Day27 物語

 やがてまた魔法のように届いたカレーライスを遭は宣言通り、それでいて昼とは違い丁寧でありながら素早く完食し、もう一度、今度は二回りほど小さなカレーを用意させた。

「温度も大事な要素なの」

 湯気のたつ小さな皿を黒鬼の前へ置き、遭はぎこちない手つきでスプーンを口元に運ぶ。昼間の言葉通り、誰かに食べさせたことなどないのだろう。それにしてもおぼつかない、黒鬼はそう思いながらも無言で口を開いた。全身で黄金こがねとは違うと語る遭にかけるべき言葉でないことは重々承知だ。

 そうして初めて食べたカレーは香辛料もそうだが、何よりも油や野菜の旨味が押し出されたもので、淡白な白米とよく合っている。スープにしては粘度が高く、リゾットとはそもそも異なる、確かにこの国ならではの料理かもしれない。

 美味しい、と言う前にスプーンが来るので黒鬼はしばし無言で食事を続ける。遭は戦いの最中らしい顔をしてせっせとスプーンを動かしていたが、不意に、

「私のところへ来ない? 黒鬼」

 その顔のまま黒鬼の目を見て呟いた。

「まだ聞いていないことも沢山あるし、何よりこんなところに引き籠もっているなんてつまらないでしょう。あなたのティアラも家にあるわよ。絵のない額縁も」

 あなたの物語はまだ終わらないわ、最後のカレーを突っ込んで遭は自分へも言い聞かせるよう一気に言葉を繋げる。

 救世主という呼び名が嫌いだった。生まれてすぐに養子へ出された双子の兄が妬ましかった。好きなものを好きなだけ食べられるからと言って、生まれる前から生き方を決められていることが既に腹立たしい。それで生かされているという事実を差し引いても。

 だから、当主になった暁には文句のひとつでも、気に入らなければそれ以上の報復も考えていたというのに。実際に対峙した黒鬼は角どころか身体もない、それどころか今にも溢れそうな諦念を翡翠に満たした小さな存在だった。

 これは同情ではない、遭は心中で何かへ語りかける。相手がどんな存在でも私を左右したことに変わりない。それでも、サイダーに目を輝かせ、先代の真の当主を慈しみながら語る姿へ、会ったばかりで恨みをぶつけることは許せなかった。そんな不様な。

 黒鬼は目を大きく開いたまま黙り込んでいる。カレーは食べ終わったらしい。淡い光が差し込んだ瞳は本物の翡翠のよう、遭は少しの間それを覗き込み、

「沈黙で肯定しているつもりなら止めなさい。言葉でない限り認めないわよ、私。断られても持って行くつもりではあるけれど」

「……選択肢があるようでないな、それは。考える時間はくれないのかい、遭」

「私がここから出るまでなら待ってもいいわ。朝食は家で食べるつもりよ、焼き鮭と炙りたての海苔が食べたいから」

 外は夜が始まったばかりだろう。黒鬼は再びカーテンの向こうへ隠れた外に視線を外し、

「意外に待ってくれるんだね。それならもう少し話そうか」

 取りあえず口の周りを拭いてくれと、ない肩を竦めるような仕草をした。

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