最終話
ここから、犯人の自供や探偵の独白的なやつが始まったりはしない。これは推理小説ではない。
じゃあ裁判が始まるのか。……ある意味では裁きといえなくもないのかもしれない。
へたり込んだサクラへと、メイドたちがにじり寄る。その目は獲物を前にギラついていた。
ハントの先陣を切るのは、探偵魔女のアカシである。彼女はすでにそういったことを経験しているから、ということだろう。
それに、自白するようにその場に座り込んでしまったサクラが本当に犯人なのかは――男なのかは確かめてみないとわからない。
アカシは、サクラの靴を脱がし、二―ソックスを脱がせていく。探偵という職業柄、そういったことは慣れているのだろうか。あるいは、サクラが無抵抗なためか、確認作業はするする進んでいった。
露わとなった華奢な脚には、赤いヘビを連想させるような痣が一筋走っていた。
そして「失礼します」とアカシは神妙に言ったかと思うと、スカートの奥に秘められたサクラの股間をむんずとわしづかみする。
もみもみもみもみ。
女性が女性の股間をもみしだいている姿は異様だったが、同時に見慣れたものでもあった。
「うん、やっぱりわたしの推理通りだったね」
言いながら、アカシはサクラから離れていく。サクラからの返事はない。その目は絶望しきっていて痛々しい。見ているこっちが苦しくなってしまいそうだ。
だが、下手に手を出してしまうと後が怖い。男としては、仲間ともいうべきサクラを助けたいところではある。あるんだが……。
俺は、ちらりとメイドたちの方を見た。先ほどまではつつましやかで、あらあらうふふ、という雰囲気だったのが、今やアマゾネスも裸足で逃げ出してしまうんじゃないかってほど闘志を漲らせている。その血走った目は、哀れな獲物は当然として、仲間内にさえ向けられていた。
アカシは、何事かを呟く。その呪文は、男には認識できないものであり、何を言っているのかさえさっぱりわからないようになっていた。極秘中の極秘になっているのではなく、理解そのものができない。
呪文が終わると、サクラの周りにいかにもな魔法陣が浮かび上がる。ハートに翼が生えたような形をした魔法陣の中心に、サクラはいる。
こうなったらもう俺にはどうしようもない。あの魔法陣は魔力的にも物理的にも強固だ。大魔女くらいではないと魔力的には突破できない代物だし、物理的に言えば、RPGくらいはないと話にならない。俺のチェーンソーじゃあ役者不足だ。
目の前では、メイドたちが大乱闘を始めようとしていた。魔法少女メイドたちだったが、攻撃的な魔法は覚えていないらしい。火の玉が飛び交うことも、空へ吹き飛ばすような突風が飛び交うこともなく、拳をぶつけあうキャットファイトが繰り広げられた。
それを横目に見ていたアカシが俺の方へと近づいてくる。
「使い魔さん使い魔さん」
「……なんだよ。俺はいらないぜ」
「あ、わかります?」
「わかるさ。アイツらより先に魔力を奪うつもりなんだろ」
魔女と一緒に仕事をしていたら、イヤでもわかるってもんだ。魔法少女が魔女になるために男を必要としているように、魔女も男を必要としている。その先の大魔女にいたるために。大魔女になれば、高度な魔法を行使することも可能になる。
永遠の命であったり、圧倒的な力だったり。求めるものは魔女によっても違うが、破格なものには変わりない
その点においてミラという魔女が変わってた。魔法少女を育成し魔女にする――そんなことを考える魔女はほとんどおらず、それゆえに希少だった。
魔女は魔法少女と同じものを求めている。つまりはライバルなんだ。敵といっても差し支えはない。ミラの構想としては、大きな集団をつくりたい。それで既存の派閥に対抗したい――俺が呼ばれたのはグループのマスコットキャラクターをになってほしかったんだと。
必然的に長期雇用という形になってしまうので、丁重にお断りさせていただいたが、理念には共感するものがあった。
それはさておくとして。
「勝手にすればいいだろ。俺は使い魔で、アンタら魔女には敵わん」
「ふうん、それは使い魔さんの処世術っていうやつですか?」
「そうだよ。長いものには巻かれとけってな。魔女には特に逆らうなってのが、ばあちゃんの教えだ」
「ではでは、わたしがいただくことにします」
そう言ったかと思うと、アカシは魔法陣に近づいていく。ファンシーでポップでピンキーな魔法陣の前にアカシが立つと、魔法陣が大きく脈動する。呼応するようにアカシの体が震えた。
小さな手が魔法陣に触れる。タッチされた魔法陣は不気味に蠢くと両翼が肥大化し、ふわふわな羽根はサメの牙も真っ青なほど鋭くなった。
これが本来の魔法陣。
クワガタのように翼が外側へと開き、ぎちぎちと音を立てる。
