<2>
<2>
「……出てこなかったね」
障害も無く、あっけなく屋上への扉に辿り着けた。途中で奴の兵隊が邪魔をしてくるかとも思っていたが……。
「沖田さん、大丈夫かな?」
「信じるしかないな。あっちも僕らを信じてくれたんだから」
「うん、そうだよね。──よし、行こう?」
重たい扉を開けると、雨の降りしきる中、奴は赤い傘をさして、あの女の姿のまま僕たちの到着を待っていた。
「思いの外、早かったな」
「信用できる仲間ができたんでね」
「仲間……くだらないな。魔法使いは孤独なものだ」
「僕もそう思ってたよ。少し前まではな」
「孤独に耐えきれなくなったか?」
「いいや、俯いていた顔を上げただけだ。たったそれだけなのに、僕はそれを意味のないことだと勘違いしてた。だけど、そうじゃなかった。それに気づかせてくれた大切な人もいる」
赤い魔法使いが諭してくれた。
親友がずっと支えてくれていた。
そして、雪月晴月が灰色の世界に色を塗ってくれた。
「それよりも、いい加減その勘違いした真似事をやめたらどうだ?」
「勘違い……?」
「そうだ、あんたは勘違いをしている。その姿、その顔、その声で、それ以上馬鹿なことを喋らないでくれ。虫唾が走る」
「何をいうかと思えば。これは神の──」
「あの女は神様なんかじゃない。ましてや狂った殺人鬼でもない。いつどこで出会ったのかは知らないが、いい加減にその仮面を外せと言ってるんだ。浅黄先生……いや、浅黄華昏(あさぎかぐら)」
「メッセージで送ったけど、一応ね。浅黄華昏(あさぎかぐら)。天海(あまみ)大学四年生。二十二歳。私たちの通う水上高校のOB。人当たりが良く、授業の評判もいい、中性的な顔たちでスタイルもいいからか、校内ではかなりの人気者ね」
「うちの高校出身か。可能性としては考えていたけど。それで、五年前の奴は?」
「高校二年生の頃の浅黄先生ね。交友関係はかなり少なかったみたい。と、いうよりいつも独りでいるタイプだったみたいね」
「まるで僕みたいだな……」
「そうかしら? あなたはよく沢田くんと話してるじゃない」
「……ああ、そうだった。さっき思い知ったばかりだってのに、何を言ってるんだろうな」
「? まあ続けるわよ。当時の同級生が言うには、かなり気弱な臆病な性格で、イジメにもあってたみたい。同じクラスの不良たちからね。だけど、そのイジメはある事件をきっかけに終わることになる」
「五年前の、天罰事件だな」
「その通り。三件目となる事件の被害者は、浅黄先生をいじめていた不良たちだった。あなたが本当に知りたかった情報はこれね」
「三件目……あのビルの地下で起きた事件だ。それは間違いないな」
「報道されてる通りならね。その頃から、天罰事件の噂は学生たちの中でかなり流行し始めた。不良が標的にされてるって。それもあってか、その後の浅黄先生はいじめとは無縁に、だけど独りのままで卒業していった。ここまでが高校時代の話。それと……」
「なんだ? どんな小さなことでもいいんだが」
「まあ、そう言うなら。その三件目の事件が起きた頃にね、教室で一人でぶつぶつと呟いてるのを聞いた人がいるらしいの。なんでも『神様はいたんだ』って。繰り返し何度も」
「神様はいた、か。その時に出会ったのか、見かけたのか、だな」
「神様に? あなたそういうの信じるタイプ?」
「まさか。こっちの話だ。それで一応聞くけど大学に入ってからは?」
「県外の大学だから、実家を出て一人暮らし。大学生活は至って普通よ。普通に勉強して、普通にバイトして、普通に友達と遊んで。これといって変ったことはないわ」
「そうか。助かったよ。……それにしてもこの短時間で凄いな。まさかとは思うが、今起きてる天罰事件の犯人も調べられたり?」
「……頼まれればできる限りはするけど、それは警察の仕事でしょう? 私、別に警察志望でもないし、正義の味方でもないわ」
「……ふ、まあ普通はそうだよな。いや、本当に助かったよ」
「どういたしまして。貸と言うのもなんだけど……、今度生徒会の仕事手伝ってもらえる? 庶務がなかなか働いてくれなくてね」
「ああ、いいよ。また声をかけてくれ」
降り注ぐ雨粒が奴の体に集まり、その体は水のヴェールに包まれる。赤い傘は手離され、風に乗って飛んでいく。
「どうしてわかった?」
男の低い声で問いかけられる。
「何故この場所にこだわるのかと思ってな。ここが幽霊ビルと呼ばれる原因となった地下での事件について調べた。その時に殺された人たちにいじめられていたらしいな」
「なるほど。だがアイツらが人をゴミのように扱っていたのは私に対してだけではない」
「そうだな。本当に疑うキッカケとなったのはあの雨の夜のこと。僕たちとあんたが出会った時のことだ」
