落ちこぼれ陰キャの俺が秀才美少女から親友になってほしいと頼まれた件【てんとれ祭】

綾森れん@『男装の歌姫』第四幕👑連載中

下駄箱に女子からの手紙が入っていました【てんとれ祭】

 ――いっそ思い出話の種にしたらいい。

 俺は心の中で呟いて手紙を制服のポケットに突っ込むと、屋上へ向かった。


 事の起こりはほんの数分前――

 俺はHRが終わるや否や教室を飛び出して下駄箱へ向かった。

 放課後なんてリア充な奴らの時間だ。俺には関係ない。

 

 自分の下駄箱を開けると、レモン柄の封筒が入っていた。

 輪切りのレモンや、葉をつけたレモンが描かれたさわやかな絵柄を見るに、おそらくどこかの女子生徒が入れる下駄箱を間違えてしまったのだろう。

 正しい宛先に入れておいてやろうと宛先を見ると――

 

 『橘 樹葵 様』

 

 俺の名前が書いてあった。

 

 右下に小さく『七海 玲萌』とあるのが差出人の名前か。


「ななみレモ?」


 俺は小声でその名を呟いていた。

 

 知ってるぞ。

 確か今年飛び級してうちの高校に入ってきた秀才だ。しかも美少女ときている。


「そんな奴が俺に何の用だよ」


 ちなみに俺は去年も高校一年生だった。落第して二度目の高一を繰り返している身だ。

 

 封筒の中から手紙を取り出して手早く開く。こんなところ誰かに見られたくない。

 

『橘くんへ。

 突然のお手紙、失礼します。

 橘くんにお話ししたいことがあります。

 今日の放課後、屋上に来てください。

          七海 玲萌』


 内容は実にありふれたもの。俺は知ってるぞ。これ、屋上に行くとリンチに遭うやつだ。

 いや、恐喝かも知れない。

 もしくは嘘告とかいうやつか。モテる女子が俺みたいな陰キャに嘘の告白をして、笑いものにするのだ。


 こんな怪しい手紙など無視するに限る。

 靴に履き替えようとした俺はだが、手紙を持ったまま、はたと考えた。

 

 もし七海ななみ玲萌レモが本気で俺に話したいことがあるとしたら?

 例えば勉強を教えてくれるとか。

 家庭教師の押し売りとか。

 頭がよくなるサプリを売りつけられるとか?

 

 無視する方がヤバイかも知れねえ。

 明日からいじめられても困るしな。

 

 いや待てよ。

 よくよく考えたら飛び級で進学してきた秀才が、リンチだの恐喝だのするとは思えない。

 待っているのはせいぜい嘘告くらいだろうから、思い出話の種にしたらいいんだ。

 

 俺は手紙をブレザーのポケットに突っ込むと、階段へ向かった。

 

「遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ」


 屋上へ続く鉄扉の前に、小柄な美少女が立っていた。

 賢さが光る瞳に気の強そうな口もと。

 本来なら二学年下のはずが、今年から同じクラスになってしまった秀才美少女、七海ななみ玲萌レモだ。

 

「ごめん」


 俺は思わず謝ってしまったが、そんなに遅くなったはずはない。 

 HRが終わってすぐに下駄箱へ向かって手紙を読んだのだ。

 むしろ七海ななみさんのほうこそ、どれだけ張り切って早く着いてるんだって話だよ。


「あの、屋上に出ないんですか?」


 年下相手にうっかり敬語になる俺。

 

「出たいんだけど鍵が閉まってるのよ」


 そういえばうちの高校、生徒が勝手に屋上になんか出られなかったよな。

 確認もせずに俺を呼び出したのか。

 この子、秀才のわりにドジっ娘臭がするんだけど?

 

「ちゃんと来てくれて嬉しいわ」


 七海ななみ玲萌レモはうっすらと頬を染めた。

 

「まあ呼ばれたから、一応な」


 気のない返事をすると、

 

「どうして呼ばれたか、予想ついてる?」


 七海さんは身を乗り出した。


「いや――」


 あたりを見回すが、彼女以外誰もいないようだ。

 屋上なら隠れる場所もあるが、俺たちが今立っているのは屋上前の狭い踊り場だ。


「きみの友達が状況を見届けたりするわけじゃなさそうだな」


 嘘告だと信じ込んでいる俺に、七海さんは目を丸くした。


「まさか果たし状だと思ってた!?」


 えっ、果たし状って決闘を申し込む、あれか!?


