第17話 マイデル国の焦燥

 マイデル国は鉱山資源が豊富で工業の発達した国だが、土地がやせていて作物が育たない。工業のおかげで食物の輸入するお金はあるが、常にきな臭い周辺諸国との関係から有事になれば食糧輸入を断たれる不安が常につきまとう。

 それもあって肥沃な大地を持つ隣のゼネフロイト国を羨み、欲していた。

 だが、苦労して手に入れたのにゼネフロイト国は、期待通りには機能しなかった。まるで、奪われたことを呪うように……。

 それはマイデル国にとって、大きな十字架となってのしかかっている。


 マイデル国の王太子は、アーディナルより十歳ほど年上の三十代半ばのはずだ。ダークブロンドに青い目をした美丈夫だと記憶していたが、どうだろう?

 目の前にいるのは、顔色を失い神経質そうに瞬きを繰り返す落ち着きのない男だ。とても未来の国王とは思えない男は、怯えた顔を私に向けてくる。

 その顔と同じように来客用の応接室は、雨でも降っているみたいにジメジメしている。ソファーに座ったらドレスが濡れてしまう気がして、思わず躊躇ってしまったほどだ。

 それを見て私が同席を拒否したと感じた王太子は、慌てて立ち上がりガバリと頭を下げてきた。まさか、一国の王太子が、だ。


「お願いします! 我が国だけを、守護の対象から外すのだけはご勘弁願いたい!」

「……」


 私の絶句とアーディナルのため息が、湿った部屋にベシャリと落ちた。

 マイデル国の王太子は、こんなにも愚かな人だっただろうか? 自分の発言が、私達四人の三年間を貶めたと分かっているのだろうか?

 救世主である私達四人の三年間は、命を懸けて戦う日々だった。

 フーシュスト国だとかマイデル国だとか、国単位で物事を測ったことなんてない。それは、これからも同じだ。私達四人は魔獣が発生した場所に行き、倒すだけだ。それがどこの国かなんて関係ない。


「……フィリップ殿下、座って話をしましょう」


 アーディナルと共に私が座ると、遅れてフィリップ殿下もよろよろと座った。話の続きをするのかと思えば、急にこちらの顔色をうかがってて黙ってしまう。

 一体何がしたいのか分からないけど、いい年をした大人に目の前でもじもじとされるのは見るに堪えない……。

 その気持ちはアーディナルも同じなのだろう。いつもと同じ外交用の穏やかな笑顔なのに、視線と声がやたらと冷たい……。


「シュリがゼネフロイト国の元王女と聞いて驚いたと思います」

「それはもう! 目の前が真っ暗になりました!」

「……お聞きしたいが、シュリが今までマイデル国を蔑ろにしたことがありましたか?」

「えっ! いや、あの……、そのように感じたことは、ありません……」


 これで笑顔なのが信じられない……。それくらい重いアーディナルの圧に屈してしまったフィリップ殿下は、声のトーンと視線がどんどん下がっていく。ついに頭を抱えてしまったけど、本当に一体何がしたいのだろう? 

 まだ一言も暴言を発していないけど、私はもう途中退席でいいかな?

 そう思って腰を浮かせようとすると、殿下もガバリと起き上がった。


「我が国を悩ませるゼネフロイトと聞いて、頭が真っ白になってしまった。大変無礼な失言の数々、許してもらいたい」


 そう言って頭を下げたフィリップ殿下は、今までの態度が嘘のように冷静さを取り戻していた。黒くなったり白くなったり忙しい人だけど……。


「アーディナル殿下の言う通りだ。王太子妃殿下は、誰に対しても公平な方だ。勝手に取り乱し、殿下を貶める発言をしたことを謝罪します」

「……謝罪を受け入れます」


 公平って……。いい意味じゃないよね? 

 吹っ切れた顔をしたフィリップ殿下は、謝罪で話を終わらせる気はないらしい。


「せっかくの機会だから、王太子妃殿下に確認したいことがあります」

「謝罪を受け入れるのに、二度目はありませんよ?」

「それは困ったな……。それでも聞かなければ、我が国は前に進めない」


 フィリップ殿下の決意は固いらしい。

 何が言いたいのか想像はつくし、私を疑る気持ちも分かる。

 それはアーディナルも同じで、相変わらず笑顔を保持していられるのがおかしい冷たさでため息をついた。それだけで、部屋が凍りそうだ……。


「いい年をした私が、いまだに王太子な理由を、王太子妃殿下はご存知ですか?」

「……下らない情報に振り回され暴走し、国の安全を不安定にする存在だからでは?」

「ははは、仰る通りですね。それも理由の一つです。でも、もう一つの理由が本命だということにして欲しい」

「勝手にどうぞ」

「ではお言葉に甘えて言わせていただきます。我が国の負の遺産となった、ゼネフロイト国のせいです」

「……私を怒らせて本音を引き出そうというのなら、その作戦は無意味ですよ」


 悪いけど、こういうやりとりはアーディナルと散々してきた。初歩の初歩に引っかかる程、馬鹿じゃいられないのが悪辣魔女だ。

 私に手の内を読まれて苦笑いのフィリップ殿下は、「敵わないな」と頭をかいた。


「砂地や岩場が多い我が国には緑が少なく、作物も育たない。なのに、隣の小さき国は緑豊かで美しく、金も人の心も豊かだ。幼少の頃から、憧れた。もっと言えば、欲しくて欲しくてたまらなかった」

「正直すぎませんか?」

「二人の前なら嘘をつくより、正直すぎる方がいいようだ」


 開き直りって、人を図太くするのね……。

 引き気味の私とは正反対に、フィリップ殿下は捨て身で前に突き進んでくる。


「手に入れたゼネフロイト国宝石が光り輝いていたのは、ほんのわずかな時間だけでした……」


 正直すぎるフィリップ殿下の顔に浮かぶのは、後悔と喪失感。

 私の知るゼネフロイト国の緑豊かでおとぎ話のように美しい街並みは、マイデル国に奪われてから一カ月も経たずに消え去った。今のゼネフロイト領には、昔の面影は一切ない。人も住めず、作物も育たない、死地だ。


「ゼネフロイト国の領土は……、いきなり沼地に変わり果てた。美しく実りある領土を手にしたと思っていた我が国の落胆は、とても言葉にはできない……」

「国を奪われた私の落胆は、簡単に言葉にできると?」

「……それは……」


 できればゼネフロイトの話はしたくなかった。話せば私の中にある美しい思い出が汚されるからだ。だが、誇りを守る為にはそうも言っていられない。そう心を決めた私の前に、アーディナルの白い手が広げられた。

 驚いて隣を見上げると、二度見してしまうほど優しい顔で首を振っている……。訳も分からず恥ずかしくなった私は、視線を手のひらに戻すしかない。

 一見滑らかで美しい手に見えるが、よく見れば剣だこや傷跡だらけだ。その大きな手が、私の思い出を守ってくれる?

 そう思ったのは私の言おうとしたことを、なぜかアーディナルが代弁してくれたからだ。


「国民の期待を背負って宝を生み出すはずだったその場所は、湿った空気と悪臭にまみれ『死の国』と呼ばれ恐れられている」

「そうです……。まるで、呪いだ!」

「それに怯えたマイデル国民は、『ゼネフロイトの祟り』と呼んで怖気付いている」

「死臭がたちのぼってきそうな、あの沼地を見たら誰だってそうなる! 我々は、騙されたんだ!」




◇◇◇◇◇


読んでいただき、ありがとうございました。

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