男が魔女に喰われる世界で、流れの使い魔(着ぐるみ)としてなんとかやってきたのに、今回ばかりはヤバいかも
藤原くう
第1話
さて、と探偵を自称する魔女が言った。
「この中に一人、男がいます」
マコト・アカシの言葉に、洋館のホールへ集められた人々は驚きの言葉を漏らした。
フリフリのドレスを身にまとった、いかにも魔法少女って感じのヒカリ・サクラ。その背後に背後霊のように佇んでいるのは、被害者であり森の洋館の主でもあったミラ・ツクシ。彼女の付き人の可憐なメイドたち数名。
それから、この俺、スコット。
それが、この怪しげでバカみたいに広い洋館に居合わせた人々のすべてであり、ミラ・ツクシ殺害の容疑者だった。
「お、男?」最初に口を開いたのは、足のないミラに抱きつかれている格好のサクラ。
「それが事件に何の関係があるというの……」
「いい質問です、サクラくん」
「『くん』付けしないでくださいっ」
「失敬。サクラさん、実はですね、ダイニングメッセージが先ほど見つかりました」
「ダイニングメッセージ」
驚きのままにオウム返ししたメイドの一人を見て、アカシが神妙に頷く。「ええ。最初は気がつきませんでした。まさか、あんなところに隠されていたとは」
「ど、どこだったのですか」
言ったのは、メイドの一人。彼女たちは、ミラ・ツクシに仕えており、魔女になるべく日々研鑽を続ける、いわば魔法少女。弟子として師匠の仇を討ちたいらしく、その目はギラギラ輝いていた。ちっぽけ俺なんか取って食われそうだ。
「腹部の辺りに刻印が込められていました。魔力を込めなければわからないように」
「そこにはなんと?」
「犯人は男と書かれていました」
「捜査を攪乱させるために、犯人が行った工作なんじゃあ」
「わたしも同じことを考えましたが、誉れ高き魔女がそんなことをいたしますでしょうか」
サクラ以外の女性陣から否定の声が次々上がる。魔女あるいは、魔女を志す魔法少女たちは気高き心を持っていなければなれないとされている。実際のところはどうなのか、俺は知らないがそういうことになっている。
そうだそうだ、という声がいたるところで上がり、アカシは困ったように眉を下げた。
「んで、一体誰が犯人なんだ?」
俺が言うと、皆の視線が向いた。バケモノを見るような目で見てくるもんだから、俺は首をすくめる。
いやまあ、今の俺はバケモンなんだけどさ。
「っていうか、あなたはどちら様ですか?」
「俺はスコット。この館の主に雇われてたんだ」
「はあ」
「そこのメイドさんに聞いてみろ。嘘は言ってないさ」
納得してないという素振りを隠そうともしないアカシへ、俺は言った。ちなみに、契約書もあるから、メイドに噓の証言をされたとしてもなんとかなるはずだ。
幸いなことに、メイドは嘘をつくことなく、俺がミラ・ツクシに雇われたばかりであると証言してくれた。
「なんだかすごい格好してますけれど」
「ああ、俺は使い魔なんだよ」
「使い魔って、黒猫とか?」
「そそ。俺はフリーの使い魔で、依頼されたら金額次第だが、なんだってやるぜ」
アカシが目を丸くさせている。それはそうかもしれない。フリーの使い魔というのは、あんまりいない。使い魔っていうのは、普通、魔女が生み出すものだから。
「別に、自分で生み出せばいいのではないでしょうか?」
「無意識化で魔力をねん出し続けられるならそうだろうな」
「なっ!? わたしのことバカにしてます?」
「いや、そういうわけじゃない。だが、シングルタスクならまだしも、ほかの魔女との戦闘中や、寝てるときも維持し続けられるかな」
魔力は出し続けている間、世界にその姿を現す。たとえば、魔力で剣をつくったとすると、その剣は生み出したものが魔力を込め続けなければ、形を保てない。魔力でできた使い魔もそれと同じだ。
集中していなければ、魔法は使い続けられない。そのため、天下の魔女様といえど睡眠中は無力になる。――だからこそ、今回のような事件が生まれてしまったんだが……。
