第3章 送り梅雨へ月に寄りそって <1>
第3章 送り梅雨へ月に寄りそって
<1>
私は昔から、お兄ちゃん子だった。
家ではお兄ちゃんに縋るように纏わりつき、お兄ちゃんが近所のコンビニに出かける時も面倒くさそうな静止を振り切って無理やりついていった。お兄ちゃんはあからさまに迷惑そうな態度をとることもあったが、それでも私を邪険には扱わなかった。
私はお兄ちゃんが大好きで、とても大切な存在だと思っていたし、お兄ちゃんも私を大切にしてくれた。
私が学校のテストで良い点をとった時、友達と遊んだ話をした時、お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。それがとっても嬉しかった。
そんなお兄ちゃんの誰もが通る親への反抗期、それは随分と長く続いた。毎日のように遅くまで帰ってこないし、家族団欒で食卓を囲むことも極端に減っていた。その頃からの両親の口癖はこうだ。
「兄のようになるな」
お兄ちゃんのことを悪く言われた時は、私も親に向かって反抗した。どうしてそんなことを言うの? 私はこんなにもお兄ちゃんが大好きなのに。
どんなにお兄ちゃんの帰りが遅くても、私は寝ずに帰りを待っていた。玄関で私が出迎えると、「まったく……」と呆れながらも必ず頭を撫でてくれた。それが嬉しくて、私の生活リズムは狂ってしまい、一時期よく寝坊するようになってしまった。そんな私を親は叱ってきたし、お兄ちゃんにも優しく叱られた。そうして、お兄ちゃんも同じようなことを言うのだ。「俺みたいになるな」って。
私はお兄ちゃんのようになりたいわけじゃない。ただ、お兄ちゃんのそばにいたかった。お兄ちゃんに頭を撫でて欲しかった。それは高校生になった今でも変わらず、流石に自分でもどうかと思うブラコンぶりだが、仕方のないことだ。私の自慢のお兄ちゃん、それは世界に一人しかいないのだから。
街でまた天罰事件とかいう物騒な事件が起き始めた時、私は何よりもお兄ちゃんのことが心配だった。お兄ちゃんが悪い人たちと付き合いがあることは前から知っていた。だから、夜は出かけないでって口論をしたこともある。
「大丈夫だよ、そこまで悪いことはしてないんだから」そう言って、私の静止を振り切って外に出てしまうお兄ちゃん。
そう、それはこの日も同じだった。
「また出かけるの? こんな遅い時間に。お父さんカンカンだよ」
「大丈夫だよ。帰り遅くなるから、昔みたいに起きて待ってるなよ? 夜更かしは女の大敵だ」
「……ねえ、お兄ちゃんはもしかしてなんか変なグループに入ってたりする?」
「……突然なんだ?」
「学校で聞いたの。ハイライトってグループが殺人鬼狩りを始めるって。もしかしてお兄ちゃん、そのグループに入ってないよね? 危ないことをしに行くわけじゃないよね?」
「……俺はそのグループの正式な一員じゃないよ。ちょっとお手伝いをしに行くだけだ」
「やっぱり危ないことじゃん! ねえ、やめようよ。お兄ちゃんにもしもの事があったら、私……」
「……大丈夫だよ。こんな可愛い妹が家で待ってくれてるんだ。また明日な」
そう言って、お兄ちゃんは久しぶりに頭を撫でてくれた。狡い。そのせいで気が緩んでしまった。何が何でも、止めなければいけなかったのに。
翌朝、まだ開き切らない目をこすりながらリビングに入ると、母が青ざめた顔で受話器を握って誰かと話をしていた。はい、はい、そうですか、と抑揚のない声で話し続ける母。朝食のトーストも齧りかけのまま、コーヒーも飲みかけのままで、急いで身支度をして玄関に向かう父。
「お父さん、どうしたの?」
靴を履きかけていた父は動きを止め、見たことのないような恐ろしい顔で振り返った。
「今日は学校休みなさい。母さんの電話が終わったら、一緒に行くぞ」
「一緒に……って私も? どこに?」
「……病院だ」
「病院ってなんで……。──あ、お兄ちゃん! お兄ちゃんも一緒に行くんだよね?」
「……違う、あいつに会いに行くんだ。……いいか、落ち着いて聞きなさい」
嫌だ。聞きたくなかった。耳を塞ぎたかった。自分の部屋に走って戻りたかった。逃げたかった。だけど、そんなことは許されなかった。
リビングから、お母さんの啜り泣く声が聞こえる。
そんなはずはない。そんなことは起こり得ない。
だって昨日、約束した。また明日って。そう言って頭を撫でてくれて──
「──は死んだんだ。誰かに殺されたらしい」
私はその場で、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
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