりの記者クラブに招かれたのには訳がある。ライリン陛下から年寄りばかりでは面白くない、そろそろ、若い血を入れるべきではないかと要望があったためだ。

 ノイマン達古参記者の望みは1つ、この最初は大人しかった女の子が自分たちの価値観から判断するに、とても手に負えない不良娘へとなってしまった、だから叩き出し、新しい花を招こう、と言う訳だ。


「こんな事は許されない、陛下と、臣民と、そして私の誇りにかけて」


 骨董品どもの考えに怒りを露にしたリグは、帝室記者ルールブックを机の上に激しく投げつけた。部屋に高々と音が鳴り響き、卓上のカップがソーサーの上から飛び上がって液体を四方八方へと散らして、リゼサンスの高貴な絹糸で編まれたテーブルクロスを汚した。


「君には何もできんよ、さぁ、舞台から降りなさい」


 芝居ががったような口調で嘲笑いを見せたノイマンに、リグはとても魅力的な笑みを浮かべた。


「小娘を甘く見ない事ね」


 直後に唾でも吐きかけるような言葉を言い放ったリグは、椅子から立ち上がる。

 ノイマンが傑作だと言わんばかりに小さく笑い始めたのを冷ややかな視線で眺めると、リグは足を進めることにした。指で示された方向とは反対側へと振り向き扉へと一歩を踏み出すとやがて軽やかな足取りで進んでいく。


 反対側の扉には「帝室会見場」と書かれたプレートが吊り下げられている。


 すれ違う骨董品どもの血の気が引く顔が見え、それを尻目にリグは歩みを駆け足へと早めて駆け出してゆく。

 後ろで激しく何かが落ちる音がしてノイマンのこの場に相応しくない怒鳴り声が響いたが、そんなことはも気にもせず、一目散に駆け抜けると、その観音扉を押し開いて奥へと立ち入いると大声を張り上げた。


「直訴!」


 帝室記者ルールブックによれば記者は直訴する権利、いわゆる陛下に対して直接話しかけることを許されている。そしてそれは質問から直接の願い事までを優先的に聞くことのできる権利であり、それを行使することができるのは帝室記者のみである。


「あら新人の小娘ね、いいわ聞いてあげる、直答を許可しましょう」


 堂々と立ち入って声を張り上げて直訴を述べたリグはその言葉に思わず面食らった。

 金と朱で彩られた柔らかくふかふかのコルムガハルの織物絨毯と白石木にきめ細やかな文様の彫り込まれたガルバトール細工でできた椅子がスクール型に配されて所せましと並んでいる。中央のひな壇の上には帝国紋章旗(ダルガ)が翻り、その前に会見用の質素な演台が置かれていた。

 その演台で数人の女官や文官に囲まれた白磁の着物を纏い老眼鏡をかけて文書を立ったまま読んでいた女性が、まるで教師のように鋭い視線を入ってきた若い小娘へと向ける。


「ら、ライリン陛下」


 咄嗟に小学校から習い身についている帝室への挨拶、男性は頭を下に向けて軽く下げ、女性は膝を曲げてカーテシーをすればよいを忠実に守り、挨拶をして本当に小娘のようになってしまったリグは、挨拶を終えるとグッと唇を噛み締めて、高々にもう一冊持っていた帝室記者ルールブックを取り出すと天高く掲げた。


「陛下、この下らないモノを廃止し、現行制度に適合した新しいルールブックの制定を希望いたします」


 もうやけっぱちであった。リグはそのままそれを床にたたきつけると深く頭を下げて非礼と要望を伝える。


「陛下、これは間違いなのです!どうか、お忘れください!」


 大声を上げて入ってきた骨董品たちがそう言って言い訳をして、リグを下がらせようと引っ張り始めたとたん、陛下の壇上左あたりより力強く野太い大声が響き渡った。


「何をしておる!陛下の御前である!帝室を軽んじたか!」


「い、いえ」


 慌てて取り繕うように所作をした骨董品たちに対して、室内の壁に沿って並んだ普段会見中は微笑ましい笑みを浮かべていることで有名な白軍服の近衛兵たちが、腰のホルスターから鮮やかな装飾の施されたレーザー銃を抜き構え、厳しい視線と鋭い銃口をこちらへと向けていた。


