第2話 推しのためなら、ゲーム破壊もいとわない!
「聖なる光を受けてみなさい! ……って、実際に言うと恥ずかしいわね」
アンナが呪文を唱えると、目映い光が生まれ、さながら流星のように魔物たちへと突き立った。
異貌の魔物たちは、聖女の聖なる力を浴び、瞬く間に灰へと帰っていく。
しかし、安堵は出来ない。
ジャドール城内に溢れる魔物は、倒しても倒しても、どこからともなく湧いて来る。
「ふぅ、……、まだ、一階だってのに、こんなに沢山の魔物が――えい!」
アンナは再び呪文を口にし、魔物たちを灰に変えていく。
聖女の一人の力で、ジャドール城に乗り込むのに不安がなかったとは言わない。
これは現実だ。
アンナはただのプレイヤーではなく、この世界で生きる聖女アンナなのだ。
魔物の攻撃が当たれば、傷つき、血を流し、もちろん痛みだって伴う。
何より、魔物の攻撃を食らって死ぬ危険性だってあった。
死ねば、これで終わり。
やり直すことは不可能だ。
アンナに死に戻りの能力やスキルが付与されていない限りは。
しかし、その心配は杞憂のようである。
アンナは我が身に溢れる力を感じながら確信する。
「……、流石は逆ハーレムルート。聖女の力もカンストしてるってわけね」
『ホリナイ』の逆ハーレムエンドルートは最高難易度だ。
その難易度をより高くしているのが、このパラメーター。
法力、魔力、腕力、知力、魅力。
この五つのパラメーターをカンストさせなくてはならないのだ。
おまけに季節ごとに用意されているミニゲームも難易度ハードでクリア。
各イベント内の選択肢を一つでも間違えれば別のルートに行くというおまけ付き。
すでに逆ハーレムエンドルートに突入している以上、今のアンナはレベルマックスの聖女と言っても過言ではない。
「これだったら、一人でシャルル様のところに行けるわっ!」
アンナは聖なる杖を掲げると、聖なる光で次々と遅いかかかる魔物を駆逐していった。
長い階段を上り、時に、中ボスクラスの大型の魔物、サイクロプスやメデューサとも戦い、打ち勝ち、そして――
「シャルル様っ!」
ついにアンナはジャドール城の最上階、〝儀式の間〟に到着したのだった。
「貴様は、聖女っ……?! 何故単身でここにっ……」
巨大な魔王召喚のための魔方陣が描かれた〝儀式の間〟。その中央に発つのが、黒い甲冑に身を包んだシャルル・ジャドール公爵だ。
血の様な赤い瞳を大きく見開いて、彼は信じられないと言った様子で首を左右させる。
そうだろう。
本来ならば、聖騎士と聖女が力を合わせて突破する魔物の群れだ。
それを聖女単身で駆逐したとなれば、驚くのも仕方ない。
(……っ、ほ、本物のシャルル様っ! 生きて、動いてるっ……!)
最推しが動き、血の通った一人の人間としてそこに居る。
そう思うだけで、アンナは膝を突いてむせび泣きたくなったが、そこは堪える。
この先、彼は死ぬことになる。
それだけは何としても回避しなくてはならないのだ。
「シャルル様、もう諦めてください。魔王を復活させたって、貴方は苦しいだけ! 悲しい最期を迎えるだけだわ!」
アンナは力の限り叫んだ。
今にもこぼれ落ちてきそうな涙をぐっと堪えながら、悲痛な最期を遂げる運命にある悪役貴族を見つめる。
「貴様に何が分かる!? 神に愛され、全ての未来が約束された貴様がっ!」
彼の表情には怒りと深い悲しみが滲んでいる。
「貴方は優しい人だわ」
アンナは続ける。
「私には分かるの。貴方は私が選択肢を間違えた時、バッドエンドルートの時、私を殺すことはなかったわ。貴方はいつも悲しそうな顔をしているだけ」
「……? 何を言って……」
『ホリナイ』のバッドエンドでは、暗黒騎士に扮したシャルルが登場する。
彼は聖女と聖騎士を追い詰めるも、しかし、実際に手をかけることなく、魔王に身を捧げるのである。
最期の時は、いつも愁いを帯びた、悲しげな表情を浮かべているのだ。
その表情を見たくて、何度もバッドエンドルートに行ったシャルルファンは多くいたことだろう。
「本当は魔王の復活なんてしたくないんでしょう? 心から破滅を願っているんじゃないんだわ。貴方の苦しみや、憎しみ、悲しみは魔王の魔力によって増幅されているだけなの」
「……、黙れ! 貴様の言葉など、この俺にはもうっ……!」
最終局面、シャルルが魔王に取り込まれた後、聖女と聖騎士は圧倒的な魔王の力に屈しそうになる。
しかし、最期の最期で、取り込まれ、正気に戻ったシャルルの魂が、魔王に弱体化の魔法をかけ、結果として、
彼は父を殺された憎しみを、魔王によって増幅されているだけなのだ。
本心から、世界を滅ぼしたいと願っているわけではないのだと、そこで明らかになる。
