第1話 砂漠の御子、レフ
南方砂漠、パレス。謁見の間。
その日レフは、女として認められた。初潮を迎えてから一年。出産に耐えうる身体に成長したと判断されたのだ。
「おめでとう。新たなる御子よ」
当代の白砂の女王が壇上からレフに声をかける。
「蟲どもに汚された血を浄化できるのは、蟲を持たない清浄なる胎だけだ。
優れた種を孕み、産め。血を清めること。それがお前たち御子の使命だ。
今やこのパレスは人類の希望なのだよ。
使命を全うせよ。その生ある限り」
「はい。清らなる世界のために」
レフはそれだけ言うと表情を変えずに頭を下げる。
御子の使命など願い下げだった。しかしパレスで蟲抜けとして生まれた以上、この運命を受け入れるしかないのかもしれない。その無力さが、彼女から表情を奪い去る。
「早速だが、お前が清めるべき種子が決まった」
壇上から降りて来た女官の一人が書類を読み上げる。
「中央都市、探求院の上席研究員だ。齢は32。若くして優秀な研究実績を上げているようだ。種としては申し分ないな」
「顔立ちも悪くないと聞いている。お前にしては僥倖だな」
横に立っていたもう一人の女官が意地悪く笑った。
これから交わる男の素性など、レフにとってはどうでもいい。
だから彼女は黙ったまま俯いていた。
「交接だが、相手は直接の交わりを希望している」
女官は淡々と続ける。
「もちろんお前には選択の自由が認められているが、我らとしても直接の交わりを推奨する。なにしろ、これがお前の初めての交接だからな。どうだ」
「異論はありません」
レフは即答する。心底どうでもよかった。
「そうか。そういえばお前は書物が好きだったな。学者とは気が合うのではないか?楽しい交わりになるだろう」
「つまらぬおしゃべりで興を損なうなよ」
意地の悪い女官がレフに釘を刺す。
「留意します。清らなる世界のために」
レフは墓石のような顔で頭を下げ、謁見の間を退出した。
夕刻、レフの自室。
「おめでとう。いよいよね」
ルームメイトのカテリナが柔らかに笑った。
「お相手は誰なの?」
「探求院の学者。32歳。退屈な中年の男でしょうね」
レフはうんざりしたように答える。
「32は中年じゃないわ。私も初めては31の殿方だった。とっても素敵な方。寝台の上であなたも愛してもらいなさい。そしてあなたも愛を返すの。私たち御子は女神になるのよ」
カテリナはレフより五つ年上で、既に交接と出産を何度か経験していた。白砂の女王の女王の覚えも良い、模範的な御子だ。
部屋に遊びに来ていたクロエが口を挟む。
「男どもはみんなゴミ。私たちのこと娼婦か何かだと思ってるわけ。あーキモいキモい。これからずーっとこんな人生なわけ?」
クロエの嘆きを聞きながら、レフも気が重くなった。これから出産機能を身体が失うまで、同じような人生が続くのだ。
「そんなことを言ってはいけないわ」
カテリナが諫める。
「哀れな蟲憑きたちが、その無残で短い生の中で唯一希望を見出せるのが、私たち御子との交わりなのです。彼らは惨めに死んでいくけど、私たちが種子を清めることで、その子供は救われる。素晴らしいことじゃないの」
「産み続ける私たちも十分にみじめだけど」
クロエが呟く。
「そろそろ行くわアタシ。今日は40のクソジジイが相手。北の王族らしいけど、マジ最悪。産みたくないなあ」
愚痴と暗い空気を残して、彼女は部屋を出て行った。
「レフ。受け入れるのよ。いずれは慣れるから」
カテリナがやさしくレフの肩を撫でる。優しさが絡みついて、レフを縛り付けていく。
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