「あの時に? 私は真っ当な教員を演じていたはずだが」
「そう、あんたは真っ当な、生徒が憧れるような模範的な教育実習生だったみたいだな。そんなあんたが成美先生を置いて別行動を? 仮にも殺人鬼がいるかもしれない夜に女性を一人に?」
「真っ当という言葉を買い被りすぎだな」
「僕はあんたのようなタイプに疑い深くてな。どんな人間にも表の顔と裏の顔がある。あんたは理想的すぎた。あの沢田が男の教師に対して好印象で話すなんて今まであり得なかった。綺麗すぎたから、疑ってみたんだ」
「意地の悪い性格なんだな」
「人殺しに言われたくないな。お前はあの夜、成海先生と離れて行動した。僕たちに声をかけてた時にはすでに終えていたんだろう? 四件目の事件を」
「……その通りだ」
あんな凄惨なことをした直後によくも飄々と生徒を案じる演技をしてみせたものだ。寒気がする。雪月も同じようで、悪寒を抑えるように両腕で身体を抱き抱えている。
「あんたは五年前、天罰事件でいじめから解放された後、噂の赤い傘の女に出会った。……いや、出会ったのならこうはならなかったはずだ。事件現場の近くで見かけた……そんなところか」
「そうだ。俺は事件の翌日、現場のこのビルに向かった。野次馬がたむろすなか、その中に神はいた。誰かと話しているようだったが、僕の目には神しか映らなかった。腰元まである真っ赤な髪。燃えているような赤い瞳。凛とした美しい声。全てが僕の脳に刻まれた。そうして俺は神の裁きを見守っていた。四件目、五件目と事件は続く。死んで当然の人間が、なすすべなく殺されていく。痛快だったよ。だというのに……たった五件で神は姿を消してしまった。何故なのか、早く続きを始めてくれ。まだまだ死ぬべき人間がいるのに」
「非道い。殺人を待ち望むなんて」
「殺人ではない。裁きだ。天罰だよ。神が姿を消してしまったのなら、仕方ない。俺が代行することにした。そして教育実習生としてこの街に戻ってきた。表向きはな」
水のヴェールが徐々に消えていく。そうしてスーツ姿の男が現れた。
浅黄の顔は、今まで見たことのない、冷たい顔をしていた。
「代行としての裁きは順調だった。教師として生徒と接していると、若者たちの噂はいやでも耳に入ってくる。勉強もせず遊び呆ける馬鹿な不良学生ども。その成れの果てとなる半グレども。順調に裁きを進めていった。──だというのに、お前だ」
鋭い視線を雪月に向けてくる。
「俺がここにいるのは、神と再会するためだ。裁きを代行している者がこの神聖な場所で待っている。そういう神へのメッセージだった。なのにお前は、魔法使いでもないお前はノコノコと現れて、私を否定した。貴様は悪魔だ。神に背く、悪魔の女だ」
「黙れよ小悪党。悪魔はお前の方だ。神の裁き? 馬鹿馬鹿しい。そうやっていい訳をしている、ただの人殺しだ。しかも模倣だけでは飽き足らず、四件目、五件目と残虐性を増していった。ただの快楽殺人者だよお前は」
「フザケルナッ! そういうお前はなんなんだ? 東雲灰夜、お前は何者だ?」
五年前の、江崎に向けた衝動を思い出す。雨宮暁子が現れなければ放たれていたモノ。雪月は結果としてやっていない、そう言ってくれた。だが、あの衝動、あの殺意は偽物ではなかった。
もし雨宮暁子が現れなかったら?
間に合わなかったら?
それは誰にもわからない。
そう、どれだけ考えてもわからないんだ。
「僕は……もしかしたらお前に成っていた者だ。だけど、もしもの話に意味はない。今の僕は違う。──雲の隙間から見える淡い星空を見上げるような、そんな儚くも尊いものを守る。僕を信じてくれた、大切な人を守る。そのためにここにいる。それが僕、東雲灰夜だ」
僕は強く握った短剣を浅黄に向ける。
「浅黄……先生。あなたは多くの許されない罪を犯してきました。その罪の責任を、背負う覚悟はありますか?」
雪月が取り繕うことをやめた殺人鬼に問いかける。
「罪だと? 私を罪人扱いするのか? ──ガキが。俺は罪など犯していない!」
「先生の、あなたの魔法も使いようで人を助けることができます! 魔法は武器じゃない!」
「魔法は武力だよ。神の代行をするための、大切な武力だ。勘違いするなよガキ共が」
浅黄が腕をこちらに伸ばす。
「俺を改心させようって甘い考えは捨てるんだな。ここは私の城で聖域、そして処刑場だ。お前たちはここで私に殺される。そして私はこれからも裁きを続ける。神が再び現れる、その日まで」
「雪月、さっきも話したが、あいつはもう……」
「──うん、わかった。私も背負う覚悟を決めてきたから。一緒にこの事件を終わらせよう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます