第8話 隠者達の地下都市
「マヴロさま!」
レフたちが穴をくぐり抜け、入り口の広いホールに足を踏み入れた途端、奥から数人の男女が駆け寄ってくる。
「お帰りが遅いので心配していたのです。…その方は?」
女の一人がレフに目を止める。
「僕の客人だよ。ちょっと訳ありでね。少しこの街を案内しようと思っている」
「…また拾ってきたわけですね」
女の一人が肩をすくめ、マヴロは苦笑いした。
「まあ、そんなところだ。食事を用意してくれないかな。君も少し休みたいだろう?」
マヴロが聞くと、返事をするようにレフのお腹が鳴る。
グリがころころと笑った。
「この地底街は僕らが作ったんだ。貯水植物〈ガラン〉を使ってね」
マヴロは壁一面を覆う植物を示した。
「こいつらは水を求めて岩盤を穿ち、地下茎をどこまでも伸ばす。そして水脈にぶち当たれば茎を太くして多くの水を吸い上げる。雨の降らないこの谷では貴重な水源だ」
部屋にさっきの女が入って来て、レフに塊茎を手渡した。
「これ、ガランです。絞って飲むの」
「こうやんの!」
グリが嬉しそうに手本を見せてくれた。ぶちゃ、と塊茎をひねりつぶし、滴った赤い水を吸っている。お世辞にもおいしそうとは言えなかった。
「安心していい。これには蟲が入っていないから」
マヴロは微笑むが、もちろんそういう問題ではなかった。
レフは意を決してガランに口を付けてみる。手がべたべたになるが、赤い水はほのかな甘みがあって美味しい。
「うまいだろう。しかしそれだけでは到底僕らの必要な水を賄うことはできない。そこで僕らは蟲術を使った」
マヴロは床のガランを撫でる。
「毎日少しずつ、血と蟲を流しこんでガランに命令する。より太く、より多くの水をくみ上げるように。長い時間と多くの人手がかかったが、やがて大きな井戸が完成した」
マヴロは吹き抜けを覗き込んで示した。最下部分には水が貯まり、大きな池になっている。よく見れば底の方は流れがあるらしい。地下大河につながっているのだろう。
「ここなら水にも困らない。そして誰かに襲われる心配もない。素晴らしい街だろう」
マヴロはそこで言葉を切ると、壁まで歩いていき、盛り上がった瘤の一つに手を触れた。愛おしそうな手つきだった。
「これはかつて、人だった名残だ。僕らのご先祖様だよ。彼もまた蟲術使いだった。彼は井戸掘りにすべてを捧げたのさ」
「ガランを操るうちに、取り込まれてしまったのですか?」
レフは恐怖を感じた。背筋が粟立っている。
「いや違う。進んで同化したんだ。同化することでより強力に、精緻にガランを操れる。それにね、レフ。こうすれば個の生命は消えるが、巨大なガランの一部として、永遠の生命が続く。僕もいずれこうするつもりだ」
「グリもする!」
レフは絶句している。
よく見れば蟲瘤は壁面に沿ってずらりと並んでいる。これがすべて元は人だったというのか。想像もつかない人と蟲の生の営みがここにはあった。
「僕は誇りに思う。蟲によって、僕らは人だけでは成し得ないことを実現したんだ。だが確かに…テラスのような者は哀れだな。だから一概に蟲憑きが良いとは言わない。でも君には、僕らのような者がいることも知っておいて欲しい」
レフは黙ったままマヴロを見ていた。頬に染みのように蟲瘤が広がり、左手のひらの傷は爛れ、腕も全体が蟲瘤で腫れている。マントで隠れているから見えないが、全身にも広がっているのだろう。痛みもひどいはずだ。
しかし、この青年の目は輝いていた。異形の地底街にあって、彼の生は少しも哀れでも惨めでもなかった。
その時、異様な音が洞内に響く。
同時に、床や壁面を覆うガランがかすかに痙攣する。
「侵入者だ!」
入り口の方で悲鳴が上がった。
床に耳を押し当てていたグリが、泣きそうな顔になる。
「痛がってる。熱いって」
「奴ら、火を放ったか。…思ったより早かったね」
「どうしよう」
グリはマヴロの足にしがみついて泣きだす。
「パレスの警備兵ということは、燃射器か。少し厄介だね。ガランを操るだけでは対抗できない」
マヴロは少し思案していたが、グリを見て一つ頷いた。
「よし、アレを使ってみようか」
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