Day10 来る

 またも魔法のようにやって来たサイダーは背の低いグラス、どちらかと言うなら脚付きのデザート皿へ注がれ、陽に透けては揺れる光の模様をテーブルクロスの上へ自由に描いた。丸い玉がいくつも底から浮き上がってはどこかへ消えていく。微かに甘い匂いを放つそれは昔聞いた以上に美しく、黒鬼には陽の光ではなく自ら発光しているようにも見えた。

「やっと来たわね、どうぞ」

 遭の前には似て非なる飲み物がふたつ並んでいる。赤と青、にわかには飲み物とは信じ難い色をした液体を遭は「いちごソーダ」と「ブルーハワイ」と呼び、いちごソーダの方から口をつけていた。

 赤い影が白に踊る。血よりも美味しそうだ、そんなことを考えながら黒鬼は改めて眼前のグラスを見据えた。美味い、いつか、遭の緊張感ある声に少し似た、低い声が耳へ蘇る。飲みやすいよう伸ばされたストローを咥え、黒鬼はゆっくりとサイダーを啜った。

 最初に来たのは冷たさによる爽快感だった。次に辛味、いや似て非なる刺激。流れるように、透き通った強い甘みが口中へ広がる。冷たさはすぐに立ち去り、残ったふたつが口から喉、そしてどこかへと落ちていく。果実のような複雑さのない単純な甘さが心地よい。これは、確かに。

「……美味しい」

 ストローを離した赤い口が三日月を形作る。でしょう、遭は誇らしげに顎を上げ、いちごソーダを飲み干した。

「あぁ、ありがとう、遭。君の先祖は意地悪でね、いつかと言って結局読ませてくれなかったんだ」

「あら。それはひどいわね。私だったら絶対に許さないわ、食べ物の恨みは恐ろしいのよ」

 サイダーは飲み物だけど、同じことよ。金属と硝子の声で遭が唇を尖らせる。それに重なるのは四代前の姿、黄金のために産まれた男。

「……遭、少し聞いてくれないか。君の意地悪な先祖の話さ」

 名は 黄金こがね。君とは似ても似つかなかった、それでいてよく似た男の話だ。

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