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「楓のとこに顔出してくるね」
また連絡するね、と手を振る雪月と別れて教室に入ると、僕の席には沢田が座っていた。その前の席には見知らぬ男子が座っていて、沢田と談笑している。
一年の誰々が可愛いとか、部活のマネージャーがどうとか、担任の成海先生は性格がとか、くだらないどうもでもいい話で盛り上がっている。
席に近づく僕に沢田が気づくと、ひらひらと手を振りながら「おう、おかえりー」なんて言ってくる。いいからそこをどかないか。
「で、誰とランチしてたんだ?」
僕が答えずにしっしっと振り払う仕草をすると、沢田は何か思いついたように目を見開く。
「……おいおい、まさか、女子か? 女か? レイデエなのか?」
「関係ない。いいから席を空けろ」
「そうか、そういうことなんだな。そうかそうか」
「そうでもこうでもいいから、邪魔なんだけど」
「くーっ! なんてこったい! よかったなあ灰夜! ようやく青春への第一歩か!」
困ったことに会話ができない。
「で、俺とのランチよりも優先した女子は誰なんだ? 教えろ、教えなさい、同級生か? 一年生か? まさか、先輩か? 年上か? お姉さんなのか? お前も年上の良さがわかったのか?」
一人で盛り上がっている沢田は、「キクマデウゴキマセンロボットデス」とか言いながら固まりやがった。
「あー、じゃあ自分は退散するわ。沢田、最近物騒なんだから夜遊びも程々にしとけよー」
沢田と話していた男子がそう言って席を立つと、沢田は「ホドホドニシマス」とふざけた声色で答えた。
僕は深くため息をついてから、沢田に聞いてみる。
「なあ、沢田。知ってたら教えてほしいんだけど」
「ナンデショウカ」
「そのふざけた喋り方をやめろ。……お前みたいによく夜遊びをする男子って他にいるか?」
「ナンだ突然? そんなんいっぱいいるだろ?」
「それはそうだけど……。例えば、お前が夜遊びする時は一人なのか?」
「まあ、そういう時もあるし、そうでない時もある。メンバーはバラバラだな。ほら、俺友達多いし」
沢田に友達が多いのは事実だが、そう面と向かって言われるとイラつくなあ。まあ、とにかくこいつは当てにならない。目撃者の方は雪月に任せよう。
「で、やっぱ相手は教えてくれないの?」
「……そこからどいたら教えてやる」
沢田の動きは素早く、それこそロボットのような人間離れした動きで僕の席から飛び退いた。
「そんなに気になるのか?」
「そりゃあもちのロンだ。大丈夫だって。他の奴らに言ったりしないから」
とりあえずはその言葉を信用して、話すことにした。
「相手は雪月だよ。別にお前が想像してるような面白い話じゃない。お互いに用があって、用件を済ませるために時間をとった。それだけだ」
「雪月って、あの雪月?」
「その雪月だよ。ヒーロー何ちゃらとか呼ばれてる。……なんだ、その不思議そうな顔は」
てっきり騒ぎ立てると思っていたのだが、沢田の反応は僕の予想とは違った。まるで教師から難問の回答を求められて、答えを導き出せずに立ち尽くしている、そんな感じ。
「いやあ、珍しいモノだなあと思って。雪月はさ、そりゃまあ可愛いし、スタイルもいいし、優しいし、ヒーローだしな。一年の時からモテるんだよ。その優しさに勘違い者続出さ。でも、雪月はそういう色恋沙汰に興味ないみたいで、告白した男子は全員撃沈。そんな雪月が男子と二人きりでランチって一大事件だぜ。これは黙ってたほうがいいぞ。撃沈した野郎どもが嫉妬で浮上してきて刺しに来るかもしれん」
どうやら雪月は男子からモテるらしい。ヒーローと呼ばれて、異性から好意を寄せられる。まるで本の中の主人公みたいだ。僕のような脇役とは住む世界が違う。
「沢田も雪月のことを?」
「いやあ、それはないね。俺は年上好きだって昔から言ってるだろ? お姉さんがいいの。できれば大学生とか、新社会人とかそのへんね。家事が得意で、包容力があって、でも時々甘えてきたりもして──」
