第2話

「落ち着いてください、サクラさん」


「落ち着いてられますか、ミラさんを殺害した犯人が目の前にいるんですよ」


「サクラさん」アカシがサクラの肩をガシッとつかむ。「よく聞いてください。スコットさんは犯人ではありません」


「ど、どうしてそんなことがわかるんですか」


「簡単な推理です。被害者が殺されたとき、スコットさんはここのメイドと話をしていたところをたくさんの方に目撃されています」


 ですよね、というアカシの呼びかけに、一人のメイドが跳ね返るように立ち上がった。純白のエプロンを身に着けた、料理全般を受け持っているメイドだったはずだ。


「そうです。わたし、料理一筋でやってきましたので、そのう、男性の方をどうやって処理すればいいのかわからなかったもので」


「それで、ミラさんの使い魔を務めることになった彼に話をしたというわけですね?」


 コクリと料理長メイドが頷く。確かめるような視線がやってきたので、俺は首肯した。


 この世界における男の価値はひじょーに低い。いや、ある意味では高いといえなくもないが、少なくとも俺たち男どもからすると諸手を挙げて喜べるようなもんでは決してない。


 男は魔法少女が魔女になるために必要なもの。二十代から三十代にかけての、脂ののった男どもが最高に適しているらしい。


 ――その体に秘めた魔力が、魔法少女を女に変える。


 誰が言い始めたのかはわからない。だが、この世界においてはそういうことになっているのだ。


 同時にこういう言い伝えもある。――三十歳を超えた男は魔法使いに至る。


 俺はその言葉を信じ、着ぐるみの中に身をやつしているというわけだ。


 さて、摩訶不思議な伝承はさておき、ここミラの館においても、男が魔法少女の糧という事実はまったく変わっていない。


 地下の牢屋には男が囚われており、その男どもはメイドたちが魔女としてふさわしいとなったときに生贄となる。


 昨日、あのメイドに相談を持ち掛けられたのはそういうことだ。どうやって男を喰えばいいのですかって言われても、男としては答えづらいし、どんな仕組みなのか知らないのだから答えようがなかった。


 だから、結構曖昧な言い方をした。


『その時になれば、おのずとわかる』


 そんな意味深で中味のないことを言って、なんとかごまかした。


 ……疑われてはいないだろうか。


 周囲を見まわしてみると、俺の方を見ているやつはサクラしかいなかったので、ちょっと安心。っていうか、どうしてサクラは俺のことを目の敵にしてくるんだろう。


 そりゃ素性は怪しいかもしれないが、変な姿をした使い魔としてそこそこ名を知られてるつもりだったんだがなあ。


「じゃあそのメイドと共謀したんですよ」


「では動機は何ですか」


「ど、動機……?」


「はい。魔女になる直前のメイドが、どうして仕えている主を殺すでしょうか」


「魔女になりたくなかったとか」


「――あなたはなりたくないのですか?」


 アカシの目がすっと細くなる。線のような目の奥で、理知的な光がキラリと瞬いたような気がした。


 ウっと、うめいたのはサクラ。


「なりたくないわけじゃないですけども」


「そうでしょう。普通の女の子であれば、誰しも魔女に恋焦がれるでしょう。ゆくゆくは大魔女になれたら――」


「それは探偵さんの願望かい?」


「おっと失礼。とにかく、メイドがやったとは思えないよ。メイドからの評判は悪くなかったし、ミラさんが恨まれていたという話も聞かなかったから、やっぱり突発的に起きた殺人と考えるのが自然だねえ」


「どこ情報ですか」


「秘密。探偵の情報網舐めたら痛い目見るよー」


「その情報網で俺の宣伝してくれよ」


「いいよ―宣伝しちゃうよー」


「いいんかい! っていうか、そういう話じゃないでしょう!」


「そうでしたね――あなたが犯人だって話だったでしょうか、サクラさん?」


 アカシの問いかけに、言葉をつづけようとしていたサクラの口がパクパク動く。


 俺はアカシを見た。探偵といえば、どこから取り出したのかキセルを優雅にふかす。


「ど、どういうことだよ」


「簡単なことですよ、スコットさん。彼女が――いえ、彼がミラさんを殺害した張本人なのです」


 驚愕の声がホール中に反響する。


 その後に、メイドたちの視線がサクラへと集中する。その視線は、サクラを恨むようなものではなく、責めるようなものでもない。ヘビがネズミを見つけたときに見せる、鋭い眼光に似ている。


 そんな視線を振り払うように、サクラが腕をぶるんと動かした。


「な、何を根拠にそんなことを。それこそ失礼ってものでしょう!?」


「事実、あなたが犯人でしょう。あなたはミラさんに好かれていたということでしたし、メイドの方も最後にミラさんに会っていたのはあなただと証言していますよ」


「だ、だから何だっていうんですか」


 アカシの言葉にサクラがいきり立つ。あどけない顔には似つかわしくない青筋が浮かんでいた。


「わたしの推理はこうです。ミラさんのお気に入りとなったあなたは、彼女の私室へ呼び出された。そして、魔力供給しないかと提案された」


 魔力供給という言葉が出た途端に、メイドたちの中からキャーとかキーッとか声が上がった。


 魔力供給とは魔力を供給することだ。だが、女性にとってはそれ以上の意味を持つ……らしい。キスとか同じような感じ、もしくはそれ以上である感じさえある。


 魔法少女からすると、魔女というのは憧れの存在。女子高でいうところのお姉さまに似ていて、魔力供給は姉妹の契りに近いとかなんとか聞いたことがある。


「そこで、あなたは正体を明かすことになってしまった。ミラさんは嗜虐趣味の持ち主でしたから、魔力で拘束され、逃げる間もなかった」


 キャーッという黄色い悲鳴が、メイドの何人かが上げる。ほかのメイドと比べるとどこか大人びたメイドたちである。魔女候補筆頭の彼女たちは、魔女との魔力供給を受けてもいるんだろうな。ほかの人たちとは違うぞ、みたいな自信に満ち満ちている。


「そうして、男であることがバレたあなたは、いい感じの壺を手に取り、被害者を殴打してしまった」


「しょ、証拠はあるんですか」


「あなたの体を確かめれば済むことです。男性である証拠と、魔力で拘束された痕が残っているはず」


 アカシが、サクラの白の二―ソックスに包まれた脚をビシッと指さした。


 それが、決め手となった。


 サクラはその場へと崩れ落ち、へたりこんだ。

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