Day9 つぎはぎ

 そうだ。改めて会話をしようという気持ちへ切り替わった遭へ次に訪れたのは閃きだった。明るい声へ黒鬼が瞬きをする。

「飲み物なら私が介助しなくとも、ストローで飲めるでしょう? 飲みたいものはある?」

 食事を運ばせた時のようにスマホを手にすると、黒鬼は不思議そうな幼い表情を見せた後、

「サイダーがいい」

 思わぬ回答を口にした。人を食うらしい鬼が何を欲するのか考えていた訳ではないが、あまりにありふれた飲み物は遭の思考を瞬間停止させる。黒鬼は瞬きだけを繰り返す遭の様子に恥じ入るよう小さな声で「飲んでみたかったんだ」と付け加えた。

 黒鬼の言葉は左腕のない当主にしか聞こえない。尽きせぬ富、黄金を授かれるのは真の当主のみ。四代前、遭の高祖父も左腕がなく、彼が授かった黄金が辛うじて今の石が峰を支えている。

 尽きせぬ富なのに使う方が早いとは、遭は会ったことのない男へ心中で詫びを入れ、サイダー美味しいわよ、スマホを通じて待機している使用人へ望みのものを連絡した。

「これでいいわ。……にしても」

 遭は改めて黒鬼を見やる。

「あなた、新しい身体が欲しくなったりはしないの。超常の力で不可能でも、別の身体への移植手術とか。食事が出来るようになるわ」

 フランケンシュタイン博士はいないけどね。遭の疑問へ黒鬼は堪えきれないと言いたげな笑い声を上げ、考えたこともなかったと目を細めた。

「遭とサイダーが飲めるならそれでいいよ」

「欲がないのね」

 やはり欲深いのは人間の方らしい。先祖と自分とではどちらの方が欲深いのか、遭は黒鬼に質問しようとし、比べることの馬鹿らしさに思い留まった。

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