Day12 湖

 産まれた時から恋をしていたようなものでね、 黄金こがねは似つかわしくない低い声で笑った。黒い瞳は人間のもののはずなのに薄闇から反発するよう光っている。好奇心や、その言葉を借りるなら恋心が内側から瞳を照らしているのかもしれない。

「僕の腕がないことを喜んだ父が、勢い余ってつけた名前らしい。とても気に入っているんだ」

 わたしの置かれた机の向かい側へ腰掛け、 黄金こがねはしっかと目を合わせて話し始めた。連れてきた使用人を下がらせ、今、広間のような部屋にはひとりとひとつだけがいる。

「今までにも金にまつわる名前は多かったが、そのものは初めてだよ。だから金に恋い焦がれているのかい、新しい当主様」

 既に陰ることのない輝きへ魅了されているとは、やはり名は体を表すのかと滲む失望を隠しながら出来るだけ穏やかに微笑めば、僅かに眉間が盛り上がる。初対面の若者に心中を気取られる情けなさも久しぶりだ。ばれてしまったのなら隠す必要もないかと息を吐こうとした瞬間、

「金には別に。誤解をさせたのならすまない、黒鬼。僕が恋い焦がれてきたのは君だ」

 会えて嬉しいよ、先程も聞いた台詞をもう一度繰り返す。

「恋に恋するようかもしれないが、恋は恋だろう。じゃあやっぱり僕は君に恋をしている、間違いない」

 細められた目は凪いだ湖面を思わせる。波風もなく静かな湖へ降り注ぐのは恋心に似た月の光。それが瞳から溢れているのだ。月狂でなければいいが。一度止めた息を深く吐き出すと 黄金こがねは、まずは名前で呼んでほしいなとはにかんだ。

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