監獄実験

@yayoi_mugai_

第1話

「今日からみんなには死刑囚になってもらうよ」

黒板の前に立つ彼女は言葉を続ける。

「"監獄実験"なるものを知っているかい?偽の事件をでっちあげて被験者が犯人だと毎日一時間ほど言い聞かせ続ける。すると五日経った辺りで被験者は自分が本当にやったのだと思うようになるのだという。認知とは事実とは相反し掛け離れたようなものであっても、強い自己暗示でどうとでも歪んでしまうのだろうね。」



合宿一日目。メガネをかけた典型的な図書委員の楠木アキは私たちに問いかける。ここに集まったのは所謂「イツメン」の4人。前述したアキに、陸上部所属で唯一の運動部の椚田チヒロ、3-5のクラス委員の静アオイ。そして私、立花ヒマワリの4人。私たちは高校からの友人で偶然3年間同じクラスになり、必然的に仲良くなったのである。今日から始まった合宿でやりたいことがある、と言われたので集められたのは良いがまさかこの実験をやろうってんじゃ……。

「……と、まぁ詳しい内容は後で話すとしてね。ちょっとやってみたいな〜。なんて。せっかくみんなで合宿できるんだし。どうかな?」

合宿でやるレクリエーションにしては内容がヘビー過ぎないか?と誰もが思っているだろう。無論私も。当の本人だってそれは承知してるはずだ。恐らく、本か何かで読んだのだろう。アキは知的好奇心の塊のようなやつで彼女のソレに私たちが振り回されることは少なくはない。

「まあまあ。そう重く捉えないで。思い出を増やすためのちょっとしたスパイスよ。」


合宿二日目。昨日は日が沈みかけてから学校に到着したものだから、寝る支度を整えて夕飯の準備をしたら恋バナなんてする間もなく寝てしまっていた。かと言って今日は何をするでもなくいつものようにマッタリと一日を過ごす予定だ。学校にいるのに授業がないのは何とも不思議な感覚ではあるが。すると、午後五時。私たちはアキの呼び掛けで今日3-5に集められた。

「早速だけど、実験を始めようか。ラインに私が事前に録音した音声を送ってあるからそれを聞いてね。あ、イヤホンあるよね?」

ラインを確認してみると確かにアキから「監獄.mov」なる物騒なファイルが送られて来ていた。再生マークの後ろには暗い部屋でこちらを見ているアキが映し出されている。

「最初だから軽く15分くらいにしといたから、パパ〜っと見てご飯食べよ?」

アキがこうなったら誰かが止められるようなものじゃない、と私たちはこの三年間の付き合いで知っているから今回も早めに終わらせてご飯を食べようと思い動画を再生した。動画の中のアキはいつものアキとは雰囲気がまるで違っていた。こちらの方をじっと見つめて、窓に風がぶつかる音だけが流れる。随分長い時間が経ったと思う。シークバーを確認するとまだ15秒程しか経っておらず、早く終わらないものかと早々に考えていた。アキの口が開く。


「全部ヒマワリが悪いの。全部ヒマワリがやったの。分かってるんでしょ?心に蓋をしないで。私たちはヒマワリを受け入れるわ。その前にヒマワリが罪を受け入れないと。逃げるのは簡単だわ。けど、そこにゴールは無いのよ。逃げて隠れてずっとずーっと逃げて。終わりのない罪悪感に押しつぶされて。ヒマワリがそんな極悪人じゃないことは私たちも分かっているわ。ヒマワリが誰よりも優しい人だって私たちも分かっているわ。ヒマワリがヒマワリなんだってみんな分かってるわ。ヒマワリがやったんだってみんな分かってるわ。全部ヒマワリが悪いの。全部ヒマワリがやったの。分かってるんでしょ?心に蓋をしないで。自分に蓋をしないで。私たちはヒマワリを受け入れるわ。ヒマワリも私たちを受け入れるわ。あれは事故だったの。とても不幸な事故だったの。本来は誰も悪くないものなの。原因はあるの。因果はあるの。ヒマワリのせいなの。ヒマワリが引き起こしたことなの。ヒマワリがそんな極悪人じゃないことは私たちも分かっているわ。ヒマワリが誰よりも優しい人だって私たちも分かっているわ。ヒマワリがヒマワリなんだってみんな分かってるわ。ヒマワリがやったんだってみんな分かってるわ。みんな分かってるわ。ヒマワリも分かっているわ。見て見ぬふりをしているの。いつまでしているの?約束する。嫌いにならないわ。」



