第4章 雨天決行 <1>

 第4章 雨天決行


<1>


 冷たい雨が降っている。

 夜空を見上げても、今夜は星空は見えない。月明かりも無く、暗闇の中、頼りない申し訳程度の街灯。モノクロな世界。そんな人気のない道を歩いて決戦の場へと辿り着く。

 幽霊ビルと呼ばれる、棄てられ、放置された人の寄りつかない廃ビルを見上げる。

 その屋上で、こちらを見下ろす影がある。赤い傘をさした女の影。偽物だと断罪されたにも関わらず、律儀にあの姿のままだ。

「準備万端って様子だな。──行くぞ」

 沖田を先頭に、幽霊ビルの中へと足を踏み入れる。ふと、雪月が足を止めた。

「どうした?」

「えっとね、前にも不思議に思ってたんだけど……。なんていうんだろう? このビルに入る時、目に見えない凄く薄い膜みたいなのがある気がして……」

「ああ、それはここがあいつの城だからだな」

「城って前に教えてくれた、結界みたいなことだよね?」

「そうだ。人払いの役目もあるんだろう。魔法使い以外の人間に対してな」

「雪月さん、君が違和感だけで済んでるのは魔法に深く関わりすぎたからだな。君の中で、魔法という非常識が今までの常識へと徐々に侵食しているんだろう」

「そっか。……うん、言われてみるとそうなのかも」

 雪月は納得したようだが、僕はそのやりとりに違和感を覚える。

 それなら、何故? という疑問。

 今それを気にすることではないので胸の内にしまっておくこととする。


 一階のだだ広い空間の中央で、三人で並んで足を止める。

 物陰から、じゃぼん、と不可解な音がした。

「ふむ、二人が言っていた通り、アレが奴の兵隊か」

 僕らを待っていたように、ソイツらは姿を表す。雨水の集合体が二つ。あの日に対峙したのと同じだ。

 ソイツらが震えながらヒトガタに変わるのと同時に、沖田は携えていた細長いケースを開いて、その中身を取り出す。その無骨な散弾銃をヒトガタに変身を終えかけている一つに向ける。

 ダンっと大きな音と共に散弾が標的を弾き飛ばす。

 辺りに雨水を撒き散らしたソイツは、大きく残った塊に向けて散らばった雨水たちが再集合する。

「遠隔での自律操作だ。いくら奴の城の中とはいえ、それぞれに核となる部分があるはずだ。無敵の兵隊など創れない」

 ダンッと続けて標的に発砲。

 バシャバシャと辺りに雨水が撒き散る。その中で一度だけ、カツンと不可解な音が響く。明らかに液体ではなく、固形物が地面に落ちた音。

「アレだな。東雲くん!」

 音の正体に視線を向ける。それは小さな水晶のようで、おそらく雨水を凍らせた、核となるモノ。

 僕はあらかじめ握っていた短剣を投げつける。細かな軌道の修正、速度の上昇は魔法で補う。弾丸と変わらぬ速度で、短剣はソイツの核を打ち砕いた。

 投げつけた短剣を魔法で手元に引き戻す。残ったのは大きな水溜まり。復活の兆しはない。

 すでに沖田は二体目に照準を向けている。

 ダンッダンッと二度の発砲。核となるモノが地面に転がる。僕が再び短剣を投げつけるの同時に──

「──沖田さん! 右!」

 雪月が叫ぶ。

 いつの間にか三体目がそこにはいて、沖田に銃口であろうウデを突き出して震えている。

 沖田を目掛けて水の弾丸が射出される。

 身を翻して沖田は弾丸を既のところで躱す。

 標的に躱された弾丸は、コンクリートの柱に穴を開けていた。

「あれは私が──!」

 雪月は三体目のヒトガタへとあっという間に距離を詰め、鎌を振るうかのような鋭い蹴りを薙ぎ払う。

 バシャンと大きな音を立てて崩れる水の兵隊。その中でやはりカツンと核が地面に転がる音がする。

「これね──ハッ」

 躊躇なく雪月は拳でそれを叩き割る。……気のせいじゃなければ、核のあった地面すらも抉れてるような。

「ヨシ、これで──」


 じゃぽん、じゃぽんじゃぽん、じゃぽんじゃぽんじゃぽん、じゃぽんじゃぽんじゃぽん──


「チッ、まさか、これほどとはな」

 城内での騒ぎを聞きつけた兵隊どもが次から次へと姿を表す。その数は──八体だ。今のところは。

「これは時間がかかるな。奴が待ちくたびれなければいいが」

 軽口を叩きながら、沖田は散弾銃に弾を込めている。当然だが、その弾数には限りがある。それは雪月の体力も同じことだ。

「……後から追いかける。ここは私が引き受けよう」

「え、でも……」

「舐めてくれるなよ。私はあの雨宮暁子の弟子だ。この程度の修羅場ぐらい何度も潜り抜けてきている。むしろ心配なのは先行する君たちの方だ」

「──任せてください。これは僕たちが始めた戦いですから。追いついてくる前に終わらせますよ」

 僕は沖田をまっすぐ見据えて伝えた。沖田は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに口元を釣り喘げた。

「そうだな。君も暁子さんのお墨付きだ。信じよう」

 沖田は上へと続く階段の付近にいた兵隊に照準を構え、続け様に二体を吹き飛ばす。

「よし、行け!」

 僕と雪月は階段へと走り出す。後ろでは発砲音が響いているが、振り向きはしない。

「終わらせるぞ。このふざけた事件を」

「うん、もう誰の命も奪わせない」

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