「ちなみに何ができるんです?」
「なんでもできるとは言わないが、たいていのことは」
「じゃ、こんどネコ探しのお手伝いでも」
「そのくらいなら、時給1000円でいいぜ」
「やっす」
「ちなみにだが、ここの家主みたいに、興味本位で呼ぶ人間もいるからイベントなんかのときにはぜひ俺を呼んでくれな」
「すっごい格好ですもんねえ」
俺の格好は、周りにいる人たちと比べるとかなり変わっている。まんまるとしたワニのようなフォルムに、目はデメキンのように飛び出し外れかけ。口は半分ほどタッカーで閉じられ、腹部から飛び出したピンクの綿は臓物のよう。右手は赤黒くなった包帯でぐるぐる巻きだし、背中には大きなチェーンソー。その名もモモワニちゃん。
「ゾンビ映画のマスコットって感じです」
「よく言われるよ」
「いやいやいや、何のんびり世間話してるんですかっ!? 人が死んでるんですよ!」
そう言うのはサクラである。まったくもってその通りだったが、彼女の背後では半透明のミラがげしげし蹴りを放っていて、ものすごくシュールだ。
「確かにな。悪かったよ」
「悪いですむなら警察はいりません。もしや、あなたが犯人なんじゃないですか」
「どうしてそう思うんだよ」
「だって、見るからに怪しいじゃないですか。ピンクのワニだし、なんだか声も低いです。それに、背中には立派な凶器を携えてる……怪しい以外の言葉がありませんよっ」
「なるほど……そういう考えはありませんでしたね」
「いや、最初に気にするとこでしょ!?」
そりゃあそうかもしれなかったが、俺の方へ矛先は向けないでほしかった。できるだけ目立たないようにしてたってのに……。
こうなったら仕方ない。積極的に発言するか。
「ちょいと紛らわしい格好になってしまったことは否めないが、その指摘は全くの的外れだぜ」
「え?」
「探偵が死体をペタペタ触ってた時に言ってたろ。死因は撲殺だってさ。チェーンソーで殴るか普通」
「逆さに持って、殴った可能性だって」
「そこまで言うなら傷痕に当ててもいいが……。すっごい苦しいぞ、その推理」
「く、くるしくなんか! というか、あなたが男なんじゃないんですか!? そんな訳のわからない格好して……着ぐるみなんでしょっ」
空気がシーンとした。あれっ、というサクラの声が天井の高いホールによく響く。
メイドの一人がおずおずと口を開く。
「スコット様はスコット様ではないのですか?」
「わたしも同意見だね。この方はワニ型の使い魔というだけだろう。それを着ぐるみというのは、いささか失礼だと思うな」
「はあ!? どう見たって怪しいでしょう!?」
「使い魔に性別はないんだぜ」
バクンバクンと心臓が跳ねる音を耳にしながら、俺は平静を装ってそう言った。
「そういう問題じゃありません!」
ふうふうと肩で息をしているサクラは、どこからどう見ても取り乱している。脇に立っていたメイドの一人が「落ち着いてください」となだめようとしたが、その手さえも乱暴に振りほどいて俺へと詰め寄ってこようとする。
掴みかかられたら面倒だ。もしかしたら、背中のモフモフの間に隠されたチャックを見つけられてしまうかもしれない。
そうなってしまったら、俺が着ぐるみを着た男であることが白日のもとへと晒されてしまうだろう。
そして、こいつらのエサになってしまうのだ。
それだけはなんとしてでも避けなければ。
いざとなったら背中のチェーンソーを手にできるように、腰を低くして構える。サクラはぎょっとしたように飛び上がったが、それでも俺へと近づいてくるのをやめなかった。
彼女の手が、俺を包み込むもふもふボディに触れる。
――その直前に口を開いたのは、アカシであった。
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