第19話 暴走

 アーディナルとの密約によって、フィリップ殿下は意気揚々と退室していった。

 お気楽なフィリップ殿下の背中を見送った私は、どうにも納得がいかない。


「どういうつもり?」

「何がだ?」

「フィリップ殿下に、エディ・テイトについて調べさせることよ!」

「何か、おかしいか?」


 おかしいに決まっているじゃない! おかしいかどうかを私に聞くこと自体、既におかしいのよ!

 それに、どうして、よりによってエディ・テイトなのよ!

 エディ・テイトという名前を聞いただけで、私の全てが怒りと絶望に染まる。そんなに簡単に口にして欲しい名前じゃない!


「ゼネフロイト国は、もうない。そんな亡国の裏切り者なんて、アーディナルはもちろん、フーシュスト国にも関係ない! いつものアーディナルなら、もっと自分や国にとって有益な情報を引き出すはずよ!」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことじゃない! 今日のアーディナルは、おかしい! 会談の最中も、急に悪辣魔女役を演じ始めるし……」

「……俺は悪辣魔女役なんて演じてない」

「自分で気づいてないの? 悪辣魔女役である私が暴言を吐いて、穏やかな仲裁者役であるアーディナルが間に入って相手を思う通りに転がす。これがいつもの流れよ。なのにアーディナルが悪辣魔女役をやるから、こっちは調子が狂って途中退席もできなかった!」

「……言葉にされると、詐欺師みたいだな」


 自分も加担しているから言わないけど……、その通りだと思う。


「エディ・テイトの情報なら、俺にとっても有益だ」

「そんなはずないでしょう? アーディナルには関係のないことだよ」

「俺達は、一応……夫婦だ。それに、相手のことを知れと言ったのは、シュリだろう?」


 それを否定したのはアーディナルなのに、今更?

 急に心が冷えていき、自分も知らないような奥底から真っ黒な気持ちがこみ上げてくる。

 違う、過ぎたことだ。こんなことを言って、責めたいわけでも困らせたいわけでもない。それなのに、這い出てきてしまった気持ちは元に戻ってくれない。


「もしかして……、罪滅ぼしのつもり?」

「罪滅ぼし? 何に対してだ?」

「八年前のマイデル国との戦争の時、私の婚約者だったアーディナルを頼って、父はフーシュスト国に救援を要請した」

「……」

「あの時に助けなかった罪滅ぼしに、一緒にエディ・テイトを探そうというのなら必要ない。あの時も、今も、エディ・テイトは私だけの仇だから」





「で? いつもの悪辣魔女のごとく、言うだけで言って勝手に部屋を飛び出してきたのですね」

「だって、アーディナルの顔があまりにも困り果てていたのよ……」

「そりゃ、困り果てもしますよね? やっとの思いで歩み寄った相手に、八年前の恨み言を吐き捨てられた挙句に協力を拒否されたのですから……」

「八年前のことは国家間の駆け引きだと理解しているし、恨み言なんて伝える気はなかったのよ! なのに、止まらなくて、責めてしまって私も動揺したの! 言った言葉は戻らないし、どうすればいいのか分からなくなったのよ……」

「ごめんなさい、と謝ればよかったのでは?」

「!…………」


 マリーアの一言に、モヤモヤとしていた心が一気に晴れた。


「……どうして、思いつかなかったのかしら?」

「アーディナル殿下も言葉が足りないというか、態度もひねくれているというか、素直じゃないですからね」

「それを言ったら、私も同じなのよね……」

「シュリ様は、思ったことを口にし、考えるよりも先に身体が動く、たんじゅ……。いえ、明快な方です!」


 それ、褒めてないよね?

