いけ好かないアイツ

金沢出流

いけ好かないアイツ

 今日も今日とてせっせとと種付けをしているのであるが好いている女の裸体を見せつけられ勃起させられその彼女の目を前にして別の女を宛てがわられるというのは日々毎日のことながらなんとも厭な気分である。熊の奴らが食わないような部位の肉を咀嚼しながら同士の会話を盗み聞くとなにやらアイツが喰われただのと話をしている。アイツというのはいけ好かないアイツのことである。名前がないのだからいけ好かないアイツと呼ぶ他ない。もちろん耳のタグに記載されたIDで呼ぶという手もあるが熊の奴らへの反逆心からかそれを用いるモノはこの人舎に於いて皆無である。しかしかといって渾名を使おうものなら熊の奴らの気分を害して喰われてしまうものだからやはりいけ好かないアイツのことはいけ好かないアイツと呼称するほかない。これくらいなら渾名でもないから熊の奴らが耳にしてもなにも言わない罰もない。いけ好かないアイツはとても面が良い。加えて熊の奴らにとっての肉質の良い子を生む遺伝子を持っているらしい。であるから後者の理由に於いて熊の奴らには重宝されていた。そしていけ好かないアイツは熊の奴らに取り入ることにも成功していた。我々家畜界隈の勝ち組。なんともいけ好かない事実である。そのような経緯からいけ好かないアイツには見目麗しい若い女の番が熊の奴らから与えられていたし、与えられる餌も上等なモノであった。故にかはもはや知る由もないが何にせよ調子に乗ってしまったのであろう。いけ好かないアイツは脱走を図ったのだそうだ。結果、熊の奴らのオヤツになったとのことである。なんでもかんでも上手くいくものだからと調子に乗るべきではない。数日の後、いけ好かないアイツの番であった若い女と同部屋になった。つまるところ番になった。させられたのである。かの見目麗しい若い女はとてつもなく厭そうな顔でそっぽを向いている。それは恐らく私というモノの見目が醜いからであろう。いやなに私はいつもそうやって厭がられている。そも彼女らは好いてもいない男たちとの性交を強制されているのであるから当たり前である。厭そうな顔をするモノたちばかりだ。もちろん心情察し余ある。けれどときに罵倒されることもあり私だって熊の奴らに強制され好いてもいない女相手にムリに射精させられているのであるからこちらとしてもこの境遇には耐え難いモノがあるのだ。如何に罵倒されようとも射精しなければ熊の奴らに私は処分される。代わりなどいくらでもいるのだ。私はたしかに罵倒されるに値する悪人であろうがそうだとしてもどうしたって熊の奴らに喰われたくはないのである。第一義に責めを受けるべきは熊の奴らであって私ではないはずである。であるから熊の奴らが滅びた日、私はこの罪を自ず手を用い贖うであろう。けして死ぬのが厭だから射精しているのではない。熊の奴らを肥え太らせるのに私の子らがつかわれつづけているこの現状のその上に私の生命をも費やすということがどうにも我慢ならないのである。せめて一矢報いねばならぬ。而していけ好かないアイツとこの若い女が好き合っていたのかどうかを知る由もなければ聞き出すつもりも皆目ないのであるがいけ好かないアイツは面もよければ愛想もよいのだ。その両面に於いて女たちに好かれている。対して私は見目も醜くければ日常に於ける会話すらまともにできない。私はおそらくその両面に於いて女たちに嫌われている。であるから自ず、私の見目が醜いからであろうという結論が刹那に出てしまっただけのことである。ただ急激な環境の変化に恐怖しているだけであるのかもしれないがそれにしたって私をみるその目は熊の奴らに私が向けるモノと同類に思える。いたしかたないことである。周囲から私に対し似非熊だの名誉熊だなどと陰口が叩かれているのを私は知っている。不愉快この上ない。名誉熊の称号はいけ好かないアイツにこそ相応しいはずである。このように私の見目はどうやら醜いらしいがなんの因果か私の生み出す子らの肉質は良いらしい。つまりいけ好かないアイツの次に熊の奴らから重宝されているのはこの私であった。このような場所で一番になったという証左が目の前の見目麗しい若い女にある。これは熊の奴らの道楽である。一番のオスのニンゲンにオスたちから一番人気のメスを宛てがう。そういう道楽である。であるから他の同士たちには番など存しない。このような事態になってしまったのであるからいけ好かないアイツの顛末やなんやそのようなことをつらつら思んみる。そしてやはり自制というのは大事であるという結論が出た。我が身を慮ればここはやはりしばらくのうちはいつにも増して大人しくしておくべきであろう。熊の奴らの監視も暫くは厳しかろう、調子に乗る勿れ。しかし熊の奴ら、いけ好かないアイツの番であった女をこともあろうこの私に宛てがうとはなんとも小癪なことである。私が好いている女は別に居る。彼女はよそからみればおそらくは見目がよいとはいえないのであろうが私には好ましい。そしてとてもやさしい心の持ち主である。私のようなニンゲンにも心配りをしてくれるのだ。私が疲労していると察するといろいろと気を回し労いの言葉や行動を示す、良い女なのである。さておいてこの若い女をどう処遇したものであるか。冷ややかに接することもできやしない。であっても機嫌を取ることなど私には到底できないできていたらこうはなっていない。この女は男たちの一番人気だ。どう転んでもこの先肩身が狭いであろうこと相違ない。いけ好かないアイツがやってきたように気に食わないニンゲンを熊の奴らへ取り入って処分させるよう仕向けるようなこともできようはずがない。私にそのような交渉術があれば当てがわれる番はこの若い女ではなく私が密かに好いている彼女であったろう。なんという顛末。この人舎でいけ好かないアイツのことをもっとも嫌っていたと自負するこの私にわざわざこの女を宛てがうこともないであろうに。これこそがまさに当て付けというヤツであろうか。況や人語を解すだけの怪物が斯様なヒトの心の機微を汲むわけもないのであるが。

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いけ好かないアイツ 金沢出流 @KANZAWA-izuru

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