合宿三日目。私は例の実験に参加しないことにした。言わずもがな不気味だからだ。私を責め立てる言葉の水流がサラサラと頭を流れ落ちる感覚。私を諭すようなアキの声は今でも頭の片隅に引っかかっている。暗記は繰り返し繰り返しが大事とは言うが、たった15分とはいえ何度も何度も聞いたら染み付いてしまうものである。午後五時。アキが3-5にみんなを集める。昨日と同じ動画ファイルを再生するように促すが私は再生した振りをしてやり過ごすことにした。動画は横画面だから他のアプリもいじることが出来ず、5分もしたら少し顔を上げて周りの様子を見ることにした。チヒロが動画に集中できないのか時折スマホから目を外しており、その様子が小動物みたいで眺めていた。何分か見ているとチヒロは私の視線に気が付いたようで、私と目が合うと彼女は怯えているようだった。


合宿四日目。合宿自体はそれとなく進んでいた。そもそもの発端がコロナ禍で何も無かった高校生活に最後に花を持たせようと、先生に頼み込み「GWの間学校で生活させてくれ!」と言ったところから始まったこの合宿に何か目的がある訳でもなく、いつものダラ〜っとした日々を学校で過ごしているだけだった。

校舎全体を使って鬼ごっこをしたり、調理室でケーキを作ったり、図書室で大声上げて歌ったり何かもした。いつの間にか時計の針は午後五時を指しており、私は図書室の机に突っ伏していた。手持ちの鏡で確認するとおでこは真っ赤になっていた。私が居眠りしてる間にみんなはどこかに行ってしまったみたいだ。黄昏色の光が差し込む私だけの図書館は酷く不気味で居心地が悪かったので、そそくさとその場を後にした。4人のライングループを見ると30分ほど前に

「3-5に5時に集合ね!!」

と、ラインが入っていた。スマホの時計を見ると既に15分ほど過ぎていて急いで3-5に向かうと今日の動画を見終わった後のようだった。遅れてきた私を三人は訝しげに見つめる。が、真っ赤になった私のおでこを見るとチヒロはクスッと笑い、それにつられてアキも委員長も笑いだした。


合宿五日目。暗がりの体育館の舞台上。カーテンの隙間から差し込む西日だけが委員長を照らした。舞い踊る委員長の目には誰も映っていなかった。彼女の世界にはもう誰もいないのだ。すると、物陰から見ている私の視線に委員長は気が付いたのだろう。

「ドスンッ」

と、その華奢な体からは想像できない重量感のある音を立てて舞台から飛び降り、こちらへ向かってくる。私と視線はあっているのだが、焦点は私と彼女の間にあるナニカを見つめているようだった。薄ら寒い笑みを貼り付けながら向かってくる委員長との間合いを考えることを忘れていた私は、いつの間にか委員長に押し倒されていた。

「うへへへ。ふひひひ。」

壊れた目覚まし時計のように音量調節に失敗した笑い声を垂れ流す。私との間にあるナニカ見ていた彼女の目はいつの間にか私の目をハッキリと見ていた。

「機嫌がいいから教えてあげる!あのねあのね!監獄実験って覚えてる?」

「うん。アキが言ってたやつでしょ?私は気味が悪くて途中で辞めちゃったけど。」

「あ、そうなんだ。でね?ヒマワリちゃんは勘違いしてるんだよ。凄い怖い勘違い。」

委員長はこんな幼児みたいな喋り方はしていなかったはず。もっと落ち着いて淡々としていて。

「ひまわりちゃんはあの実験。私達は私達のことを犯人だと思うようになってると思ってるでしょ!!実は違うの!!!全部ヒマワリが悪いの!!!主人公はヒマワリなの!!!」
























以上が今日見た夢の内容である。


私は何もしていない。

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