 もうとっくに夜も更けているのに、反省会に付き合ってくれているマリーアに文句は言えない。

 もう部屋に帰してあげたいのに、今日のことを思い出すと胸に抱えておけなくて、吐き出さずにはいられない。


「私は今回のことで、よぉく分かったことがあるの」

「えぇぇぇっ! アーディナル殿下への恋心ですか?」

「そういう幸せな類のフワフワとしたものではなくて、もっとドロドロした重く汚い感情よ……」

「はいぃぃぃ? 嫉妬ですか? 一体誰にですか?」

「嫉妬? まぁ、それに近い感情なのかも……」


 なぜかマリーアは涙を浮かべて大興奮しているけど、いつものことだから気にならない。

 それよりも私はこの惨めったらしくて欲深い感情を吐き出して、早く自分の中から消し去ってしまいたい。


「急にアーディナルがエディ・テイトを探そうとするし、私の問題は自分の問題でもあるみたいに言ってきたでしょう?」

「やっとかという感じです!」


 マリーアの言っている意味は分からないけど、ここで立ち止まったら話が先に進まない気がする。


「八年前にゼネフロイト国が伸ばした手を、フーシュスト国が振り払った。私はそれを、国として当然な判断だと思っていた。会ったこともない婚約者のために、国を危機にさらせるはずがないと納得しているつもりだった」

「……」

「でも、違った。私は、私の手を振り払ったアーディナルを恨んでいたのよ。あの時は見捨てたくせに、そのせいで家族は殺され国は奪われたのに、今更助けの手を差し伸べてきたって遅いじゃない!」


 便宜上の結婚だったから受け入れたのに、今更夫婦だなんて言わないで欲しい! だったらなぜ、あの時に助けてくれなかったの?


「分かっているの! こんなことを言うのが間違っているって。ゼネフロイト国とマイデル国の争いに、フーシュスト国は関係ない。私が同じ立場に立たされたら、きっとアーディナルと同じ選択をする。アーディナルは悪くない。勝手なことを言って、勝手に怒っている私が悪い! 分かっているのよ……」

「シュリ様は……、ご自分が幸せになるのが怖いのですね」


 怖い? 

 家族の幸せも、国民の幸せも、私が奪った。

 そんな望んでいないものを、私は恐れているの? 


「考えたことがなくて、よく分からない。でも、自分が幸せになるのが怖いというより、人からまた幸せを奪うのが怖い、かな……」

「アーディナル殿下が、シュリ様自身と向き合おうとしている。それを受け入れてしまったら、家族やゼネフロイト国民に申し訳が立たないと思っていませんか?」

「何? どういう意味? 分からない……」


 分からない。分からなけど、私は幸せなんて望まない。私が望むのは、復讐だ。

 エディ・テイトに復讐するためなら、誰の手でも借りると以前までなら思っていた。だけど今は、アーディナルを巻き込みたくない。

 アーディナルを受け入れるのが、怖い……?


「とにかく、今思っていることを全て、殿下にぶつけるべきです。お二人共、辛い思いをしてきたせいで、全てを一人で抱え込もうとし過ぎです。苦しみを知るお二人だからこそ、出せる答えがあると思います」

「アーディナルとだから、出せる答え……?」

「善は急げです! 今から殿下の部屋に行ってください!」

「えぇっ? もう、遅いし……」

「殿下だって絶対に寝ていません! 悶々と考えているはずです。助けてあげると思って、行って下さい!」

「でも……、今から準備すると、もっと時間がかかるし……」

「何のための並びの続き部屋ですか? 隣の夫婦の寝室の鍵はかかっていません。殿下の部屋の鍵もかかっていないと思いますが、ノックしてみてください。すぐに開きますから。ほら、さっさと行きますよ!」


 マリーアに急かされて扉の前に立ったけど、その晩私はアーディナルの部屋には辿り着けなかった。

 その前に、廊下に面した扉からアーディナルがやってきたからだ。


「魔獣が出た! すぐに出発する準備をしてくれ!」



◇◇◇◇◇


読んでいただき、ありがとうございました。

コンテスト応募のため、ここで一旦投稿を止めさせていただきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪辣魔女は、目立ちたくない…… 渡辺 花子 @78chan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