花びらとともに彼女は舞う

タカハシU太

花びらとともに彼女は舞う

 花びらがくるくると舞い落ち、木製のベンチでまるで眠るように横たわる彼女の頬へと着地した。

 高校の制服なのにアーマーベストを装着し、シューティングゴーグルで目を覆って、マシンガンを胸に抱く姿は異様だ。その手がぱたりと下に落ちても、彼女は目覚めることはなかった……。

「はい、カット!」

 僕が声をかけると、彼女……相沢絵里香は目を開け、元気よく起き上がった。

「これで全部、撮り終わったね! 撮影終了!」

 僕のそばにはスマホを乗せた三脚が立っている。この公園でショートムービーを撮影していたのだ。相沢のコスチュームと武器はサバゲーの装備一式で、知り合いから借りてきたらしい。

 いったい、僕ら二人は何をやっているのだ?


「映画を作るから、撮影を手伝って」

 相沢が有無を言わさずに告げてきたのは、三学期の最終日、春休み前日の教室でのことだった。

「演劇部が映画を作って、どうするんだよ?」

「新入生向けのプロモーション用にね」

 相沢絵里香によると、三月の現時点で彼女の所属する演劇部は三年生が卒業してしまった。二年生はいない。一年生は相沢だけ。来年度の部員は新二年生の相沢だけになってしまう。

 そこで新入生を対象にした部活勧誘イベントが体育館でおこなわれる際に、朗読劇の上演と一緒にショートムービーを上映しようというわけだ。

「監督も編集も私がやる。シナリオも書いた。あんたは撮影するだけでいいから」

 相沢は一人で演じられる台本を書いたのだが、読んでみて驚いた。

 ゲーム禁止令となった近未来の我が県を舞台に、ゲームを愛する若者たちが規制派の老人自警団と戦争する物語だった。

「不謹慎すぎるだろ! こんなのやったら、学校で問題になるぞ。PTAとか教育委員会とか……」

「どうせ一回限りの上映だし、バレないって」

 自治体の特殊部隊に制圧されていく若者たち。仲間と離れ離れになったヒロインはマシンガンを手に戦場となった市内を逃げ回る……。

 大作すぎる。こんな映画、高校生が作れるのか?

「登場人物は私だけだから、大丈夫」

 相沢がたった一人で芝居をする。それを僕が撮影すればいいだけだそうだ。

 そもそも、どうして僕に協力を求めてきたのか? 幼なじみとはいえ、他に誰かいるだろう。

 いや、いないのだ。相沢絵里香は性格が悪い。頑固というか、勝気というか。主張が激しくて、いつも周りと衝突しがちだ。それで昔から僕が彼女の愚痴の聞き役になっていた。

 相沢は女優になりたいという夢を持っていた。

 中学で演劇部に入り、同時に芸能プロダクションにも所属した。弱小の事務所だったので、相沢はせいぜいその他大勢のエキストラ、遠くを歩く生徒役くらいしかオファーはなかった。

 それでも相沢はあきらめない。こうして一人でも何かを作ろうとするエネルギーにあふれていた。

 そして僕は一応、放送部の所属である。幽霊部員だけど。入部してみたら、陽キャの連中ばかりで馴染めなかった。昼休みの校内放送だけでなく、学校行事における進行、SNS活動、動画や音声コンテンツ、ライブ配信まで。リア充すぎるだろ。

 僕は部活に顔を出さなくなった。特に何も言われることはなかった。事実上、帰宅部。

「ということで、あんた、暇でしょ? やるよ!」


 こうして相沢と僕は春休みに入ると、撮影を開始した。物語はヒロイン一人だけなので、誰かが映り込んではまずい。そのためにはひと気のない早朝から撮影だ。

 スマホを向けていればいいと思っていたら、大間違いだった。ヒロイン演じる相沢を追って、僕も一緒に走らなければならなかった。時には地面に寝そべってローアングル、はたまた木に登って俯瞰撮影……って、マジかよ。

