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 昨日とは対照的に、窓から差し込む朝日で目が覚めた。枕元の目覚まし時計を見るが、それが仕事をする前に目が覚めたらしい。

 体を起こした時に、右腕にずきんと痛みが走る。包帯の巻かれた腕に触れながら、昨夜のことを思い出す。寝起きのせいか、日差しのせいか、または昨夜の記憶のせいか頭が痛い。全く、困ったことになったものだ。

 身支度を整えてリビングに降り、テレビをつける。予想通り、朝のニュースでは『速報』というテロップと共に、新たな事件について報道されていた。

「本日未明、雨神市宮城町の路地裏にて三人の遺体が見つかりました。遺体はいずれも損傷が激しく、遺体の身元は現在確認中とのことです。警察は先月から同市で続いている殺人事件との関連性を──」

 なるほど、確かに噂通りらしい。殺人の起きた深夜に例の幽霊ビルの屋上に現れるという赤い傘の女。昨晩、僕と雪月はあの幽霊ビルで女を見た。あの時はすでに、犯行は行われていた後というわけだ。

 本来であれば、もう一つの事件についても報道されていたのだろう。廃ビルから転落死した女子学生について、だ。そちらは僕が魔法を使って回避したわけだが。

 昨晩、雪月の家を出た後の帰り道で、何故僕は雪月を助けたのだろうかと改めて考えていた。

 僕はヒーローじゃない。世の中に、他人に興味のない人間だ。なのに何故身を挺してまで僕は──

 制服の袖に隠れている右腕をさする。一夜明けても、この疑問に答えは出なかった。

 ニュースが別の話題に切り替わるのを機に、いつもより早い時間ではあるが、僕は学校へ向かうことにした。


「はよー、灰夜! 今日は早いじゃん。やっぱりしたかった? 俺との素敵な会話」

「別にお前のために早く来たわけじゃない。たまたまだよ」

「相変わらず冷たいなあ灰夜は。外はこんなにも晴れていてあったけーのに。てかアチぃ。溶ける。お前よく長袖なんか着てられんな」

 校門を抜けたところで沢田に絡まれた。

 僕の通う水上高校は衣替えの時期を指定していないので、沢田は夏服を着ている。僕も暑いのは苦手だし、それ以前に雨以外の天気が憂鬱になる。まるで日差しを嫌う吸血鬼のようだと自分でも思う。そんな暑い、晴天のダブルパンチを受けているわけだが、腕の包帯が目立つのが嫌だったので、仕方なく長袖のシャツを着用していた。うん、汗が止まらないし、頭が痛い。梅雨の時期とはいえ、四季で振り分ければ今は夏だ。僕の最も苦手とする季節である。

「そういえば見たか、今朝のニュース。なんでもやられたのは渕高(ふちこう)の生徒らしいぜ」

 渕高というのは、僕が通う水上高校と同じくこの街にある、溝淵(みぞぶち)高校のことだ。うちの高校とは違って結構荒れてるらしいというのを沢田から聞いたことがあった気がする。

「またもや死体は穴だらけだったとさ。死んだのは俺らと同じ二年生で、前からヤンチャばっかしてた奴ららしい。やっぱり不良が狙われるんだな。俺らも罰が当たらないように清く生きていこうぜ」

 肩を組もうとしてきたので、その腕を振り払いながら尋ねる。

「今朝のニュースは見たけど、そこまでは詳しく言ってなかった。なんでそこまで知ってるんだ?」

「渕高にも何人かダチがいてな。さらに今回の第一発見者はバイト先の先輩なんだよ。ニュースで見た場所が近かったから、電話して聞いたんだ」

 沢田がいうには、今回の事件現場は沢田のバイト先であるコンビニから近いところらしい。深夜勤務をしていた第一発見者となる哀れな男が沢田の言うセンパイだ。その男は、普段から休憩時間に近くの路地裏でタバコを吸っていたらしい。ちなみに十九歳。どうでもいいことだが。そいつはいつも通りタバコを吸いに路地裏へ向かうと、路地裏のさらに奥から異臭がしたという。そこは以前から不良達の溜まり場だったらしく、何か変なことでもやっているんじゃないかと気になって男は足を向けた。近づくにつれ異臭はどんどん強くなり、それが血の匂いではないかと勘づいた頃、ソレラを見つけたのだそうだ。無造作に転がる人間だったものたち。三体のうち、一体だけが顔に傷がなかったらしい。そいつは男の見知った顔で、渕高に通う元後輩だとわかったということだ。

