第15話 勘違い、ですか?

 ドンドンドンドン! とノックとは程遠い音で扉が揺れている。見上げればマリーアが私を庇うように前に立っていた。

 ここは王族専用のプライベートエリアだ。警備だって厳しく、間違っても他国の外務大臣ごときが入ってこられる場所ではない。それでも不安がこみ上げてくる。扉の揺れは増していくのに、護衛が止める様子がないのも不安を煽る。


「シュリ、開けろ!」


 ガツンと蹴り上げた音と共にアーディナルの声が聞こえ、私とマリーアはホット顔を見合わせた。

 マリーアが扉を開けると、珍しく汗だくのアーディナルが飛び込んできた。


「おい、大丈夫か?」


 そう言われる意味が分からない。むしろアーディナルがドアを殴りつけるせいでビビっていたのだけど……。


 そんな風に首をかしげることもできずに、あっという間にアーディナルに抱き上げられた私はソファーに座らされた。

 確かに絨毯の上に座りっぱなしだったけど、言ってくれれば立って歩けた。なんて文句も言う暇なく、隣に座ったアーディナルに怪我がないかを確認されている……。

 どうした、アーディナル?


「……えっと……、何か、ありましたか?」


 えぇっ? 私何かおかしなこと言った? 眉間に皺を寄せ、怒ったような驚いたような顔をアーディナルにさせるようなことした?

 いやいや、その顔をするのは私だよね? ドアを殴りつけられて、怖かったよ!

 混乱中の私の背後から、ジークハルトの笑いをこらえた声が聞こえてきた。


「会談を途中退席したシュリが、突然現れたカトライト国の外務大臣に絡まれたと護衛から報告を受けた。俺が止めるのも聞かないアーディナルが、次の予定を無視して慌ててここに駆け付けた」


 驚いて隣を見ると、アーディナルに顔を背けられた。逆側に立つマリーアを見ても、やっぱり顔を逸らされる。


 私、避けられるようなことした? これ、どういう状況?

 確かにステイルに絡まれたけど、慌ててやってきて扉を殴る蹴るするほどのことだろうか? 


「あぁ、分かった! あの外務大臣に、私が弱味や隙を見せたかどうか心配したのね!」

「はぁっ?」

「安心して! ちゃんと悪辣魔女を演じきったから! ほら、マリーアからも報告してあげて」


 アーディナルからは冷たい空気が吹雪いてくるし、職務に忠実なはずのジークハルトが背中を向けている。マリーアまで顔を真っ赤にして、何かを堪えて震えている。これはどういう状況だろう? マリーアには「完璧な演技でした」と、途絶え途絶え言ってもらえたからいいけど……。

 楽観視できない事件だと思うけど、みんな分かっているのかしら? 緊張感がなさすぎじゃない?


「私がゼネフロイト国の王女だったことで、揺さぶりをかけたかったのだと思う。隠す方が面倒になりそうだから、肯定した。多分すぐに噂は広まるでしょうね」

「……今頃城中の誰もが知っているだろうな」

「それよね……。私がカトライト国の肩をもって、憎きマイデル国を攻め落とそうとしているとも噂されるでしょうね」

「今回の会議にはマイデル国の王太子が来ているから、『魔女はそこまで馬鹿じゃない』と俺から話をしておく」

「……お、お願い……」

「狙いは、マイデル国の動揺なのでしょうか? あの男の、シュリ様を見る目は尋常ではありませんでした!」


 あの底知れない濁った目を思い出すと、今でもゾッとする。

 べっとりとまとわりつくあの視線を振り払うように、扉から新しい空気が入ってきた。普通にノックをして扉を開けたのはユーグレストだ。


「体力勝負の移動は、じじいにはこたえるぞ。儂だけがのんびりしていたように見えるだろう!」

「その見当違いな怒りは何ですか……?」

「シュリの一大事と聞いて、儂だって飛んできた!」


 どさりとソファーに腰かけたユーグレストが、「あいたたた……」と腰をさすりながら器用にため息をついた。


「ここまで来る途中でも、シュリが元王女だと噂がとびかっとったぞ」

「ユーグレストでさえ、そう簡単にたどり着けた情報ではなかった。カトライト国の外務大臣ごときが、どうやって知った?」


 アーディナルの険しい目が、私達全員を見回す。

情報を漏らした者がいないか、感情の色を品定めされるのは嫌だ。疑っているのが、マリーアだけだと分かっているから尚更だ。


「止めて! ここにいる仲間に内通者なんていない!」

「いいのです、シュリ様! 私はシュリ様を裏切ったりしません! 思う存分、ご確認ください!」

「でもっ!」

「シュリ様! 殿下がなさっていることは、シュリ様を守るために必要なことです!」


 私を、守るため……? 

 世界の秩序や、フーシュスト国を守るためじゃないの? そのために、私は利用されているはずじゃなかった?

 えぇぇぇっ? 私、守られているの?


 大混乱の私を諭すように、ユーグレストは驚くことを言い出した。

「アーディナルは必要な言葉が足りないから分かりにくいが、二人の結婚も、魔女を演じさせていることも、シュリを守るためじゃよ」


 信じられない気持ちで隣を見上げれば、秘密をばらされてむっつりとしたアーディナルがユーグレストを睨んでいた。

 その態度から、ユーグレストの言ったことが正しいと分かる……。


 魔力がある私は、きっと誰よりも強い。守られる必要はないはず……。

 でも、マールに揺さぶられて、私はどうなった? 

 怖くて逃げ出したし、この先どうすればいいかも、誰を信じればいいのかも分からず一人で困り果てていたはずだ……。


「アーディナルは、私を助けてくれていたの?」

「……」

「私のために、周りを疑って、裏切り者がいないか心を見ていてくれた……?」

「…………」

「私、職務怠慢とか利用しているとか、結構酷いこと言ったけど……?」

「……うるさい! 俺は利用できるものは利用すると言ったはずだ。それだけだ! 面倒くさいから、勝手な勘違いをするな!」


 わぁ、腹立つっ!

 と思っていただろう。数分前の私なら……。でも、アーディナルは公務を放り出して、全力疾走で私を守りに来てくれた。

 こんな態度だから分かりにくいけど、意外と要領が悪くて、優しい人なのかもしれない……。


 色々と思い返せば、私も褒めたられた態度ではなかった。現状に腹を立てるだけで、逃げ出すことばかりを考えていた。

 アーディナルのブルーグレーの瞳が、反省中の私を煩わしそうに見下ろした。いつもだったら、この冷たい目で見られることに苛立っていたはずだ。でも今なら、これは照れ隠しなのでは? と思える。目力が強すぎて、辛うじてというレベルだけど……。


「私は自分のことで手一杯で、周りが見えてなかった。今まで勘違いして、ごめんなさい」


綺麗に整えられた肩までの髪を右手でかき乱したアーディナルは、「勘違いじゃないと言っているだろう!」 と乱暴に言い放つと、ソファーから立ち上がって窓の方に歩いて行った。

 耳まで赤い。

 まさか、照れた顔を見られたくない?

 呆然とアーディナルの背中を目で追っていると、楽しそうにコクコクとうなずくユーグレストと目が合った。


「素直じゃない弟子は置いといて、話を戻そうか」




◇◇◇◇◇


読んでいただき、ありがとうございました。

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