非攻略対象悪役貴族最推し乙女ゲーマーの転生~破滅まっしぐらな推しのためなら、ゲーム破壊もいといません!~
アズー
第1話 乙女ゲーに転生? いや、気付くの遅いって!
みなさま、全日本の乙女ゲーマーを熱狂させ、あろうことか販売本数一〇〇万本達成した女性向け恋愛シミュレーション『ホーリー・ナイツ』――通称『ホリナイ』をご存じだろうか。
ファンタジー世界を舞台に、プレイヤーは神に選ばれし救世の聖女となって、彼女を護る五人の聖騎士たちと絆を深めていき、来る魔王復活の時を阻止する――という内容のゲームだ。
女性向け恋愛シミュレーションという、圧倒的に市場の狭いジャンルで一〇〇万本を売り抜けた理由と言えば、単純に、作り込みが凄かったことが挙げられるだろう。
イベント、ルート分岐、スチル、テキストはもちろん、ハッピーエンドにビターエンド、メリーバッドエンドに、各攻略対象のエンディングの数も多種多様。
様々な乙女ゲーマーたちの需要を満たす神ゲーだ。
聖女のパラメーターの育成具合によっては、三角関係、四角関係、五角、六角と、聖騎士たちが自分を巡って争い合う様を楽しむ事も出来たし、彼ら全員に愛される最高難易度エンディング――通称逆ハーレムエンディングを迎えることも出来た。
さて、この恋愛シミュレーションゲームの世界に転生したオタク女が一人いる。
誰よりも『ホーリー・ナイツ』を愛し、誰よりもやりこみ、高難易度の逆ハーレムエンドを何度となくクリアした猛者。
その名は田中杏奈。
この世界における救世の聖女〝アンナ〟に転生した彼女は、転生の事実に気付いた時こう叫んだ。
「――いや、気付くのおせえよ! もう逆ハーレムエンド目の前じゃねえかっ!」
と。
「あ、アンナ? 大丈夫かい? 急に叫んで……」
金髪碧眼の青年、聖騎士のリーダー格であるオリビエ王子が不安そうにのぞき込んで来る。
眉目秀麗、甘いマスクのメインヒーローは、女の子たちを狂わせるだけの甘い表情でじっとアンナを見下ろしていた。
「明日の決戦が不安なんだろ。大丈夫さ、聖女様。君の騎士リュカが、護ってみせる!」
燃え盛る炎のような赤髪の騎士、リュカが力強く拳を握り、白い歯を見せて笑う。
「……、公爵の手下たちは、某にお任せを。暗殺者の勤め、必ずや果たしましょうぞ」
他の聖騎士たちと異なり、黒ずくめの装備に身を包む紫髪がマエル。
王国を裏から支えてきた暗殺者だ。
「ボクもいるよ! アンナお姉ちゃんのためなら、さいきょー魔法でどかんと一発でやっつけてあげる!」
さらに青髪の少年が明るい声で言った。
王国一の魔法の才能を持つ宮廷魔導士レオだ。
「戦いの唄で、皆様を補佐するのは私が」
ハープをしゃらりと鳴らす、緑髪の吟遊詩人ジュール。
彼ら五人こそが、この乙女ゲーム『ホーリー・ナイツ』の攻略対象たちだった。
(白の王子オリビエに、赤の騎士リュカ、紫の暗殺者マエル、青の宮廷魔導士レオに、緑の吟遊詩人ジュール、……皆がこの決戦前夜の作戦会議の場に揃っているということは……)
アンナは喉を鳴らした。
心臓が早鐘を打っている。
(これは間違いなく逆ハーレムエンドルート! それもその直前!)
