第16話 死の国
「あの外務大臣は、シュリアーナだった頃の関係者ではないか?」
「私もそう思ったけど、全く記憶に引っかからないです」
「シュリが気づかない程度の関わりでも、相手は決してシュリを忘れない。そして、シュリアーナを知っていれば、必ずシュリと結びつくはずだ」
私の特徴的な容姿のことを言っているのだろうけど……。実は、シュリアーナを知る者は少ない。
「四歳からずっと、徹底して限られた人としか顔を合わせていないです」
「四歳以前は違うだろう? シュリほどの美貌なら、よりよい結婚相手を求めて連れまわされたはずだ」
「……父が私を『嫁に出したくない』と言って、私のお披露目は産まれた時だけでした……」
ユーグレストは絶句だけど、それが事実だ。王族としては問題ありだけど、それがあったから私という存在を隠し通せた。
「そのお披露目だって、髪もろくに生えていなかったし、帽子をかぶっていました。しかも、ずっと寝ていて一度も目を開かなかったそうです。シュリアーナを知る者の中に、あの男はいない」
「……エディ・テイトでは、ないのだな?」
いつの間にか目の前に戻ってきたアーディナルに、私はしっかりとうなずいてみせた。
「断言できる理由は?」
「目の色も髪の色も違うし、顔が違う。あいつ顔を、私が忘れるはずがない!」
「目や髪の色なら、魔法や薬で変えられるが……。シュリの能力をもってしても、顔までは変えられんからな……」
魔法で顔立ちを変えられるのなら、とっくにやってその辺でプラプラと息抜きをしている!
「あの男がエディ・テイトなら、カトライト国にいるのはおかしいでしょう?」
「そうじゃな……。マイデルに情報を流しておいて、カトライト国の外務大臣の椅子を用意されるはずがない」
「カトライト国だって、貴族社会だもの。ある程度の由緒ある家の者でなければ、外務大臣にはなれないはず」
それでもアーディナルは納得しない顔で私を見ている。その顔はどこか不安げで、見ているこっちまでぞわぞわと心が侵食されていくみたいで怖い。
その気持ちを振り払いたくて、私はわざと明るく振舞う。
「アーディナルの気持ちは分かるよ? 私だって、どうして私がシュリアーナだと分かったのか気になる。でも、本当にゼネフロイト国の人間じゃないのよ」
「俺が言いたいのは……」
「まぁまぁ、アーディナルの気持ちは儂にも分かる」
何かを言いかけていたアーディナルは、下唇を噛んで黙ってしまった。話を聞こうにも、ユーグレストが止まらない。
「シュリアーナとシュリを繋ぐものは、ゼネフロイト国だ。今は亡き国で、死の国なのに、大きな秘密が隠されている。儂にはそう思えるのだ」
「秘密?」
「いまだに魔獣の親玉が出てこないのも、ゼネフロイト国が関係しているはずだ」
私達は三年に渡って魔獣と戦ってきた。それでも全ての魔獣を殲滅できていない。一番最大の敵を倒せていないからだ。ユーグレストは、その相手がゼネフロイト国にいると思っているのだろうか?
私はその疑問をユーグレストに確認することはできなかった。
部屋の扉が、また大きく叩かれたからだ。
真っ青な顔で部屋に入ってきたのは、残りの会談を押し付けられたはずの宰相だった。
アーディナルとは親子ほど年が離れた宰相は、やたら疲れた顔をして足取りも重い。なのに、アーディナルの視界から外れて立つことは忘れない。
宰相だけではなく国王も王妃も、アーディナルの力を利用してきた者はみんなこうやって心を見られないための小細工をする。アーディナルを散々利用してきたことも、あの目を恐れていることも知られたくないからだ。
何の感情も見えない冷たい顔をしたアーディナルは、こんな時は相手を見ないように顔を伏せる。その気持ちを全く理解していない宰相は、早口に用件を伝えてくる。
「マイデル国の王太子が、ま……王太子妃殿下と話をしたいと押しかけてきています。大変な興奮状態で、とても手が付けられません。王太子妃殿下にご足労願いたい」
宰相なら、もっと頑張れよ……。
私は呆れ果てているけど、幼い頃から慣れてしまっているアーディナルの表情は動かない。
「私が一緒に今から向かう。部屋で待たせておけ」
ぼそりとそう言ったアーディナルの目を見ることなく、サササッと頭を下げて宰相は部屋から逃げ出して行った。
その背中にユーグレストが「恩知らずの小心者が!」と吐き捨てたけど、逃げるのに必死な宰相には聞こえていないだろう……。
◇◇◇◇◇
読んでいただき、ありがとうございました。
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