第5話 谷間の兄弟

薄暗い洞穴の中。

逃げおおせた三人が身を隠している。

「災難だったね。あの男は欲を抑えられないんだ。かわいそうなやつだが、自ら改めようとしない限りどうすることもできない」

青年はため息をついた。

「…あれが、蠱術ですか」

「そうだよ。血に潜む蟲を使うんだ」

レフの質問に、青年は静かな声で答えた。

「すごいでしょ!草も人も、マヴロは何でも操れるんだよ!」

少年は屈託なく笑う。

「名乗るのが遅れたね。僕はマヴロ。こいつは弟のグリだ。君は?」

「レフです」

「そうか。…御子だね、君は」

レフは警戒し、身を固くする。

「僕は蟲の声がわかる。でも君からは何の声も聞こえない。

…安心してよ。別に君をパレスに突き出したりしないさ」

「なぜ逃げて来たとわかるのですか」

「この谷に来る人は、みんな訳アリのお尋ね者ばかりだからね」

マヴロは小さく笑った。

「…中央都市の探求院に行きたいのです。この谷を抜ける道を教えてくれませんか」

「探求院か。なぜ?」

「あなた方、哀れな蟲憑きを救うためです」

あわれ?とグリが首をかしげる。

「かわいそうって意味さ」

「ちがうよ!マヴロもグリもかわいそうじゃないよ!」

グリが口を尖らせ、レフに抗議した。

「それで探求院か。…さては君も、学理子宮の話を聞いたね?」

マヴロの言葉に、レフの目が大きく見開く。

「なぜそれを…」

「パレスではできない血の浄化が、探求院なら実現できる。なるほど」

「その通りです」

「本当にそうかな。探求院はパレスから多大な支援を受けているのに。パレスに背くような研究が自由にできるだろうか?」

レフは何も言えない。事実、まったく知らないからだ。

「そもそも、どうして君は僕らを哀れだと思うんだ?パレスがそう教えるから?パレスのやり方に背きながら、その思想には共鳴するとでも?」

レフは黙って目を伏せた。反論はできない。

「すまないな。つい意地悪を言った。別に君を責めるわけじゃないんだ」

「お姉ちゃん泣いちゃうよ~」

グリが笑う。泣きません、とレフは小声で否定した。

「君に見せたいものがある。ついてくるといい」

マヴロは立ち上がった。

レフが躊躇っていると、マヴロは付け足す。

「谷底は危険が多い。それに、逃げている途中だろう?パレスの警備隊は僕もよく知っている。優秀で執念深い。特に御子の追跡となれば、彼らも死に物狂いだろう。急ぐに越したことはない」

レフはついて行くほかなかった。

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