side:過去「エダとルラ③」

 むかーし昔、人間がまだ闇を畏れていた時代。


 とある有力商人のお屋敷にて、今宵、社交界がひらかれていた。

 上流階級や著名な者たちが集い、商人の名が知れわたる絶好の機会だ。一夜あければ、また一つ新たな商談が結ばれるはずだったのだが。


 目つきの鋭い商人は、自室で召使いたちに取り押さえられていた。


「な、なにをする貴様ら! ワシは貴様たちの主人だぞ!」


 商人は床に這いつくばりながら怒鳴りつけるも、召使いたちは拘束をふりほどかない。これはいったいどういうことなのかと、商談相手だった男女を睨みあげる。


「お前たちの仕業か!」


 赤髪の青年が机に偉そうに腰をかけていて、白髪の女性が側に控えている。

 男女は社交服で着飾っていた。本来ならば、ここで商談を結ぶはずの相手だった。


 赤髪の青年はいかにも邪悪そうに笑う。


「クハハッ! 召使いたちには退魔術を施さなかったようだな!」

「っ……お前たち! 魔性のモノか!」

「そうとも! 魔性ともわからずに屋敷に招き入れおった愚か者よ! この地はこれより我が支配する!」


 商人は歯ぎしりしながら悪態をつく。


「ば、化け物風情が! そう簡単に支配などできるものか……!」

「できるさ、支配の儀を我の名で上書きするからな」


 商人は息が止まったかのように押し黙った。


「貴様がこの地に施していた支配の儀。人間の深層意識に働きかけるもので、本来ならば容易に気づかれぬ珍しい術だ。だがな、お前は派手に何度も使いすぎだのだ」

「うう……」

「術をつかって何度も商談をまとめあげて、人間どもを好きに操っていたのだろうが……。我が魔の流れを操るだけでコレよ」


 商人は自分を拘束している召使いたちの瞳に気づいた。

 うつろな瞳で焦点があっていない。術で操ったときのものだ。上位存在によって支配権が奪われたのだと知り、商人は青ざめる。


「い、今までうまくいっていたのに……くそう……」

「ふん……この地の神秘をいたずらに消費しおって」


 赤髪の青年は冷たい瞳で商人を見下ろしていると、白髪の女性がゴニョゴニョと彼に耳打ちした。


「ふむ、我に支配権が完全にうつったか」

「ワ、ワシをどうするつもりだ……?」

「さてな? 貴様がさんざんにコキ使った者にうかがおうとするかな」


 赤髪の青年がほくそ笑むと、召使いたちの商人を押さえこむ力が強くなる。

 そうして、商人の絶叫が夜の闇にひびいた。


 ※※※


 エダは商人の机に偉そうに腰かけながらワイングラスを片手に持っていた。


「クハハッ! 今日からこの屋敷は我のものだな!」


 もちろん中身は果実ジュースなことをルラはよく知っていた。

 いつものことなので特にツッコミはせず、彼女は商人の私財リストに目をとおした。


「あくどくやっていたようですね。相当ため込んでいるみたいです」

「で、あろうな。主人へ反抗するように魔の流れを変えただけで、召使い共はあっさりと寝返ったぞ。よっぽど腹に据えかねていたらしい」


 エダは呆れたように言った。

 ルラはリストを机に置き、一族からの情報を伝える。


「彼らは今後もエダさまに仕えるそうですよ」

「……我のような得体の知れぬ者にか?」

「主人のことは口外せぬように、ついでに商人より好条件を提示したことであっさりと受け容れました。ほどよい謎はエダさまの魔性を保つにもちょうどよいでしょう」

「あっさりとしておるなあ」

「そんなものですよ。世の中、金です金」


 エダは『夢と希望と光』だと言いたげな瞳でいたのだが、真祖である彼は決して口にはしなかった。


「エダさま、あの商人は放逐するだけで良かったのですか?」

「かまわん。この地に残っている神秘をそのまま利用して、奴の存在をみなの記憶から消しておいた。奴がなにを言おうが狂人の戯言だと思われるだけだ」

「……もっとやりやすい方法がありましたでしょうに」

「まだわからんようだな、ルラ。浪漫だよ、浪漫」


 エダはしたり顔で言った。

 エダとルラはこの日のため、社交会の礼儀作法やら社交ダンスの練習やらで毎日大忙しだった。今着ている服だってちょっと無理して手に入れた高価な服だったりする。


(上流階級ものでも読んだのだろうなー)


 浪漫はわからずとも主人の嗜好はわかっていたルラは、そこんところは言わずにした。


 と、エダが見つめていたのに気づく。


「なにか? エダさま」

「ふむ。あれだな。あれ」

「あれ?」

「まあ、なんだ? お前なりに綺麗に着飾ったみたいで? ふむ。それなりに、よく? 似合っているようではないか」


 エダはルラの社交服について褒めているようだ。


 放浪の旅で過ごしてきたルラは、今まで綺麗に着飾るなんてことはなかった。今夜の社交界ではその分を取りもどしたかのように着飾り、その美貌に彼女は注目を浴びていたぐらいだ。


 だが、めんどくさがり屋の自己評価はこうである。


「着替えが面倒なだけですね。なんでこんなに着飾る必要があるんでしょう」

「め、面倒ってお前……」


 エダはガッカリしたように肩をしょげさせた。


(ん? もしかして私が喜ぶと思ったのかな?)