アンナが彼を好きになったのも、そのイベントシーンを迎えてからだ。
悲しみと憎しみだけで生きてきた彼を幸せにするルートがないかを探し始めたのもその時だ。
結局、そんなルートは実装されていなかったけれども。
だが、今、ここで上手く説得する事が出来れば、彼を繋ぎ止めることが出来るかもしれない。
アンナは静かに、そっと諭すように言った。
「落ち着いて、私は貴方を断罪しに来たのではないの。貴方を助けに来たの。シャルル様、破滅への道に進もうとしている貴方に、幸せになって欲しいだけなのっ!」
知らぬうちに、はらりと涙が落ちた。
「魔王を復活させたって、貴方は取り込まれるだけだわ! どうかお願い、ここで踏みとどまって!」
彼に幸せになって欲しい。
最推しの彼が、憂いと悲しみ以外の感情を、その目に宿す日が来て欲しい。
彼が幸せそうに微笑む日が来て欲しい。
「……聖女、貴様は……何故そこまで……」
シャルルが訊ねたその時だった。
「――アンナ、無事か!」
後方より投げかけられる声。
それは、白の王子オリビエのものだった。
聖なる剣を片手に〝儀式の間〟へとやって来た王子。
彼の背後より姿を見せるのは、四人の聖騎士たちだった。
「聖女様の様子がおかしかったからな、跡を付けていけば」
「……ジャドール城に単身で乗り込むなど」
「水くさいよ、お姉ちゃん! ボクたちのことを心配して一人で行ったんだね」
「私たちにも、どうか貴方の手助けをさせてくださいっ」
王子に、騎士に、暗殺者、宮廷魔導士に、吟遊詩人。
皆が皆、神の加護を受けた聖なる武器を手に、悪役貴族シャルルの前に立つ。
「ジャドール公爵! お前の悪事もこれまでだ!」
オリビエが高らかに叫び、聖剣を掲げれば、その刀身に込められた聖なる力が光となって〝儀式の間〟へと広がった。
魔に魅入られているシャルルは、その神聖な光が耐えられないというように手で目を覆い「クソ――」と悪態付く。
「……、オリビエ王子っ……! 復活の儀は半端だがっ……!」
シャルルが黒の剣を、魔方陣の中心に突き立てる。
「駄目っ!」
アンナの制止の声はシャルルに届くことはない。
間もなく、黒い光が魔方陣より迸った。
同時に、激しい地響きがジャドール城を貫いた。
魔王復活を感じ取った世界が、恐怖におののいているのだ。
「――魔王よ、ここに復活せよ! 我に力を! この国の破滅を!」
「させるか!」
魔王復活の呪文を唱えるシャルルを抑えようと、聖なる剣と共に魔方陣へと侵入を試みるオリビエ王子。
だが。
「うわぁっ?!」
シャルルを護るように魔方陣から放たれる黒い紫電が、オリビエ王子を弾き飛ばした。
封じられし魔王が生み出した強固な結界だ。
きりもみ回転で弾かれた王子の体は、ボールのようにワンバウンドしてから停止する。
からん、と清らかな金属音を奏で、聖剣が床に転がった。
「王子!」
聖騎士たちの声が轟く。
彼ら四人は〝儀式の間〟の床に転がり、苦しみ喘ぐ王子の元へと急ぐ。
このシーンには見覚えがある。
よく覚えている。
何度も目にした、逆ハーレムエンド直前のイベントだ。
「そんなっ! これじゃ、一人で乗り込んだ意味がないわ!」
(このままじゃ、逆ハーレムエンドに行っちゃう!)
逆ハーレムエンドルートの運命からは逃れられないと言うのか。
(いいえ、まだ諦めちゃ駄目っ!)
アンナは希望を持って、魔方陣を起動させるシャルルの姿を見つめた。
(私は、今、最強の聖女。全てのステータスをカンストさせているのよ。その上、自由に動くことが出来る!)
『ホリナイ』では、魔王復活のシーンに選択肢もなければ、戦闘パートもない。
ただ流れていくイベントシーンのテキストを、決定ボタンを押して進めていくだけだ。
だが、今は違う。
この世界は現実のものだ。選択肢はゲームに提示されるもの以外にも、選ぶ事が出来る。
「――今の私は、ただのプレイヤーじゃない! ただの傍観者じゃない!」
「え、アンナ?! 聖剣をどうするつもりで……!」
アンナはオリビエ王子と聖騎士たちの元まで駆け寄ると、彼らの側に転がる聖剣を手に取った。
柄を強く握りしめ、激しい雷と闇が渦巻く魔方陣を睨み付ける。
魔王を討つことが出来るのは、神の加護を受けた聖なる武器でのみ。
聖女は魔王の肉体を封じる事しかできない。
しかし、今のアンナは武力999のカンスト聖女。
この剣を振るうことなど簡単だ。
「――どりゃああああああああああああっ!」
ヒーローたちの制止の声に耳を貸すことなく、魔方陣の結果にまで進むと、アンナは聖なる剣の切っ先を結界へと突き立てた。
そしてそのまま、力任せに中へと進んでいく。
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