「貴様ら、陛下の御前である、そこの小娘、名を名乗れ!」

 

 大声の主もいつの間にかレーザー銃を抜き構え銃口を向けたまま、リグへと一歩一歩と近寄って来る。リグはその男性の服装を見るや父親に怒られた幼女のように戸惑い、その背筋から冷たいものが流れ落ちる感触を確かに味わう。

 白い詰襟の軍服は御前護衛機動艦隊、いわゆるいわくつき近衛の軍服である。右胸輝くこじんまりとしたホワイトグリネッサダイヤモンドは大公爵の位を指し示し、襟元と肩章には近衛徽章である「桔梗」が5つ咲いている。大公爵位を陛下より賜った者はただ1人、皇配のリトバーシュ殿下だけだ。そして御前護衛機動艦隊司令長官を務めているのも殿下に他ならない。しんと静まりかえった空気に支配された帝室会見場は戦場一歩手前のような空気が満ち溢れていた。


「小娘、名を名乗れ!」


「グランツバイ新聞社の帝室担当リングランド、フォンです、殿下」


 もうこうなってしまっては仕方ない。しかし、礼儀は忘れず説明の前にカーテシーを行ってから名を名乗ると、一瞬だけ、狼狽してそして何かに戸惑った。やがてライリン陛下に目配せしたリトバーシュ殿下はそのまま何も言うことなく、ホルスターへ銃をしまうと右手を横に滑らせて、近衛達にも警戒を解くように命じた。


「さて、小娘、貴女はその足元に転がっている帝室記者ルールブックの改正をしたいと発言したということでよろしいかしら?」


 スラっと立った姿勢から演台に片肘をついてその手に顎をだらしなく乗せたライリン陛下が、つまらなさそうにリグの足元を見つめる。


「はい、陛下、その通りでございます」


 恭しく右手を胸元へと当て発言を得たことへの感謝を告げながら凛々しく答えるとゆっくりとこうべを垂れた。


「へ、陛下、この件に関しましては、記者クラブで意見統一を見ておりま…」


 ノイマンがそう言って断りをいれようとした途端、ライリン陛下の冷たく厳しいお言葉が飛ぶ。


「黙りなさい、私は小娘と話をしている、小娘、近くまで来て顔を見せなさい」


「はい」


 面を上げて演台の前まで進み出ていく、リグにとっては心臓が胸から飛び出さんと言わんばかりに激しく鼓動し、そして全身を血液が駆け巡っているのが感覚的に理解できた。一歩を進めるごとに足は震えを更にまし、そして額や手には汗がびっしりと沸いてくる。視線を上げることなどできず、床の絨毯の文様をただ眺めながらまっすぐに歩いていく。緊張なんて言葉では到底足りることのない、言い表すことさえ難しい感情がリグの中を支配していた。


「小娘、視線を上げて私を見つめなさい」


 演台の手前で止まり俯いたままのリグにライリン陛下はそう言って微笑む。生まれたての小鹿のようにまで足が震える。そして緊張の汗が溢れ出たリグは床に視線を落としたまま先ほどのように口を開こうとしても、一向に言葉を発することができずにいる。


「小娘!啖呵を切ったんだったらはっきりと言わんかい!」


 驚くほどに腹と魂に響く叱責の声が飛ぶ。

 義賊女帝の面目躍如といったところであろうか、そのドスの効いた裏社会でも中々と言っていいほど聞き及ぶことができないほどの、心の底から震えあがるような声にリグは恐れおののいたが、それと同時に、どうしてだろう、なんだとこのアマ!という気持ちが心に宿った。そう、反抗期の娘が母親に対して抱くあの嫌悪感にそれはとてもよく似ていた。


