Day26 故郷

「私にその、死の予感とやらは感じる?」

 そうが口を開いたのは完全に日が沈み、再度カーテンを引き直してからだった。いつから使われていないのかわからない、アンティークのような照明は機能はしたものの設置されていないに等しい。蝋燭のような朧な光へ浮かび上がった黒鬼は、意外にも穏やかな表情をしていた。

「いいや、感じない。遭は殺しても死ななそうな気もするが」

「それは良かった。私、まだ食べたいものがそれこそ死ぬほどあるの」

 次は何を食べるかを思考するよりも会話を優先したのは、次に会話を止めれば黒鬼はもう二度と話し出さないのでは、という馬鹿げた、それでいて否定する根拠のない妄想のせいだった。この話をするために、目の前にいる首は生きてきたのではないかと。

 遭の疑念をよそに、

「暴食は伊達ではないんだな。例えば?」

 目尻を下げる黒鬼はどこまでも穏やかに見える。

「食べたいものは何でも食べてみたいけれど今はカレーが食べたいわ。半熟卵の載った、辛口のカレー。注文しないと。あなたは? 今この国で食べられないものってそうないわよ」

 まさか夕食までここで食べるとは考えていなかった。何度目かのスマホで光る遭の顔は考えに反して楽しげだった。

「それは凄い」「信じてなさそうね。故郷の味でも用意出来るわよ、きっと」

 いくつかの場所が話に出てきたことを思い出して遭が提案すれば、

「故郷はここだよ。ここにいる時間が一番長くなった」

 黒鬼は何ともつまらない答えを返す。

「じゃあ、カレーでいいわね。きっとこの国独自よ。私が食べ終わってからになるけど」

 私はいつかなんて言わない。有無を言わせぬ態度の遭に、黒鬼は何も言わず頷いた。

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