「ち、違うからね! 私、たちばなくんに果たし合いなんて申し込まないから!」


 七海さんは顔を真っ赤にして付け加えた。


「そりゃもちろん、ゆくゆくベッドの上で果たし合い――ってなんでもないわ!」


 ベッドの上? 怪我しないようにマットレスの上で寝技の練習でもする気なのか?


「それで俺に話したいことってのは――」


 俺は恐る恐る尋ねた。


「分からないの!?」


 五度くらい声を高くして、無茶振りする七海さん。


「分かんねーよ……」


「女子に呼び出されたのよ?」


「えっと嘘告かなって思ったけどのぞいてる奴らもいないし、ほかに考えられることと言ったら―― 新興宗教の勧誘とか?」


「違うわよーっ!」


 七海さんはこぶしを握り締めて叫んだ。


「もう! ああいうかわいい便箋に書いて呼び出せば、それだけで気付いてくれるからカレの方から――って雑誌には書いてあったのに! 嘘ばっか!」


 なんの話だろう?


「もういいわ! はっきり言うから!」


 七海さんはビシッと俺を指差した。


「橘くん、私はあなたをす、すすす、ス――」


「酢? 酢飯? それとも寿司でもおごってくれんのか?」


「違うわよっ!」


「あ、分かった。数学教えてくれるのか」


 やっぱりカテキョの押し売りだったな。


「違うってば! 私とつつつ、つき――」


「月? ああ、月何回授業するかって話?」


「違うのーっ! もう! このニブチン!」


 やべえ。秀才を怒らせてしまった。

 落第する俺に彼女の問いは難しすぎる。


「す、すみません。月謝はいくらお支払いすればよいのでしょうか?」


 陰キャの俺がビビり散らかすと、


「もういいわよっ! 橘くんは私に全然その気がないってことね!」


 七海さんはよく分からないことを言った。

 どうしてか目に涙をためて、


「じゃあせめて友達からっていうのはどう?」


「友達から? 七海さんも俺と同じで友達いないの?」


 そういえばクラスの奴らは彼女を遠巻きに眺めていたかも知れない。

 飛び級制度自体、これまでは大学以降しか認められていなかった。それを去年から高校にも拡大したのだ。

 七海さんはこの学校初の飛び級生徒なのだから、気安く友達になれる者がいないのも無理はない。


「し、失礼ね!」


 七海さんは憤慨した。ぷいっとそっぽを向いたまま、

 

「単なる友達じゃあつまらないわね。決めたわ、あなた私の親友になりなさい!」


「いいけど親友って友達と何が違うんだ?」


 陰キャにハードルの高いことをお求めになる。


「そうね。例えば親友同士は毎日一緒に手をつないで登下校するのよっ!」


 へーそうなんだ。


「それからお互いのことは名前で呼び合うんですって」


 ふーん。じゃあ俺は七海さんを玲萌レモって呼ばなきゃいけないんだ。


「さらに夏は、二人で浴衣を着て一緒にお祭りに行ったり花火を見たり、プールも行くし、とにかく色々イベントをこなさなくちゃいけないの!」


 イベントかぁ。ゲームみてぇなもんかな?


「どうかしら? 樹葵ジュキ!」


 宣言通り、七海さん――いや、玲萌レモは俺を下の名前で呼んだ。


「分かった。俺でよければ親友になるよ。色々教えてくれ」


「ふっ、いいわよ。任せなさい!」


 玲萌レモは両手を腰に当ててふんぞり返った。

 

 なぜ俺が玲萌レモの親友に選ばれたのかは分からないが、とにかく俺には二度目の高校一年の春、親友ができた。

 

 いっそ思い出話の種にしたらいい、そんなふうに思って向かった屋上で――正確には屋上手前の空間で、種どころか発芽して大きな花を咲かせることになる出来事が起きたのだ。

 

 そう、それから三年間、俺たちは二人でたくさんたくさん思い出を作ったんだ。



【参考・引用/蜂蜜ひみつ/てんとれないうらない/第74話「いっそ 思い出話の 種にしたらいい  4点」】



─ * ─




この二人、ジュキとレモが活躍する異世界ファンタジーもよろしく!


『精霊王の末裔

 ~ギフト【歌声魅了】と先祖の水竜から受け継いだ力で世界を自由に駆け巡る!魔力無しから最強へ至る冒険譚~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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