「ライリン陛下、申し上げます!帝室記者ルールブックの即時見直しをお願いいたします!」


 ぐしゃぐしゃになった顔を上げ、視線をしっかりとライリン陛下に合わせると、しっかりとした芯のある口調でそう述べる。それを聞いたライリン陛下が深く頷いてから、まるで高齢の母が湛えるような優しい笑顔を見せてリグに微笑んだ。


「よく言ったわ。いいでしょう、その話を帝国女帝として聞き入れます。トルカシビリ、直ちに協議に入りなさい。改めるべきは改め、明日までに対応策を示すように」


 傍に控えていた緋色の着物を着た陛下と同世代のトルカシビリ皇帝府長官が恭しく頭を下げると、ひな壇から雅な仕草で降りたのちにリグに近づき震える手を優しく握った。


「小娘、こちらへ着いてきなさい、奥の部屋でトルカシビリとお話をしましょう」


 こうしてリグはさらに奥、いわゆる皇帝府へと足を踏み入れることとなった。

 もちろん、社会人であり記者の端くれであるリグはただ批判するだけという馬鹿なことはせず、簡易的な意見書と対応策を綴ったデータを案内された部屋でトルカシビリ皇帝府長官に提出した。半年をかけてこの馬鹿な帝室記者ルールブックが時代遅れで役に立たず、そして、無駄に金を浪費させるものだということを書き記し、現在のライリン陛下の御代に照らし合わせた提案書も用意した。

 最初から最後までしっかりと目を通し、不明な点などをトルカシビリ皇帝府長官から下問されては、目を逸らすことなく述べていくリグの姿を、会見を取りやめて皇帝府の自室でモニター越しにそれを見つめていた陛下と殿下はその意見する横顔を嬉しそうに眺めて若い小娘の頑張りに心からの賞賛を送っていた。


 帝室記者ルールブックが1週間後に廃止され、新たに『帝室広報規定』と呼ばれる規定が採用されたことで、ラウンジ廃止、記者クラブの維持予算は各省庁記者クラブレベルまで大幅に減らされた。なお、直訴権と新たに公開質問権という不敬罪の適用外で何でも聞くことができる権利を勝ち取った記者クラブは、骨董品たちが軒並み排されて若返りを見せると、事前通告の質問ではあるが、その鋭い質問内容に対してトルカシビリ皇帝府長官が回答に毎回頭を悩ませる事態となったことは言うまでもない。

 知る権利が拡大されたとして、概ね報道各社は改正に賛成しており、今までの悪行をすっぱ抜いた週刊誌に至っては売上部数を多いの伸ばしたのであった。


 その縁なのだろう、それ以降、陛下のお目とお心に留まることとなり、度々宮中へお召しを受ける。

 今回の件は陛下の在位60年の記念事業として半生を編纂するためにお話を賜るという理由付で、市中の話題などをご報告などとたいそうなことは言わないが、お話することとなっていた。


「アポ済みです、陛下よりお召を受けております」


「閣下、伺っております、移動車へお乗りください。」


 皇帝府の奥、帝宮へと続く検問所の衛兵がそう言って用意されている個人用1人乗りの移動車をさし示した。

 それは成人が両腕を広げたくらいの大きさの金属球体が宙に浮いていた。リグは迷いなくその球体へと前に立つと背後を向いて球体へと座り込む。流体金属でできたそれは彼女の小柄ながら逞しい体をソファーのように柔らかく全てを包み込んでしまうと徐々に速度をあげながら広大な帝室庭園を駆け出した。

 広大という言葉では少々遠慮が過ぎるかもしれない、首都の南西に聳えるローカス山脈と対をなすリーガル山脈に挟まれた平地全てが庭園なのだ。ビル群と人工自然公園しかない首都を山一つ背にして素晴らしい自然が残っていることは驚きに等しい。

