さようなら、季節

2121

さようなら、季節

 カマキリが水没している。カメムシが潰れている。キンモクセイは花を散らして、赤い手の形をした紅葉はコンクリートに葉を食い込ませてひしゃげている。

 秋は死に向かう季節だ。冷たい冬に向けて、一部の種の生命が一旦幕を閉じるとき。

 虫や植物と違って人間の死は季節に関わらずやって来るはずなのに、僕の愛してやまない彼女は冬が来ると死ぬらしい。昨日、医者に告げられた。彼女は不治の病に冒されているのだ。

 高校の授業を終え、病院へ行く道にはいつも以上に死の臭いが漂っていた。僕の気分的な問題ではなく、そういう季節なのだから仕方がない。もうそこまで冬は近付いてきている。いつもならクリスマスをどう過ごしどんなプレゼントを贈るのか心躍らせている頃なのに、今年は冬もクリスマスも来なければいいと陰鬱な気分にさせられている。

「こんにちは。気分はどう?」

 病室を訪れると彼女が読んでいた本から顔を上げた。白い肌は雪を思わせる色をしていた。

「良いよ……と言いたいところだけど、最悪かな」

 それはそうだろう。だってもう季節は秋。数ヶ月もすれば、冬はやって来てしまう。

 例え彼女の命が冬までであっても、僕は毎日のお見舞いは欠かさない。出来ることならば、冬がやってくるその瞬間まで彼女の隣にいたいと思っている。

「冬が来なければいいのにね」

「冬から逃げられないかな」

「逃げられるわけないよ。季節は巡り行くものだから。季節から逃げるなんてこと出来るわけない」

 そのときに僕はふと思い至る。

 本当に、冬から逃げることは出来ないのか?

 冬から逃げられれば、彼女は助かるんじゃないのか?

 僕は先生が診察に回ってきたときに聞いてみることにした。

「先生、冬から逃げられれば彼女は生き続けられるのではないのですか?」

「それは……」

 先生は難しい表情をしていた。腕を組み、目を閉じ考えて、頭の中で考えを纏めた上でゆっくりと口を開く。

「もしかしたら──生き続けられるかもしれないね?」

「本当ですか!?」

「確定とまでは言えないけどね。前例は無い。けど、可能性はある」

 僕の仮説は間違いではなかったらしい。先生は続けて説明してくれた。

「彼女の病は、冬の気配を感じ取って死ぬ虫や葉を枯らす植物のように、頭で冬を認知すれば死ぬ病だ。今までは薬で誤魔化していたが、それが効かなくなって来ていてね。だから冬から逃げ続けられることが出来るなら、生き続けられる可能性は十分有ると思うよ」

 その言葉に、一筋の希望が差した。僕は彼女に聞く。

「パスポートは持っている?」

「持ってない」

「じゃあ取りに行かないといけないね。確か二週間もあれば取れるだろう。二週間後はまだ十一月の半ばだから、まだ冬じゃないはず。気温も来週から少し高いらしいし」

「学校はどうするの?」

「リモート環境が整備されたから、大丈夫だよ」

「どこへ逃げる?」

「オーストラリアは季節が逆だというから、オーストラリアかな? ハワイも今は夏なのかな。冬じゃなければいいんだ。どこでもいいよ。とにかく、南へ! パスポートを作っている間、僕は飛行機のチケットを取るね。夏で、出来れば安くでいけるところを探すよ。そうと決まれば、早く行動しないと。冬が来てしまう!」

 うん、と大きく頷いた彼女は春のように穏やかな表情をしている。彼女の手を取って、僕たちは言う。

「では先生、また春にお会いしましょう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さようなら、季節 2121 @kanata2121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