 たった十数分の短編映画に、何日もかかってしまった。最終日はちょうど桜が満開の時を選んだ。

 ヒロインは海を渡って脱出を試みる。しかし、あともう少しのところで撃たれて命を落とす……。

 いい感じじゃないか。即席で作ったにしては上出来だ。相沢の編集もなかなか良かった。フリー素材だけど劇伴で盛り上がったし、効果音の銃声もばっちりだった。

 そして四月。新入生対象の体育館での上映は、誰も見に来なかった。仕方がない。素人が作った映画なんて、わざわざ見ようと思う奴はいない。

 悲惨だったのは無観客での朗読劇のほうだった。途中から一年生が来るかもしれないから、やらないわけにいかなかった。

 結局、演劇部に入部する新入生はいなかった。二人きりの打ち上げでは、相沢はヤケ酒と称して、ファミレスのソフトドリンクをお代わりし続けた。

「時代が早すぎたのよ! いずれ、私の才能が認められる時が来る!」


 その時とやらは、意外に早く来た。放送部の連中がこのショートムービーをネットにあげたいと言ってきた。相沢ももったいないからと了承した。

 バズった。制服女子高生がマシンガンを手に走り回る。そのアンバランスな組み合わせがウケたのだ。

 地元のニュースや新聞にも取り上げられた。怒られるかと思ったが、意に反して、市のほうでご当地映画として活用できると歓迎された。相沢は市役所に呼ばれて、市長と対面、市の広報役を担うことになってしまった。

 相沢は別の事務所に移籍し、売り出されることになった。女優をやりたいという本人の願いをよそに、なぜかアイドルグループが結成され、活動することになった。武装した制服コスチュームで。

 相沢はこれも女優への道につなげるため、全力で歌い踊った。ライブや撮影会をし、ローカルなテレビ番組にも出た。そのうち、映画やドラマで役付きになり、どんどん仕事が舞い込んできた。

 いつしか相沢は学校に来なくなった。来られないほどの忙しさだった。

「ごめん、学校、やめるかも」

 相沢からそんなメッセージが来たのは、年明けだった。授業日数が足りていないのだから、三年生に進級できる見通しは絶望的だった。彼女は演劇部を頼むとお願いしてきた。相沢までいなくなったら廃部だ。

「あと、もうあんたとのやりとりもできなくなる」

 事務所の管理が厳しくなり、家族と仕事関係者以外の私的なやりとりはNGとなったのだ。

「SNSでチェックするからいいよ。アカデミー賞を取ったら、サインくれよな」

「あの頃が一番楽しかったなあ」

 相沢はふとこぼした。去年の春に撮影した僕たちの映画のことだ。あんなちっぽけな映画じゃなく、相沢はもっともっと活躍していく人間なのに。

 そしてこれが彼女との最後のやりとりとなった。


 相沢はやはり中退してしまった。

 僕は彼女に頼まれた演劇部に、三年生から入部した。去年作ったあの短編映画を新入生向けに、体育館で再上映した。相沢の知名度のおかげで、何人かが入部してくれた。

 彼女の活動をネット上で追いつつ、僕は平穏に過ごし、卒業を迎えることになった。高校の思い出が、あの映画の撮影だけだったことに気づいた。

 僕は卒業式が終わると、自転車でロケ地巡りをした。最終目的地は、あの桜並木。二年前と同様、見事に咲き誇っていた。

 記念にスマホで木々を撮影していると、突然、懐かしい声が響いてきた。

「よう、久しぶり!」

 振り返ると、相沢が立っていた。ウチの制服を着ている。

「今日は映画の撮影じゃなかったのか? 念願の初主演作だろ?」

「初主演はここで撮ったやつ。あ、ちゃんとチェックしてるんだね? もしかして、私のファン?」

 相変わらず彼女は生意気な笑みを浮かべて、僕をからかった。いい笑顔だ。

 映画の撮影は急遽中止になったという。時間ができてしまったので、ふと思い立ってここへやってきたそうだ。高校を卒業できなかったのに、卒業式の日に。

「だって、ここ、私たちの青春だったからね」

「よし、撮ってやる」

 僕はスマホを向けた。

「動画のほうがいいな。私、女優だから」

 彼女は桜吹雪の中を走り回り、僕は撮影しながら追いかけた。

 ふと立ち止まり、相沢は真顔になった。

「いろいろありがとね」

「またしばらく会えなくなるのか?」

 僕が問いかけると、彼女はまた笑顔になった。

「私は映画の中にいる。いつでも会えるよ。バイバイ」

 相沢は手を振って去っていった。


 彼女の死を知ったのは翌日のニュースだった。映画の撮影に向かう途中、車の事故に巻き込まれたという。

 そうか、最後のお別れを言いに、わざわざ僕に会いに来てくれたんだな。

 相沢絵里香は映画の中で生き続けている。今も制服姿でマシンガンを持ち、舞い散る花びらの中を走りながら。

 そして僕のスマホにも、笑顔でサヨナラをする彼女の姿が残っている……。


                  (了)

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