 現在では自動工場で生産される食材がここでは農耕栽培で育てられている。

 畑、田んぼ、花園で色とりどりの花を咲かせ、実を実らせる木々や草花、それを帝室農園管理官達が体を使い文字通り世話をしている。自動化によって辺境惑星の開拓地でも見なくなった光景、書物などでしかお目にかかったことのない景色が広がっている様には、何回訪れても驚きを隠せないでいた。

 両脇を自然に生えた雑草に囲まれた土剥き出しの道を移動車は時より短距離ワーピング(空間高速移動航法)を繰り返しながら駆け抜けてゆく。やがて小高い丘の上に建つ平屋建てが見えてきた。ニホンカオクと呼ばれるその建物は、我々がチキュウと呼ばれ、戦争で滅んだ惑星に住んでいた頃からあるらしい。詳しい記録を見たわけでもないが、陛下の皇配(夫)リトバーシュ殿下の生家で帝国よりも古い歴史を持つカゴメ家(正確には妙な文字で籠目と書く)が持ち込んだ文化の一部で、古式ゆかしい古道文化の一部であるらしい。イルフィル剣術の使い手でもライリン陛下とリトバーシュ殿下はドウジョーという木を使った危険な建物とも言える建築物を愛されているから、この自然が溢れる庭園にその建築物を持ち込んだとしてもおかしくはない。

 緻密に計算された自然石の石積みの上に建つ一級の危険建築物は「白紅宮」と呼称され、周囲には個人を守る結界も対人兵器の類も一切が設置されていない。入り口を守る唯一の近衛兵2名の全天候型戦闘服にも光学殺傷兵器などの類は一切なく、腰には物騒なサーベルという刃を持った剣と博物館で古代の遺物として見ることが可能な野蛮極まりない火薬式リボルバー拳銃が吊り下げられている。

 時の止まったような空間であることは確かで、この移動車がひどく場違いなものに思えてしまうほどだ。


「お待ちしておりました」


 敬礼を向けてきた近衛兵2名が私に恭しく手を差し出した。

 私はその手に自分の手を差し出すと、移動車から引っ張り出されるように降ろされた。一般用とは違い要人防御機能が最大限にまで高められている移動車の流体金属は体に馴染みすぎて自分自身では降りることができない。


「あ、ありがとうございます」


 スッとした顔立ち、いわゆる見目麗しい美形男子が2名私へと微笑んでくる。思わず顔が緩んでしまうが、彼らの胸元に光る「桔梗」の勲章に緩んだ頬が引き締まる。皇配殿下の指揮される「近衛府:御前護衛機動艦隊」治安維持を名目に派遣されることの多い彼らは実戦を幾度と経験した猛者達だ。

 彼らは正規軍とは違い、独自の解釈で動いている。近衛艦隊の異名を持ち、野蛮な行為である敵の将の首を持ち帰ることでも有名だった。


 「いえ、移動お疲れ様でした。ザシキにて陛下が首を長くしてお待ちです。お早くどうぞ」


 木製の玄関ドアが人の手で開けられると、土を固めた地面でできたドマと呼ばれる空間が見える。そこに白髪頭に農園管理官の作業着を着た老人が、確かアガリカマチといったところに腰掛けて靴を履いており、その隣に白いキモノを纏った銀髪の老婦人が寄り添っていた。


「陛下、殿下、拝謁賜り光栄の至りでございます」


 慌てて右手を胸元に押し当て、近衛兵は軍靴の音を響かせて敬礼を向ける。


「おお、リグか、よく来たな。私はこれから畑仕事に出るから、後は陛下とお話しされるが良い」


 好々爺のような人の良い笑みを浮かべた老人がそう言って立ち上がった。

 その温厚さからはとても帝室と陛下を守るために数多くの戦争に従軍し、首狩将軍の異名をとるリトバーシュ殿下とは思えない。

 

