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昨日に引き続き、昼休みになると沢田が声をかけてきたが、先約がある、と伝えた。沢田は驚愕の表情で携帯を地面に落としながら、「俺の灰夜を奪ったのはどちらさまですか?」とかオロオロしだしたので、無視して教室を出た。別に相手を隠すこともないが、教えたらそれはそれで面倒くさそうだったので黙っているのが平和だろう。
学食で適当な惣菜パンを買ってから屋上へと向かう。屋上はいつも開放されていて、こんな天気の日には昼食場所として人気らしいのだが、僕以外に屋上へと向かう生徒は誰もいなかった。まるで人払いされているようで、不思議に思いながら屋上に出る扉までつくと、手書きの貼り紙が目についた。丁寧な文字で、『柵を修理中のため、立ち入り禁止』と書いてある。
なるほど、と納得して扉を開けると、柵にもたれて雪月が待っていた。
「東雲くん! よかった、来てくれて」
「貼り紙は雪月が?」
「うん、他の人がいると話しづらいと思って。嘘書いちゃった」
大胆な嘘をつくヒーローだな、と思いながら近くに腰を下ろす。
雪月は、僕が傍に置いた惣菜パンに視線を向ける。
「東雲くん、いつも学食だよね」
「ああ、荷物が増えなくて楽だから。その弁当は自分で作ったのか?」
雪月の傍にはピンクの布に包まれた小さな弁当箱があった。
「うん、料理得意なんだ。楽しいし」
そう言って雪月は照れたように笑った。
「で、人に聞かれたくない話だろ。昨日のことだよな?」
「うん……。東雲くんは今朝のニュースみた? また事件が起きたって」
「ああ。渕高の奴らがやられたって沢田が言ってたな」
「許せないよね。やっぱり、なんとかしないと」
そう言って雪月は拳をギュッと握っている。大した正義感だな、と思う。将来は警察官だろうか。
「私ね、昨日殺されそうになった時、犯人の顔を見たの。とても綺麗な人だった。赤い長髪で、瞳も赤くて、声も凛としたよく通る綺麗な声で」
その特徴は、完全に僕の知る女と合致した。
「またクラスでも騒ぎになってて。『やっぱり神様の天罰だ!』なんて。神様の仕業なんかじゃない。人が人を殺してるのに。──って、でも魔法使いがいるんだもんね。もしかして神様もいるのかな?」
「少なくとも僕は会ったことはないな。魔法使いの昔話には出てくるけど」
「え、それ聞きたいな! 魔法使いの昔話」
目を輝かせて、ずいと体を寄せてくる。
「別に面白い話でもないし、詳しくは知らない。ただ、魔法使いは太陽の神の怒りに触れたから、雨の日にしか魔法を使えないらしい。全く、迷惑な神様とご先祖様だ」
太陽の神様かあ、と呟きながら、雪月は空を見上げながら続ける。
「私ね、晴れてる日って好きなんだ。青空は綺麗だし、ぽかぽかって心も暖まって。よし、頑張ろう! って気になるから」
晴れてる日が好き、か。僕は嫌いだ。魔法も使えないし、陽の光が心に差し込んできて苦しくなる。広々とした青空とは違い、僕を窮屈にさせる。僕は雪月とは違う。正反対だ。
「でもね、雨の日だって好きなんだ」
「……雨の日も?」
「靴が濡れたり、洋服が汚れちゃったりするのは嫌だけど、雨音って心が安らぐから。冷たい空気も気持ちいいし。少し頑張りすぎるのもよくないかなって。休憩も大事だよねって教えてくれる。それにね──」
雪月は空を見上げるのをやめて、僕に顔を向けた。
「大変なことがあって、迷惑もかけちゃったけど。こうして東雲くんと話せるようになったしね」
その屈託のない笑顔に僕は既視感を覚える。僕はどこかでこの笑顔を見たことがある気がする。だけど、沢田から雪月は高校入学時に市外から引っ越してきたと聞いている。高校に入ってから、雪月と接してきたことも……ないはずだ。そもそも僕が学校で会話するのは沢田ぐらいだ。ならば、いったいどこで──
