Day18 椿

 人の移動に伴って動く空気の温度がここ数日、明らかに冷えている。多少の使用人が常駐しているので、凍てつくは大袈裟なものの、室内でも張り詰めるような寒さがあった。故郷、その後に連れて行かれた太陽の沈まぬ国よりもこの国で過ごした時間のほうが余程長くなったが、未だこの寒さには慣れない。憂鬱を混ぜた息を吐いたところで、

「今日は殊更冷えるね」

 この季節ならではの、嗅げば鼻が冷える匂いをまとって、黄金こがねが部屋へ入ってきた。赤らんだ手には象嵌の施された小さな蓋つきの箱を持っている。わたしの視線で気づいたのか、目の前で箱を開いて見せた。中にあったのは、

「……緑の葉の、これは何だい」

 艶のある緑葉の下に何かが隠れている。それがふたつ、寄り添って入っていた。

「椿餅だよ、この時期ならではの菓子なんだ。黒鬼と一緒に食べようと思って買ってきたんだが……食べられる、かな」

 そういえば食を共にしたことはなかった、段々と小さくなる声へ何を今更、言葉を重ねていく。

「食べずとも何の問題もないが、食べられない訳じゃない。自分じゃ食べ物を持つこともできないが……食べさせてくれないか、黄金こがね。食べてみたい」

 わたしが話すたび、目に光が宿っていくのが愉快だった。恐る恐るといった体で運ばれた椿餅はシナモンの香りと、甘い豆のペーストが意外にも調和している。餅はいつかの時よりもざらついて、荒い粒が舌を楽しませた。黄金こがねが食べ、わたしが食べる。すべてを飲み込んでから、

「美味しかった。ありがとう、黄金こがね

「いや、こちらこそ。我儘に付き合ってくれてありがとう、黒鬼」

 頭を下げる代わりに目を伏せれば、箱に残された葉が見えた。

「そういえば、椿とはどんなものなんだい」

「花が美しい木だよ。散らずに花が落ちるので嫌われることもあるが、僕は好きだ」

 首が落ちたように見えるらしい。呟く黄金こがねの首が言葉通りに落下する、そんな光景が刹那頭に浮かび、確かめる間もなくかき消えた。椿、わたしに似た花。

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