Day19 置き去り

 宝石の瞳を持つ女は非凡なる才を持って凡夫と同じく、尽きせぬ命と富を追い求めた末に魔女となった。そこで運命とは精密な機構であり、組み合わせられた歯車が瞬間動きを止めるだけでも紡がれる物語が変化することを知り、自分ならば歯車へ手をかけることも可能だと考えた。

 人の身で成せぬことも、魔女ならば。既に人よりも長い命と、それを支えるのには十分な富を蓄えた魔女はそれでもまだ足りなさに喘ぐ。なるほど凡夫の願いよりも、それは遥かに大きかった。

 そして魔女は、黄金郷の伝説を持つ、海の向こうから売られてきた青年と出会う。顔知らぬ父から受け継いだ魔物の瞳、気高い母から流れる古代の血。死、果てに月を意味する真の名を聞いた時、魔女は青年を使って歯車に手をかける方法を思いついた。青年に流れた黄金郷に連なる血と、自らの魔術で願いを叶えられる新たな存在に生まれ変わろうと。

 魔女の願いはこれ以上なく完璧に叶えられる。それが自らではなかったことを除けば。やはり彼女は非凡であった。その最期が生贄にするはずの青年に殺されるという、ありきたりなものだとしても。

 残されたのは血と名の加護を失い、ただ自らの生存と黄金を生み出すことにのみ全能の力を持つ、かつての青年だった。時の人はこれを悪魔と呼び、放浪の末辿り着いたもうひとつの黄金の国では鬼と呼んだ。黒い肌の異国のもの、黒鬼。

 すべてのものが、かつての青年を置き去りにしていく。それは予感と呼ぶには形を持って、確信と呼ぶには柔らかにして訪れを知らせる。

 黄金こがねもまた、遠からずわたしを置いていく。彼が去った後のがらんとした部屋の中でわたしはただ、目を閉じた。眠りが来ないことを知っていても、朧気な光が部屋へ差し込むまでずっと。

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