第18話 配役交代

 今でも目を閉じれば、ゼネフロイト国の緑豊かで美しい街並みが蘇る。

 行動を制限された私の楽しみは、部屋から街を眺めることだった。

 美しい白い石畳と青々とした街路樹を行き交う人々。王都の中央を流れる運河の両脇には、色とりどりの花が飾られた家や店が立ち並ぶ。遠くに見える山々も、季節によって色合いを変える。

 窓から見えるその景色は、私の大切な宝石箱だった。


 その国を奪っておいて、騙された、だと?

 お前達が奪わなければ、国は美しいままだったはずだ! 家族だって笑っていたはずだ!


 怒りが収まらず震える私の両手が、アーディナルの温もりに包まれた。

 ハッとして思わず見下ろせば、白い大きな手に力がこもる。

 もしかして、アーディナルも怒ってる?


「『ゼネフロイトの祟り』と『死の国』作り出した戦争そのものを、マイデル国民は疑問視している。いや、戦争を主導した王家に不信を抱いていると言った方が正しいな」

「私達は国の為に領土を広げただけだ! ゼネフロイトの王女が魔女だと知っていれば……」


 知っていれば、なんだというの? 

 フィリップ殿下の被害者意識丸出しの態度に先に反応したのは、私ではなくアーディナルだ。


「自分達の落ち度がそれだけとでも? 自慢の工業でトラブルが続き、財政も逼迫しつつある。来年は十分な穀物を買えるかも分からない状況のはずだが?」

「国民の不満が高まっている理由は、確かに多い……。でも、一番の理由は『ゼネフロイトの祟り』に他ならない!」

「そうやって自分達の不手際を他人に転嫁する政治に、国民は一番嫌気がさしているのではないか?」


 外交時のアーディナルらしからぬ厳しい発言に、目を見張りかけたのを何とかこらえた。アーディナルを見上げたい気持ちも、必死に押さえた。私はトレードマークである酷薄な笑いを浮かべて、辛うじて悪辣魔女を演じ続ける。


 どうした? 今日に限っては、アーディナルの方が悪辣魔女だ。

 急に役割分担を変更されても困る。この状況でどうやって、穏やかな仲裁役を私に演じろというの? 無理だよ……。私は即興でそんなことできない。ここはもう、優しいアーディナルに悪役を押し付けた、恐ろしい悪辣魔女の顔だ!

 いや、待て……。それって、どんな顔?


「……厳しい指摘だが、その通りだな。だが、『ゼネフロイトの祟り』が、国民の心に黒い影を落としていることも事実。国を破滅させかねない火種を私に引き継ぐことを、国王は躊躇っている」

「それで? 息子は王位継承のために、自分達の過ちを敗戦国の王女に背負わせ、父親を勇退させてやる気か? それはそれは、美しい親子愛だ。」


 さすがにそれは言いすぎでは? 本家悪辣魔女がそう思うくらいだ。当然フィリップ殿下は、口元を震わせて言い返そうとした。だが、アーディナルは、それを許さない。


「戦争を始めたのはマイデルだろう? どうしてその後始末をシュリに押し付ける? お前らの下らない争いに、シュリを巻き込むな!」


 それを言っちゃったら、決定的に決別の道だ。アーディナルは腹を括った……。って、フィリップ殿下は腹を括ったら駄目だよ。悪辣魔女が二人の間に入って和解させるなんて無理。後でちゃんと話をつけておくから、今は引いて。間違っても、今のアーディナルの前で私に難癖を付けないで!


「ゼネフロイト国を『死の国』にしたのは、王太子妃殿下、貴方ではないのですか? 魔女の力があれば、できるはずだ!」

「違うと言っているのが、分からないのか!」

「私は王太子妃殿下に聞いている!」

「奪った国が思う通りに機能しない恨み言なら、ぶつける相手を考えろ!」


 剣でも抜きかねないアーディナルの怒りを前に、私もフィリップ殿下も緊張が高まる。

 一瞬も気の抜けないこの状況を終息させなくては。ついでに今後のためにも、私がアーディナルを裏で操っていたと思わせる悪辣さを見せつけなくては!


「アーディナル、もういいわ」


 ん? 言い方を間違えた? 「貴方は本当に悪役に向かないわね!」の方が、悪辣魔女っぽかった? 

 なぜかアーディナルから呆れた顔を向けられているのだけど、どうして?

 とにかく、ここから本領発揮するから安心して!


「私の魔力量を考えれば、ゼネフロイト国を消失させるくらい簡単なこと」


 「やっぱり……」と呟いたフィリップ殿下の冷汗は止まらない。


「勘違いしているようだから言っておくと、私が得意なのは攻撃魔法。攻撃によってマイデルを消し去ることはできても、沼地に変えることはできない。それができるのは闇魔法だけど、属性を持たない私には使えない」


 突然沼地になった原因が分からないから、人は詮索する。調べても原因が分からないから、人は疑心暗鬼に陥り恐れる。だからこそ、フィリップ殿下は原因が私だとして、事態を収束に向かわせたかった。

 望みが叶わず落胆を隠せないフィリップ殿下の青白い頬に、なぜか急に赤味がさした。


「王太子妃殿下は、光属性です! なら、あの沼地を元に戻せますよね?」

「無理!」

「……そんな、なぜですか? 闇魔法に対抗できるのは、光魔法だけです!」

「光魔法と一言でいっても、数多ある魔法の全てを使えるわけではない。特に私が使える光魔法は、攻撃に特化している。同じ光魔法でも、癒しや浄化といったものとは無縁よ」

「……そんな……」


 一瞬で希望を断たれたフィリップ殿下は、力が抜けきってソファーに沈み込んでしまった。

 『ゼネフロイトの祟り』の原因も分からず、沼地を浄化してもらうことも叶わない。となれば、今後のフーシュスト国との付き合いも含め、マイデル国には課題が山積みだ。気持ちが萎えるのも分かる。

 こうなれば話し合うことは何もない。さっさと終わりにしようと隣を見上げれば、いつも通りの穏やかな笑顔に狡猾さを忍ばせたアーディナルがいた……。


「光魔法での解決は諦めるしかないが、我々救世主にはユーグレストがいる。賢人なら何か知恵を絞り出せるかもしれない」


 これぞいつものアーディナル。相手の要望に応えるふりをして、結局は相手を意のままに操る! フィリップ殿下なんて、いちころだ。


「是非、ユーグレスト様のお知恵を拝借したい! そのためなら、我が国は協力を惜しまない!」

「ユーグレストには、必ず伝えます。きっとお力になれるでしょう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「私から、フィリップ殿下に一つお願いがあります」

「何なりと!」


 何なりとじゃないよ……。お互い王太子として一応対等な立場だったのに、この一瞬で上下関係が確定したって気付いている?

 知らないから仕方がないけど、ユーグレストは既に『ゼネフロイトの祟り』について調査を開始しているよ?

 今、貴方は貧乏くじを引かされたよ……。


「調べて欲しい人物がいます」

「我が国の者ですか? 名前を教えて下さい」

「エディ・テイト。ゼネフロイトとの戦争で、自国を裏切りマイデル国に情報を流したゼネフロイト国の宰相補佐だった男です。おそらく名前は変えていると思いますかま、姿絵があるので後で渡しますよ」

「エディ・テイト? かの戦争の際、私も軍議に出ていましたが、そんな名前を聞いた記憶がないな。とにかく国に戻ったら、当時を知る者に当たります!」


 アーディナルが満足気にうなずいた隣で、私の心はざわざわと波を打って揺れていた。



◇◇◇◇◇


読んでいただき、ありがとうございました。

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