そして、開ききったゴムがパチンと閉じてしまうように、チェーンソーよりも鋭利でグロテスクな刃がサクラの体に突き刺さった。
血が噴き出し、肉が飛び散る。
ぐちゃぐちゃと咀嚼するような下品な水音があたりへこだまする。霧のように立ち込める血の香りが鼻を突いた。
気がつけば、メイドたちの騒ぎは収まり、男が魔力へと転じていく様を食い入るように見つめているらしかった。
視線を戻せば、サクラの姿はそこにはない。人の形を失った体は、魔法陣によって魔力の塊へと変換されてしまっている。それが、ハートの中心へと吸い込まれていくと、真なる意味で魔力は錬成され、ビビッドなピンク色をした魔力がアカシの体へと注がれていった。
男が喰われるってのはこういうことだ。グロテスクに分解され、魔力に転換されるっていうのはこういうことだ。
何度も目の前で見てきたとはいえ、冷汗が流れてくる。
アカシが、熱っぽい吐息を吐き出し、俺の方を向いた。
「使い魔さん、魔力供給しましょっかあ?」
「……藪から棒にどうしたんだよ」
「だってえ」酔っ払いみたいにとろけ切った言葉でアカシが続ける。「使い魔さんから魔力をほとんど感じないんだもん」
「あ、ああ。ちょっとガス欠くさいな」
「でしょう? だから、今回譲ってくれたから、ちょっとくら分けてあげようかなーと」
「結構だ」
「けっこうって、結構いるってこと……?」
もうしょうがないなあ、と言いながら、アカシが俺のことをツンツン突いてくる。
俺は頭を掻く。
「そういうことじゃなくてなあ!」
「そういうことではないとしたらいったいなんだっていうのよお」
言いながら、俺の体にアカシは俺の体に抱きつき、意思を持った縄みたいに、俺にまとわりついてきやがる。これが俗にいう、魔力酔いってやつだろうか。
アカシはしなだれかかり、俺の耳に顔を近づけているらしい。熱い吐息で、耳が融けてしまいそうだ。
「やっぱり――あなたも男、なんですね」
言われた途端、俺の体は硬直した。
どうしてバレたんだ。
何かヘマをかましてしまったのか。
いろいろな思いが頭の中でぐるぐるぐるぐる渦を巻く。それらをまとめて粉砕しぐちゃぐちゃのごちゃごちゃにしたのは、アカシの実に楽しそうな笑い声。……俺からすれば、悪魔のごとき笑い声にしか思えない代物だったが。
「じょーだんですってばあ、もしかしてびっくりしました?」
「……心臓止まるかと思ったわ」
「ふふふ、今度一緒にお仕事しましょーねえ―」
にっこり笑みを浮かべたアカシが、着ぐるみボディのほっぺにキス。それからやっと離れたかと思うと、手を振り振り、メイドの方へと歩いていった。
メイドたちと魔力供給について、何やら侃々諤々の話をしているアカシの横顔を俺は見ることができなかった。
だって、もうおそろしゅーて。こんな場所にはいられるかって気持ちだったんだよ。
ここからは後日談。
俺はケツをまくって洋館を飛び出した。あんなところにいられるもんか、俺の正体に気づいたかもしれないやつがいるってのに。
森を抜けたところにあった廃屋に入り、息をつく。
最初は疲れからだったが、じきにため息になってしまった。
「この着ぐるみも今日でしまいか……」
会心の出来だったが、しょうがない。チクチク手を針で刺しながらつくったもんだったから、ますます名残惜しかった。
だが、命には代えられない。このまま死んでしまうくらいならば――。
俺は着ぐるみのチャックに手を伸ばす。うんとこしょとなんとかチャックを下げきって、着ぐるみの中から這い出す。
ふいーっと息をつく。フェルト生地の皮膚が汗のせいかじっとりとして重い。
着ぐるみの中に着ぐるみを着ているもんだから、バカみたいに汗をかく。氷魔石がなけりゃあ、俺は今頃茹で上がっていたに違いなかった。
パタパタと仰ぐたびに、だぶついた白い生地が揺れる。
今の俺は、白い生地でつくられたウサギのぴょんノ介だ。はじめて着ぐるみに入ったときから愛用しているウサギ型の着ぐるみは、もう十代目の大台へと突入している。
二十歳に初期型をつくったから……もう五年くらい?
俺は何とか魔女の手から逃げきれている。もちろん、これからも逃げ続けてやるつもりだ。
昨日のサクラのようにはならない。サクラの意志も受け継いで、なんとか三十歳まで。
そうすれば、俺は魔法使いになれる。
魔法使いになれば、魔女に怯えなくても生きていける。
「よし……」
俺は脱ぎ捨てたワニのモモワニちゃんに手を合わせて最後の別れをし、廃屋を後にしたのだった。
男が魔女に喰われる世界で、流れの使い魔(着ぐるみ)としてなんとかやってきたのに、今回ばかりはヤバいかも 藤原くう @erevestakiba
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