第7話 生きた洞窟

谷間の奥にある、じめじめした洞穴から、奇妙な多肉植物が生えている。

生えているという表現は正しくない。赤黒い植物は内側の岩肌をびっしりと覆っており、しかも表面が絶え間なく蠢いている。洞穴全体がまるで巨大生物の腸のように見えた。

「先ほどの多肉植物と同じです。これは…中に蟲がいるのですね?」

レフは洞穴の入り口に立ち止まり、脈打つ植物をしげしげと観察している。

「その通り。僕たちと同類の蟲憑きだよ。さあ、入って」

マヴロは振り返って、レフとグリに手招きした。

「おぞましいかい?もしかしたら蟲が身体に入ってしまうかもしれないね」ぁしぁ題ないです。蟲は後天的には感染しないと聞きますから」

こうてんてき?とグリが首を傾げる。レフは毅然として洞内に足を踏み入れた。何でもない風だったが、ガランを踏む瞬間に顔が強張るのをマヴロは見逃さなかった。踏みつけられた塊茎はびくりと痙攣したが、すぐに収まる。

「入り口を閉めよう」

「いえ、まだ灯りが…」

レフは慌てて外套のポケットを探り、携帯ランプと点火器を取り出した。

「わ、ダメだよ!」

火を点けようとするレフをグリが止める。

「火が怖いのですか?」

レフはグリを憐れむように見た。

「違うよ!ここでは火はだめなの。蟲がびっくりするから」

「灯りは気にしなくてもいい。閉めるよ」

マヴロは床にひざまずくと、銀の小刀で左の手のひらに傷をつけた。

レフは思わず息をのんだが、グリは黙って彼女の手を取り、だいじょうぶ、と囁いた。

「〈閉じろ〉」

マヴロは、素早く床を覆う茎を切りつけると、その傷口に手の傷を押し付けた。たちまちに、マヴロを中心にして塊茎が激しく蠢いて盛り上がる。動きは波のように天井まで伝うと、洞穴の入り口に押し寄せ、瞬く間に内側から覆いつくした。洞穴は闇に閉ざされたが、天井部分にはぼんやりと光る塊茎がぶら下がっており、柔らかにレフたちを照らしている。

レフが不思議そうに見上げていると、マヴロが説明した。

「これは光蟲が入っている。ある種の蟲をこの植物の茎に流し込むと、反応して光るんだ」

グリは自分のポケットから丸い塊を取り出す。

「これも同じだよー」

「蟲と一口に言っても、様々な種類がいて、性質も異なる。現に、僕とグリの血中の蟲も種類が違うんだ」

「知りませんでした」

レフはただ驚くばかりである。

「さて、ここからが本番だ。レフ、よく見ておくといい」

「にじゅーとびらなんだよ!」

グリが嬉しそうにレフを見上げる。レフには意味が分からない。

「〈開け〉!」

マヴロは一番奥の壁に傷をつけ、そこに左手を押し付けた。

再び壁の塊茎が蠢き、一部に穴があく。その向こうに見える景色に、レフは唖然とするほかなかった。

広大な空間。中央が吹き抜けになって、はるか下までいくつもの階層が続いている。

巨大な地下居住建造物が、そこには広がっていた。

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