Re:11/1お題「むかしばなし」

 洋館の中に入ると、左門さもんが再び感嘆の声を上げた。


「すごい、お城みたいですね!」

 確かに、エントランスには分厚い赤の絨毯が敷き詰められ、至る所に絵画や彫刻が飾られていた。奥には真っ白な螺旋階段が渦巻いている。

 童話の中の絵本のような内観だ。


 樫木で作られたフロントの前には、島全体の観光案内パネルが置かれていた。地図自体は古文書から印刷したような白黒写真だが、ファミリー向けの明るくポップで観光地が示され、チグハグな安っぽい印象を受けた。



 日吉ひよしはパネルの前に立ち、俺と左門を見渡す。

「まずは島内の案内と簡単な歴史からご説明しましょう」

 青白い指が島の地図の下方をなぞった。

「地図が古くて恐縮ですが、こちらがおふたりがフェリーで到着した港です。そして、東側の道を進み、辿り着いたのが当館でございます」

 日吉館があるのは港から島の三分の一ほど行った場所だった。長い時間車に乗せられていた気がするが、この程度の距離ということは、案外島全体が広いのかもしれない。


 日吉は島の中央を指す。

「こちらのエリアはファミリーの観光地です。簡単なアスレチック施設やグランピング会場、ガラス工芸の体験教室などがあります。港付近の神社もパワースポットとして有名です。お客様に質問されることもあるかと思いますので、よく覚えてください」

 左門が慌ててポケットを探り、メモを取り始める。筆記用具やレシートの切れ端がバラバラと溢れた。



 俺が仕方なく拾ってやると、日吉は薄く目を細めた。

「熱心でありがたいです。ですが、最もおふたりにとって重要なことはこの島の南側、港と反対方向です」

 地図を眺めると、南にあたる上部には観光地を示すポップがひとつもないことがわかった。



「見たところ、南は名所も少なさそうですが、何かあるんですか?」

 俺の問いに日吉が唇を引き締めた。

閑田かんださんは洞察力がありますね。その通り、南には何もありません。観光客は立ち入り禁止です」

「何もないのに、立ち入り禁止なんですか」

「はい。おふたりには迷信だと思われるかもしれませんが、島の南側は元々神聖な禁足地とされていた場所です。神様をお祭りする神社と森だけがあり、住民も迂闊に立ち入りません」


 重々しい言葉に、左門が身を強張らせた。それに気づいた日吉が義務的な笑みを作る。

「実のところ、南側は野生の猿が多く危険というだけです。観光客の方々に何かあったら責任を負いきれませんから」

「よかった……」

 左門が安堵の息を漏らした。


「とはいえ、島の人々が信仰を大切にしているのは本当です。七日後のお祭りも毎年恒例の一大イベントですから」

 俺は口を挟んだ。

「看板があったフラワーフェスティバルですか。あれは先月のものでは?」

「本当によく見ていらっしゃいますね。祭事は旧暦に合わせて行います。旧暦は一月遅れですから十一月と記しているんですよ」

 日吉は慇懃に礼をすると、再びパネルに向き直り、簡単な道案内やホテルの業務についての語った。



 説明が終わると、今日の仕事はもうないらしく、俺と左門はそれぞれの部屋の鍵を渡された。

 客室の一部を使っていいらしい。

 透明なガラス製の長いバーがついた飾りは、いつかのラブホテルを思い出させた。


 割り当てられた部屋に鍵を差し込み、扉を押す。

 花柄の壁と樫木の机と椅子、スズラン型のランプ、真っ白なツインベッド。豪華だが、何処か閉塞感があり、息が詰まった。


 俺はトランクをベッドに転がし、玉舎たまやを出す。

 大声が室内に響き渡った。

「でっか! これ、従業員用でいいの?」

「日吉が言うんだからいいんだろ」


 俺はベッドに腰掛け、間のテーブルに置かれた灰皿を引き寄せた。

「それより、ツインルームだな」

「ダブルのがよかった?」

「馬鹿か。雇われたのは俺ひとりなのに何でこの部屋かってことだよ」

「余ってる部屋なんじゃない?」

「だったらいいが、日吉がお前の存在に気づいてたらまずいぞ。何を企んでるかわからない」


 玉舎はハッとしてから黙り込んだ。俺が煙草を咥えさせようとしても口を開かない。

 こいつが静かになるのはよくないことを考えている合図だ。


 俺は玉舎の下唇をこじ開け、煙草をねじ込んだ。

「痛っ! 気遣いが上手いのか下手なのかわかんねー!」

「今更お前に気なんて遣うかよ」

 俺は二本分の煙草に火をつける。


「来ちまったもんは仕方ない。日吉が俺たちを利用しようとしてるなら真相を暴いて対処するだけだ」

 玉舎は眉を下げて苦笑する。

「さすがー、いつきは今までもひとりで頑張ってきたんだもんな」

「今回はふたりだから勝率も二倍だろ」

「……だよね!」


 玉舎は笑い飛ばすと、ベッドの上を咥え煙草でゴロリと転がる。

「このホテルってさ、樹の好きなあの場所なさそうだね。コインランドリーと自販機」

「ろくでもないことばっかり覚えやがって」


 ろくでもないことを覚えているのは俺も同じだ。

 今の玉舎の笑顔が、他人への気遣いや諦めではなく、本気で笑っているときの顔だとわかるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る