Day22 呪文
それからは夜通し、
フィンガーボウルで水を飲んだ話の後、不意に挟まれた沈黙で
「……あの、うちの蔵にある、尽きることない金塊はどうやってるんだい、黒鬼。実は動けて、ひっそりと補充しているとか?」
そう言いながら自分の発言に否定的な顔をしてこちらを見る。夜な夜な金塊を咥えて飛んでいく生首はなかなか愉快かもしれないが、残念ながら真実はもっと単純だ。
「それが出来たらいいんだが、あれは勝手にそうなっているんだ。契約した者に尽きせぬ富を、と。まぁ身体を失って、石が峰の真の当主……左腕のない者だけをそう認識するようになってしまったのは、申し訳ないことだが」
そもそも子々孫々までを支える気はなかった、とは言えなかった。わたしへ左腕を捧げたのは初代だけだと、そう思っていたが、目前の男、そしてその前の当主達も生まれる前から捧げていたと今更ながらに、
「そういう仕掛けか。じゃあ僕が死ぬとどうなるんだい?」
死ぬという言葉へ反射的に眉根が寄ったが、
「有限になるのさ。その時点で蔵にある金塊が消えることはないが、増えることもない。さっきも話したが、尽きせぬ富を得られるのはわたしと契約した者だけだからね」
身体があった頃には石が峰でありさえすれば良かったのだが、悪魔の力というものは身体に宿っていたらしい。だから死ぬんじゃない、祈るような気持ちで答えたところで、遠く人の声がする。いつの間にやら夜は遠ざかっていたらしい。
差し込んでくる薄い朝日が途端眠気を呼んだのか、
「
わたしの声が自分を呼ぶものだと察して近づいてきた
「……黒鬼、今のは」
素早く身を離した
「何、ティアラの礼さ。わたしが暮らしていたところでは、こうやって子供を褒めるんだよ。いい子だね、と幸せを祈りながらね。子供はとっくに寝る時間だ……そろそろ帰りなさい」
むしろ起きる時間かもしれないが。それから、
「ティアラはここに置いておくには高価過ぎる。わたしには無粋な手を払いのけることが出来ないし、
諭すように続けると、やや沈黙を挟んでから渋々と頷いた。目は納得していないものの、
「僕はいい子らしいから、黒鬼の言うことを聞くよ。だから、その、」
ティアラを懐へ戻しながら言葉を濁す。どんな無茶な要求をするつもりなのかと、目を逸らさずに待っていれば、
「……またしてくれるかい」
続く要求はあまりに些細なものだった。耐えきれずに吹き出すと、憮然としつつも健気に返事を待って黙っている。
「勿論だ。
自分の言葉に魔力があれば、と今ほど願ったことはない。魔女が唱えていた呪文のひとつでもわたしが使えたのなら、まだあどけなさの残る子を守ることが出来たかもしれない。
この国では言葉に神が宿るという。主の手を取ったことはなく、アステカの神からも見放された身だが、この国の神ならば聞いてはくれないだろうか。縋る気持ちで紡いだ言葉に
別れ際に言葉を発しないのはいつものことだった。
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