11/25 お題「故郷」
分厚い鉄の扉の向こうから、不穏な音が響き出した。
何人もの人間が我を忘れてドアを叩いているような音が。
俺は
暗い船内は誘導灯ひとつなく、一歩踏み間違えたら転びそうだ。俺はナイフをしまい、両手で玉舎を抱えた。
獣のような叫びと共に、俺の目の前に赤い光源が飛び出した。
俺は思わず息を呑んだ。隠し扉から頭を炎に包まれた男が現れた。首から上だけ火に飲まれた姿は蝋燭のようだった。男は踊るようにもがきながら俺に手を伸ばす。
俺は咄嗟に身を逸らし、再び走り出した。
船内は予想以上の地獄絵図になった。
許しを乞いながら壁に頭を擦りつけて自分の顔を削る女。
換気扇に腕を突っ込み少しずつ削がれていく男。
顔中のあらゆる穴から汁を零しながら燃料らしき液体を飲み続ける船員。
不規則に数字を呟きながら、自分の脚にレンチを振り下ろす整備士。
俺は息を切らして走り続ける。
足を早めるたび、玉舎の結んだ髪が跳ねて手の甲を打つ。昨日まで普通だったのに懐かしい感触だった。
「
俺は腕の中を見下ろす。玉舎の表情は暗く見えない。
「何で来ちゃったんだよ……」
玉舎は掠れた声で言った。
「知るかよ」
「知るかよ、じゃねえよ! こんなことして絶対生きて帰れねえって! マジで殺されるぞ!」
怒ってるときはガラが悪くなるのも久しぶりで、俺は思わず吹き出した。
「何笑ってんだよ!」
「このまんまじゃ終われねえって思ったんだ。こいつらが全滅したら追ってこねえだろ。金もある。好きなところに行くよ」
「何処に行く気だよ……」
「何処でもいい。お前は?」
玉舎が振り絞るような息を漏らし、ほとんど聞き取れない声で言った。
「帰りたい……」
「何処に?」
「地元。もう何にも残ってないけど、俺のせいでみんな死んじゃったけど……」
「お前のせいじゃねえよ」
「
「やれよ。俺も手伝う」
玉舎の頭が揺れて、髪の毛が俺の腹を擦った。頷いたんだと思った。
叫びと不穏な音を背に受けながら、俺は出口を目指す。
非常灯が点いたのか、薄ぼんやりとした緑の光が導くように暗い道を照らした。
あと少しだ。
踏み出した瞬間、緑の光が何かに遮られた。
腐臭と焦げくさい匂いが鼻をつく。俺は思わず足を止めた。
船内の異臭はここから漂っていたんだとわかった。
非常灯が虫の羽ばたきのようにジリリと鳴り、緑の光が明滅する。
男だと思った。顔は暗闇に隠れて見えない。背が高く、肩や首が筋張っている。
再び光が明滅し、男の身体を照らした。
花火のような派手な柄のシャツとジーンズは、血と焦げ跡で染め直され、黒く固まっていた。襟や袖から覗く肌も無数の傷が覆っている。
捻られ、切り刻まれ、焼かれた痕。
明滅。俺は呻いた。
顔が見えないんじゃない。ないんだ。
頭のない男は非常灯に照らされた首の切断面をてらてらと光らせながら立っていた。
玉舎が引き攣った笑い声を上げた。
「おれさ、見せしめ……って言うのかな……」
聞きたくない不穏な響きだ。
「誰かわかるように顔は何にもされなかったんだ。代わりに、首から下はえらいことになってて……」
「急に何の話だよ……」
言いたいことはわかっていた。
玉舎が呟く。
「あれ、おれの身体だわ……」
首のない死体が、俺目がけて突進してきた。
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