終章

 千年も前の話だ。

 京の都に、美しい巫女姫が住んでいた。


 巫女姫は人々に神の言葉を伝え、不思議な力で災いを祓い、都に幸いをもたらす。そんな巫女姫を人々は敬い、慕い、それはそれは大切に守っていたという。


 巫女姫には、大切な思い人がいた。

 とある高貴な生まれの若者で、彼もまた巫女姫に思いを寄せていた。

 二人は結ばれるはずだったのだ。

 ある恐ろしい呪いが、巫女姫の命を奪うまでは。


 人々に幸福をもたらした巫女姫は、自らは幸福になることなく、十八という若さで命を落とす。永遠に転生を繰り返し、生まれ変わるたびに十八で亡くなるという、終わらない呪いをその身に受けて。


 愛しい人を失った絶望は、若者を鬼へと変貌させた。


 彼は恐ろしい鬼となり、二人を引き裂いた呪いに復讐することを、そして姫の魂を救済することを誓った。転生する巫女姫を探し出し、彼女を守ることを、己の使命としたのである。


 気が遠くなるような長い時を、そのために生きてきた。

 人であった頃のことはよく覚えていない。千年ものあいだ鬼として、人やあやかしを屠り、恐れられてきたのだ。

 ただ、愛しい人の面影だけが、自分の中の人であった心を保ってくれていた。


 巫女姫がいつ、どこに生まれるかはわからない。

 誕生すると、かつて鬼として彼女と契約した時の刻印が疼くのだ。

 探し出して出会えることもあれば、見つけた時には既に亡くなっていることもあった。

 姿形も、生まれる場所も身分も変わる。変わらないのは、巫女の力を宿し、必ず十八で亡くなるということだけ。

 呪いを憎み、己の無力さに打ちのめされながら、それでも鬼は巫女姫を探した。


 そして、今ふたたび彼女と出会えた。


 年端も行かない彼女と出会い、こんなにも長い時間をともに過ごすのは初めてだった。だからこそ、思いはつのり、よりかけがえのない存在になっていく。

 たとえ、彼女の中に、転生の記憶も、かつての恋人への思いもないとしても。


(今生こそ、この悲劇を終わらせる。この命に代えても……)


 誰にも告げず、長く抱き続けた宿命を。

 今度こそ終わりにする。


「緋月、どうしたの? めずらしくぼんやりとして」


 気が付くと、馨子がこちらをじっと見上げていた。

 その顔立ちは、千年前とは違う。

 それでも、緋月はそこに愛しい面影を見る。


「少し、昔のことを思い出していました」

「昔のことって、いつの時代のこと? 緋月は長い時を生きてきたのでしょう?」

「ええ、そうです」


 馨子は少し考えるように押し黙り、ふたたび口を開いた。


「緋月がどんなふうに生きてきて、どうして私の従者になってくれたのかはわからないけれど。私、この時代にあなたに出会えて、とても良かったと思うの」


 その瞳に限りない慈愛を感じて、緋月は切なくなる。

 姿形は似ていなくとも、彼女の魂は紛れもなく愛した人のものだ。

 なにも変わってはいない。

 馨子だけが、緋月を人として、自分のままいさせてくれる。


「私もですよ、馨子様」


 馨子が嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔は、千年前と同じ喜びを緋月の心にもたらした。

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帝都アヤカシ浪漫奇譚~陰陽師の娘と鬼の従者~ yamamoto @llc88

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