Day20 たぷたぷ
酒が飲みたい。それも出来るだけ上等なものを。
わたしの我儘へ嫌な顔どころか、君が望んでくれるなんてと幼子のような笑顔をした
「どれにしようか、黒鬼。日本酒以外にも色々揃えたんだよ」
まぁ酒器はこれだけだが、と
「ほう、それは楽しみだ。しばらく飲んでいないし、
最後に飲んだのは何だっただろう。未だ慣れない漢字や、懐かしい言葉の描かれたラベルの数々に目を遊ばせながら乞えば、あれこれと悩みながらも一本のボトルへ手をかけた。磨り硝子のような色味、ラベルには漢字が大きく書かれていることはわかる。器用に右手一本でそのボトルを開け、
「それは何だい、
「これは銚子だよ。正月に屠蘇を飲む時に使うものなんだが、今日はそれと同じくらいめでたい日だからね。盃も正月用さ」
話している間に今度は銚子から盃へ酒が落ちていく。澄んだ液体から漂う
口に入った瞬間に、これがとても手間暇をかけて作られた上質なものであることがわかった。穀物の柔らかな香りの後、光をそのまま飲んだように澄み切った心地が腔内から喉へと滲んでいく。それがどこかに消えるまで、わたしは驚きに息をすることが出来なかった。何を言うまでもなく顔が語っていたのか、
「……肴になったつもりはないぞ」
余す所なく見られていた恥ずかしさに声を上げると、
「そんなつもりはなかったが……気に入ったのなら良かった、黒鬼。僕の好きなものを、君が喜んでくれるのが嬉しくて」
いつの間に空けたのか、また銚子を手にしている。
「あまり急いで飲むんじゃない。夜はまだ長いだろう、早く潰れられては折角の酒席が台無しだ」
人間には限界があるのだから、口を尖らせたわたしに、
「気をつけるよ、僕としても願ってもない機会なんだからね。にしても、」
一旦言葉を切り、
「どうして急に。何かあったのか、黒鬼」
黒曜の瞳はないはずのわたしの腹を探るよう、鋭く輝いている。それと同時に、産まれた時から尽きせぬ富のため、わたしと会うために育てられた男の目には純粋な気遣いが浮かんでいた。わたしなんかを心配するより、自分の心配をしておくれ。予感は確信には至らず、言葉にせずにいれば実現しないかもしれない、そんな思いが言葉を歪ませる。
「何、そろそろ腹を割って話そうと思っただけだよ。わたしに腹はないが、
嘘偽りはなく、真実でもない言葉に
「黒鬼に隠し事なんかしてないけれどね。僕は君が好きだ、だからこうして会いに来ている。産まれた時から刷り込まれたからじゃない。当主に産まれたことには感謝しているんだ。いい加減、僕の言葉を信じて欲しいな」
もう何度も繰り返した話だ。偽りの感情を自分のものだと錯覚している、わたしの言葉を
「それは出来ないな、今日こそは認めさせるよ
わたしから離れれば、その首が落ちることはないかもしれないのだから。そう思いながら、話すこと自体を楽しんでいる自分も確かにここへいた。
「望むところだよ、黒鬼」
勝ち誇るよう顎を上げる。その腹が割られるか、たぷたぷと酒で満ちるかはまだわからない。
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