「まったく、年甲斐もなく恥ずかしがるんじゃありませんよ」


 寄り添っていた純白のキモノ姿の老婆、つまりライリン女帝陛下が立ち上がり文句を殿下の背中に浴びせた。


「昔話は勘弁でございます、陛下」


「あら、こんな時だけ陛下呼ばわりとは、殿下は皮肉屋でいらっしゃる」


 プイッと可愛らしいそぶりで背後を向いた陛下の姿に、若干、狼狽した殿下だったが、私たちに向き直ると口元に指を立てて静かにするように指示をして私と入れちがうようにして外へと出ていった。


「もう、本当に知りませんからね!」


 再びこちらを向いた陛下はそう悪態をついたのちにため息を吐いた。


「あの人はもう・・・。ごめんなさいね。性格を記すためには2人で話をするのがよいと思ったのだけど、ダメね、きっと自分の話にことが及ぶのがいやだったに違いないわ。さ、靴を脱いで上がりなさい。近衛の2名は殿下のお手伝いを頼むわね」


「畏まりました。陛下」


 恭しく敬礼を下げた2人が殿下を追いかけるように場を離れると、私は靴を脱いで室内へと足を進めていく。

 ドウジョーによくあるタタミと呼ばれる軟金属繊維で編まれた物とは違う、草で編まれた草の香りのする天然タタミの上を歩きながら、私は間と呼ばれる部屋を2つほど抜けて、両側が開け放たれ両サイドに遠くの山並みがよく見えるザシキへと案内された。部屋の主である陛下は2人がけの大きなソファーに座り、小さな机を挟んで私を対面するソファーへと座るように手で示した。

 本来、この席は政府要人、とりわけ首相が毎日の報告と相談事のために訪れては座る定位置であることを私は知っている。そんな大層な席に私のような小娘が座ることは初めは勇気がいることだったが、存外慣れてしまうとなんてことはなく、今では陛下に一礼して座ることができるまでに図太く進化することができていた。


「陛下、リングランド、フォン、ロッペンハイム伯爵、参りました」


「うむ、伯爵、大義である。そこで楽にするが良い」


「仰せのままに陛下」


 宮中作法の1つである「カケアイ」をこなして儀礼的な挨拶を終えると私はようやく一息を深く吐き出した。

 ちなみにロッペンハイムというのは一代限りではあるが伯爵位を指し示している。

 あのやらかしてしまった後、陛下へ頻繁に謁見することが多くなったリグを、1市民を呼び出すことは宜しくない、と皇帝府長官が陛下に奏上(文句)したところ、陛下は勅令を下された。

 曰く、「リングランド・フォンを現時刻をもち、ロッペンハイムの名を授け、伯爵位を与える」と。

 驚いた皇帝府長官が当たり前のように、このご乱心を諌めようとなさったところ、一言、「これ以上は不敬である、ぶっ殺すぞ」と懐かしい言葉遣いと組手で長官を言葉と手で説き伏せ、長いこと付き従っている長官が命をとして反抗してくだされなかったので、今に至っている。

 これによって私は帝国内でここ20年では珍しい「突然伯爵様」に成り上がっているが、爵位のみで俸禄はない、いや、宮中行事や伯爵としてでなければならない場合には皇帝府に申請すると予算はでるが、私生活の予算は仕事をこなす伯爵様としても帝国内で有名である。

 

 一番、金と力のない貴族様はだぁれ?と道ゆく人に尋ねられたら、両手を天高く上げる自信がリグにはある。


「あらあら、疲れているようね、お仕事でなにかあったの?」


「ここに来る前に編集長にブツブツ怒られまして・・・」


 爵位など屁とも思わない、ありがたい獣人種のワーウルフ族のリッケ編集長は、毎回毎回、遠吠えのような声で怒りをぶつけてくる。まぁ、理不尽な怒りはしないのでいいのだけれども、言い方はキツイ、心に若干だけれど影響を及ぼすこともある。


「そうなの、それは大変だったわね。ルーイ、とびきりのお茶を頼むわ」


 母親な笑みを見せた陛下は腕に装着された時計端末へと伝える。そして深くソファーへともたれ掛かった。

 

 この癖が話を始める合図だった。


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