「まあ、雨が降ってる夜には出歩かないことだな。俺も最近は雨が降ってない日に夜遊びしてるよ。ただでさえ雨ばっかの街なのに、貴重な夜の時間を奪われるのは困っちゃうよな」

 先ほどの清く生きるって言葉はなんだったのだろうか、と疑問に思うが、まあ、夜遊び程度ならどうってことないか。

「……灰夜さあ、やっぱりこの連続殺人事件に興味あるよな。昨日のことといい、反応が珍しい」

「別に、物珍しい事件が自分の住んでる街で起こってるんだから、少しぐらい気になるだろう」

「それもそうか。ってこんな暗い話よりさ、明るい話をしようぜ」

「暗い話を始めたのはそっちだろ」

「それもそうでそれもそうなんだけど、それもそうなんだなあこれが。灰夜くん、天才です!」

 パチパチと拍手し始める壊れた沢田。日差しに頭をやられたのだろうか。

「今度さ、期末試験が終わったらパーっと遊びに行かね?」

「別に僕とじゃなくても、他に行くやつがいっぱいいるだろ」

「ちぎゃーうの! 俺は灰夜と遊びに行きたいの! 前に話してくれたけどさ、灰夜は晴れの日も雨の日もいつも家にこもって本読んでるだけっていうじゃん。駄目だよそれは。高校生らしく、遊びに行かねば!」

 イカネバー、イカネバー、と謎の呪文を唱えながら僕の右腕を小突いてくる。瞬間、右腕に痛みが走ったので反射的に腕を庇ってしまう。

「っと、悪い。そんなに痛かったか?」

「別に……。昨日ちょっと怪我しただけだ」

 それは知らなくてごめんなー、おーよしよし、と気持ち悪く擦り寄ってくる沢田を避けながら下駄箱まで到着し、靴を履き替えていると後ろから声をかけられた。

「おはよう東雲くん! 沢田くんも!」

「……雪月か」

 振り返ると雪月と秋瀬が立っていた。

「おー、はよー雪月。秋瀬も……ってなんで秋瀬はむすっとしてんだ」

「別に、沢田には関係ないでしょ」

「楓ね、朝からお兄ちゃんと喧嘩したんだって」

「晴月! こいつの前では──」

「ほうほう、お兄ちゃんとねえ」

 沢田はニマニマと気色悪い笑みを浮かべ始めた。

「秋瀬はなー、昔っからお兄ちゃんラブだったもんなあ。ギャルになっても、それは変わらずかあ」

「おい、せっかく来たとこだけど、一限目から保健室で過ごしたいんか、サワダァ!」

「鬼みたいな顔してんぞ。化粧も台無しだな」

 そう言って逃げる沢田と鬼の形相で追いかける秋瀬。後には僕と雪月が残された。

「あの二人、幼馴染なんだってね。小学校、中学校ときて、高校も一緒で。昔から仲良いみたい」

「へー、そうなのか」

 仲が良いかはともかくとして、沢田と秋瀬が幼馴染なのを初めて知った。というか、沢田とは中学で知り合ったから、秋瀬も同じ中学校だったのか。これも初めて気づいたことだ。

「……東雲くん、怪我は大丈夫?」

 おずおずと小さな声で聞いてくるので、問題ないと答える。沢田に小突かれた時は痛みを感じたが、普通にしていれば言葉通り問題ない。

「そっか、よかった」

 安堵したようにほっと息を吐いてから、雪月が顔を寄せてくる。

「今日の昼休み、屋上で待ってるね」

 小さくそう呟くと、「また後でね!」と手を振りながら小走りで去っていった。

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