何回も逆ハーレムエンドを迎えていたアンナにはすぐに分かった。
全『ホリナイ』プレイヤーが渇望した逆ハーレムエンドが、今、目の前に迫っていることに。
ただの『ホリナイ』ファンであれば、この状況を喜んだことだろう。
見た目麗しい聖騎士たちに囲まれ、末永く愛される聖女として、王国に君臨するのだから。
しかしアンナはそうではなかった。
頭を抱え、テーブルに突っ伏しながら、自分の髪を激しくかき乱し、心の中で吠えていた。
「あ、アンナ? ……そうだよね。怖いよね。明日は決戦の日なんだ。今日はもう早く寝よう。皆もそろそろ、自分の持ち場に」
次期国王でもある、オリビエ王子の言葉を受けて、他四人の聖騎士たちが次々とこの場を離れていく。
「さあ、アンナ。ゆっくり休むんだよ」
そう言い残して、オリビエ王子が部屋を去れば、残されるのはアンナだけ。
「何で、気付くのがこんなに遅いの!? 私が良く読んでたWEB小説じゃ、結構手前で気付かなかった?! 自分の望むルートに改変していって……」
アンナは乙女ゲーム愛好家ではあったが、流行のWEB小説も好んで読んでいた。
愛するゲームの世界、小説の世界、漫画の世界にトリップし、破滅エンディングを回避しては、推しと幸せになる物語。
何度とその美しき妄想の世界に浸ったことだろう。
自分も『ホリナイ』の世界に転生、あるいは転移出来たなら、と夢想した日は少なくない。
しかし、今、アンナは絶望の淵に立たされていた。
「これじゃ、私の愛しのシャルル様はっ……!」
そう、アンナの――田中杏奈の最推しは、この五人の聖騎士ではなかった。
もちろん、彼らのことは好きだ。何度も何度も彼らの個別ルートをクリアしたし、多角形エンドも狂ったようにクリアしたのだ。
嫌いなはずはない。
沢山のスチルにボイス、テキスト、彼らのために命を削ってまでアンナは『ホーリー・ナイツ』の世界に浸かっていた。
それぐらいに彼らのこと〝も〟好きだった。
だが、何より、杏奈の心から愛していたのは、心から推していたのは、この乙女ゲームのラスボス。
悪役貴族にして、魔王復活を望み、王国の破滅を願うシャルル・ジャドール公爵なのだった。
――シャルル・ジャドール公爵。
月の銀髪に、血の様な赤い瞳を持つ悪役公爵は、現国王の従兄弟に当たる王族貴族。
美青年、美少年といわゆるイケメンばかりの聖騎士たちより一回り以上年をとった、イケオジである。
現国王の策略に填められ、父を謀殺されたシャルルは、その憎しみと怒りを封印されし魔王に利用され、傀儡とされてしまうのだった。
彼の悲しき過去が露わになるのは、最終決戦、魔王を復活させる直前のことだ。
国王への恨み、悲しみ、絶望……そして、魔王の甘言に乗せられ、聖女と聖騎士たちを苦しめてしまった自分への悔恨。
すべてを赤裸々に語った後に、シャルルは魔王に取り込まれ、そして――
聖騎士の聖なる剣に討たれると、聖女によって封じられてしまうのだ。
そう、シャルルは死ぬのだ。
『ホリナイ』初プレイの時、アンナはメインヒーローであるオリビエルートを攻略した。
その時の最終局面で、知ったシャルル・ジャドールの悲しき過去に、アンナは衝撃を受けた。
(――この人を幸せに出来るルートはないの?)
シャルルが生存するルートは、バッドエンドとメリバエンドのみ。
しかし、そのルートではシャルルは魔王に取り込まれており、最早それはシャルルとは呼べない。
シャルルにはボイスも着いていたし、イベントスチルも少なくない。
度々覆面の暗黒騎士として、聖女たちを殺そうと襲って来ていたのだ。
バッドエンドルートでは意味深で臭わせなシーンもあったし、彼は隠し攻略対象なのではないか、と『ホリナイ』ファンの間でまことしやかに囁かれることもあった。
中にはネット掲示板やSNSで〝シャルルルートを発見した〟等という書き込みも散見されたほどだった。
しかし、噂の全てが、目立ちたいだけ、あるいはインプレッション稼ぎのための嘘やコラージュ。
噂を信じ、様々なプレイを試してみたが、結局アンナの『ホリナイ』で幻の〝シャルルルート〟とやらが開放されることはなかった。
最高難易度エンディング、逆ハーレムエンドをクリアした猛者でさえ、シャルルを救うことは出来ないのだ。
「……私がこの世界に転生したのには、きっと意味があるはず!」
ずっと机に突っ伏していたアンナはふと面を上げた。
テントの隙間から差し込むのは、月明かり。
シャルル・ジャドールの髪の色によく似た銀の輝き。
今は夜。
そして、アンナは一人きりだ。
「このまま朝になれば、シャルル様は死んでしまうけど……今なら……?」
最終決戦は明朝より始まる。
シャルルの領地内に氾濫する魔物たちを、聖騎士と共に蹴散らしながら、彼の居城に侵入。
そして、魔王復活の儀に乱入する、というのが、バッドエンドやメリバエンドを除いた各ルート共通のストーリーだ。
真夜中からジャドール城に乗り込んだ話は、どのルートにもなかったはずだ。
「……、聖女一人でジャドール城に乗り込んだ話もなかったはず」
この選択が、『ホリナイ』の世界にどのような悪影響を及ぼすかは分からない。
だが、このまま逆ハーレムエンドに直行して、最推しの死を見たいとも思わない。
アンナは立ち上がると、テーブルに立てかけてあった杖に手を伸ばす。
そしてテントを出ると、夜の果てに紛れるジャドール城を見据えた。
暗雲垂れ込める、見るからに悪の根城といった風体の城。
その最上階にシャルルはいる。
「シャルル様っ、待っていて! 私が貴方を助けるわ!」
アンナは野営地を抜け出すと、ジャドール城目がけて走り出した。
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