「あっ、それとね。昨日の目撃者の話なんだけど」
雪月の言葉で我に帰る。それは重要な話だ。なんといったって僕の命がかかっている。
「一瞬だったから顔はわからなかったけど、うちの制服を着た男子だったのは間違いなかった。でも手当たり次第に聞いて回るのもって思って。私が知ってる人にはもちろん聞いて回るけど、それだと限界があるから。それでね、私の友達に泉(いずみ)って子がいるんだけど。──えっとね、今の生徒会長に選ばれた長い黒髪が綺麗な子でね」
泉という名前は知らないが、生徒会長の女子生徒なら全校集会の時に見た覚えがある。目付きが鋭く、長い黒髪を靡かせて毅然とした態度が印象に残っている。
「その子は学年関係なく、色んな人のこと詳しいから。もちろん、魔法のことは伏せてお願いしてみた。昨日の夜にあの幽霊ビルに行った人がいないか、探せないかって」
なるほど、僕ではせいぜい沢田に聞くぐらいだ。交友関係もなく、人付き合いのできない僕が手当たり次第聞いて回っても成果は出ないだろう。それこそ噂をされて、注目されてしまう。それは単純に嫌だし、魔法使いとして人に注目されるのはリスクがある。
「わかった。ただ、もしそいつが見つかる前に僕の話が流れてたら──」
「大丈夫! もしそうなったら全力でその話をかき消すよ。──どんな手を使ってもね」
そう言って雪月は少し悪い顔をのぞかせた。こういう顔もできるんだなあ、なんて少し感心する。
似合わない悪い顔はすぐに仕舞われ、真剣な顔つきで改めて視線を向けられる。
「それとね、東雲くん。私考えたんだけど、私達が追ってる人は魔法使いで、東雲くんも魔法使い。でも私は違う。だから、私に魔法を教えてくれたりってできるのかな?」
「それは無理だな」
雪月の言葉に即答する。
「魔法を教えるっていうのは、自分が死んだ後にも魔法を後世に残すためだけの行為だ。『いつかその時が来るまで』って聞かされてる。だから無闇に人に教えるものじゃない。それにだ、もし仮に教えたとしても、モノになるまで数年はかかる」
「数年も……。じゃあ東雲くんはずっと前から?」
「ああ、八歳の時からだから、もう八年になる。それでもまだまだ半人前だ」
「そんな前から……ん? 八年前……」
何故そこを気にするかはわからないが、雪月は何か思うところがあるようだ。
「まあ、そういうことでその提案は却下だな」
「それなら……それならせめて、私に魔法のこと、魔法使いのことをもっと教えてほしい。それもダメかな?」
「……」
雪月は魔法使いである僕のことを知っている。もはや魔法と無関係ではない。すでに昨晩、少し話しているのもあるし、ある程度なら良いだろう。魔法の知識が多少なりともあれば、昨日のように足を引っ張ることも少なくなるだろうし。
僕はその提案を承諾することにした。雪月はぱっと笑顔になると、思い出したように携帯電話を取り出した。
「東雲くん、電話番号交換しよ。犯人を捕まえるための作戦会議もしなきゃだけど、ご飯食べる時間なくなっちゃうし」
断る理由もないので、雪月と連絡先を交換した。新たに電話帳に加わる雪月の文字を見る。連絡先を誰かと交換するなんて、中学の頃に無理やり沢田にされて以来だった。
「さて、それじゃあご飯にしましょう!」
そう言って弁当の包みを開けながら、改めて僕の惣菜パンに視線を向けてくる。
「東雲くん、それだけで足りるの? よかったら私のおかず少しあげようか?」
少食だから問題ない、と断りながらパンの袋を開ける。
「お弁当作ってきても……」なんて小さくか細い声が聞こえた気がしたので、雪月の顔を覗いてみる。「なななんでもないっ」と言いながら、雪月は顔を赤らめてぶんぶんと勢いよく首を横に振っている。なんでもないというならそうなのだろう。僕は気にせず冷めたパンを口に運んだ。
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