沢田の性癖については聞き流した。
詳しくは知らないが、沢田も異性からモテるほうだ。俺なんかに構うより、彼女でも作ったらどうだ、なんていつだったか言ったことがあった。「出会いがねえの出会いが。同じ学校の女子をそういうふうに見れん」なんて返されたのを思い出す。
「雪月は灰夜みたいなのがタイプなのかあ。まあ、灰夜は前髪で隠してるけど、顔は充分いいからな。その性格をもうちょいなんとかすればなあ。いや、そういうのが好かれるのか?」
「だから、そういうのじゃないって。用件をお互い済ませただけ」
「わかったよ、わかった。揶揄うのはこれぐらいにしとくよ」
そう言って僕から離れたかと思うと、すぐに引き返してきて真剣な顔で沢田は言った。
「用件を済ませただけ、て逆にエロいぞ」
とりあえず手元にあった筆箱を顔面に投げつけてやった。
ホームルームでは、担任が今朝の事件について語っていた。どうやら今日から暫くの間、部活動は無しとなったらしい。僕には関係のないことだが、一部からは不満の声が上がっていた。
「はいはい、静かに静かにー。みんな寄り道せずに帰りなさいね。街で見かけたら引っ叩くわよー」
「成海先生! 先生も寄り道せずに帰ってくださいね! じゃないと私達が遊んでるのバレちゃうから」
「大人には大人の時間があんの! ふざけたこと言ってんじゃないの。あー、特に沢田!」
頬杖をついていた沢田の体がびくんと跳ねるのが見えた。
「え、俺?」
「そう、あなたよ。夜遊び常習犯。殺人鬼が街にいるかもしれないんだから、遊んでる場合じゃないわよ。家で勉強してなさい。東雲くん、しっかり家に帰るとこまで見張ってるのよ」
「……え」
唐突に話を振られて驚く。何故そこで僕に?
「はい、じゃあ今日はここまで。街で見かけた子は一ヶ月間、特掃ね」
クラスから避難の声が轟々と嵐のように上がる。特掃、これは特別清掃の略だ。まあ、いわゆる罰に使われるモノである。
「ありゃあ、本気だな。暫くは控えるか、夜遊び」
終業のチャイムが鳴ってから、ぼやきながら、鞄を抱えて沢田が僕のとこまで寄ってきた。
「帰ろうぜー。灰夜、今日うちに寄ってかねえ? 最近、親がピリピリしてて家にいんの嫌なんだよな。灰夜がくれば部屋でも退屈しないしさ」
沢田にはこれまでも何度か家に誘われてるが、毎度断ってきた。沢田は僕が唯一会話をするクラスメイトだ。だが、僕には友人はいない。沢田を含めてもだ。だから、一緒に遊ぶ、なんてことをする必要はない。そう、必要ないから意味がない。意味がないんだから、する必要はない。
人知れず修練を重ねる魔法には、意味があるのだろうか。魔法に目を輝かせていたあの頃は、そんなこと考えもしなかった。魔法使いである意味、理由。僕の存在意義。後世に残すため、そのためだけに魔法使いとして生きる。「生命の目的は知識を伝えること」そう父は言っていた。本当にそれだけなのだろうか? その為だけに生き続ける僕は、果たして何者かになれるのだろうか。
「なあ、灰夜! 聞いてるか?」
沢田の声で我に帰る。
「大丈夫か? 灰夜も特掃は怖い?」
「……僕はお前みたいに夜遊びをしない」
鞄を手に取り、教室を出る。遅れて沢田もついて来た。特別、約束をしたりはしないが、沢田とは共に下校することがある。というか沢田がついてくる、が正しい。
「それで、どうだ? 家くる?」
「いや、行かないよ。帰って読書して寝る」
「そっか、じゃあ朝話してた遊びに行く話。これは前向きに考えてくれよな」
今は六月半ば。まもなく期末試験だ。それが終わったら遊びに行くという話だったな。断って駄々をこねられても面倒くさい。僕は適当に相槌を打ちながら、適当にその話題を切り上げた。
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