 ルラがそうたずねる前に、エダが話題を変えてきた。


「とにかく、この土地はしばらく拠点にできそうだな。ようやく落ち着ける」

「もしかして私への贈り物でした?」

「お前たちの一族もこの地に呼ぶとよい。商売の起点にもなるだろう」

「だから今回、あんなにも計画を推してきたんですか?」

「…………ルラ。我はこれからの話をしておる。わかるよな? 主人の大事な話を従者が遮るものではないのだ」

「……わかりました」


 ルラは主人に申し訳なさそうに頭を下げたあと、さらりと言ってやる。


「今度は自分が贈り物をわたす番だと、はりきったわけでございますね」

「そ、そういうことは口に出さなくてよいのだ‼‼‼」


 エダは歯をむき出して怒ったあと、そっぽを向く。


「しらんしらん! 我はしらん! 我はもう寝るゆえに後始末も屋敷のことも……ああ、それと商売のことはルラに任せるぞ!」

「商売もですか?」


 一族の商売に関しては、ルラはあまり口出さないようにしていた。


 一族は放浪の民ゆえに、手広く商売をやっている。エダに仕えるようになってルラの発言力もあがったので、軋轢を避けるためにも一族の商売事には関わらないようにしていた。彼女が面倒がったのもあるが。


「……ルラといったのは一族の方だ」

「ああ、なるほど。そうでしたか」

「ややこしいな……。これもお前が最初に一族名で名乗るから……」


 ルラは初めてエダに出会ったとき『ルラ』と一族名を告げていた。


 名前で支配する魔性もいたので明言は避けていたのだが、が関わるようになってから最近はややこしくなっていた。


「名前で呼んでいただいてもかまいませんのに」

「……ふん、お前の名前など忘れたわ」


 エダは目をそらしながら言った。


「? 先日もこのようなやりとりをして、そこでも再度お伝えしましたよね?」

「覚えておらん。お前はルラ、ルラでいいのだ」

「なんで親しく名前で呼んでくれないんです?」


 そう言って、ルラはもしやと気づいた。

 ルラの問いつめるような視線に、エダはちょっと窮屈そうに背を丸める。


(いまさら名前を呼ぶのが恥ずかしいって、思春期の少年かい)


 真祖として最近までよちよち歩きだったので仕方ないのかなーとルラが少し笑っていると、エダは真祖面で誤魔化してきた。


「クハハッ! お前の名など呼ぶものか! 我は誰だと心得ておる!」

「第13真祖エダ・レ・ジニア・ロンベルクさまです」

「そのとおりだ! 真祖である我が、人間の名を親しく呼ぶなどありえぬわ! 己の立場をわきまえるがよい‼」


 まさかこうもバレバレに誤魔化すとは思わず、ルラは目を細めてやった。


「じー」

「な、なんだ。なにか言いたいことがあるのか」

「この話題を掘り下げるべきか悩んでおります」

「だ、だいたい、わ、我はルラと呼ぶのに慣れておる。お前に初めて告げられたときから親しんできたわけだし……。ルラと呼ぶほうが好きなのだ……」


 ルラは自分の頬が熱くなったのがわかった。


(こ、こいつー。こいつぅーー……)


 その台詞のほうがよほど恥ずかしいだろうがと、ルラは感情を誤魔化すように、エダの頬をむにむにーと揉んでやった。


「な、なんだ? なんなのだ! わ、我、いったいなにかしたか⁉」

「……別にー。なんでもありません」

「ふ、不服であれば、ちゃんとと呼ぶぞ⁉」

「ルラでかまいませんよ、エダさま」


 そう言ってキルリ・ルラは顔をそらしたが、ニヤけそうになっている自分の姿を鏡で見てしまい、羞恥でさらに頬を赤くさせてしまった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!

たいへん申し訳ありませんが、本作はここで一旦更新休止となります。


以前にも話であげましたが『ただの門番、実は最強だと気づかない』の書籍版が今月の15日(月)に発売します。


それに合わせて『ただの門番』のオマケSSをちょこちょこweb投稿していこうと考えており、続刊は未定なのですが……未定であってもお話だけは考えて、書きだせる状態にしておきたいというのがあります。


次話からのイズミ編はルラ関係だけでなく……微ネタバレしますと『虎の尾を踏んだことで、全盛期の真エダがでる』と、力を注ぐ箇所が多いです。


作業同時進行だと執筆エネルギーが切れて、どっちともグダりかねないので、本作は手前都合で休止させていただきました。


ここから本作のつづきを書くにしても、

ただの門番をつづきを書くにしても、

あるいは新たな物語を書くにしても、

楽しんでもらうお話は今後も書いていきます!!


執筆エネルギーがもたなくて申し訳ないです。



地震、お気をつけください!!!! 

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ただのチートですよ? ~真祖の吸血鬼、美少女配信者を助けて激バズる。正体バレかけたので、ただの高校生が力に覚醒しちゃったムーブをゴリ押します~ 今慈ムジナ@『ただの門番』発売中! @imajiimaji

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