第14話 襲撃?

「まぁ! こんなに遠くの国にまで、わざわざ自国の恥をさらしに来たのかしら?」


 わざとらしく目を見開き、わざとらしく大きく肩をすくめた私の態度は、さぞかし腹が立つだろう。やっている本人だって、ドン引きするくらいなのだから……。

 顔を真っ赤にして拳を握り締めている他国の王弟は、はるばる海を渡って私達に会いに来たのだ。まさか、ここまで恥をかかされるなんて、思いもしなかったはずだ。


 でも、貴方も悪いと思うよ? 

 彼が言いたいことは「兄の独裁が国を苦しめているから、王弟自分の起こすクーデターに力添えしてくれ」ってことだ。

 救世主は魔獣を倒して世界を守るのが役割だ。他国の政治には関わらないし、どこの国にも誰にも肩入れしない。

 大体、この人の主張する「国王が悪の独裁者で、王弟自分が正義」なんて、証明するものは何もない。私が救世主ではなく、ただの王太子妃でも「はい、そうですか」と力は貸せない。



 いつも通りに怒って途中退席した私は、部屋に戻って反省会の予定だった。まさか邪魔が入るなんて、誰が予想する?

 だって……外国の要人との面会を勝手に抜けてきた悪辣魔女に、声をかける勇者バカがいるなんて思わないじゃない!


「ご無礼を承知で、王太子妃殿下に声をかけさせていただきます。カトライト国で外務大臣をしております、ステイル・マールです」


 振り返った先に立っているのは、茶色の髪に茶色の目をした三十代前半くらいの男性。悪辣魔女に声をかける暴挙に出ると思えないくらい、どこにでもいそうな印象に残らない男だ。

 でも、この人のよさそうな男のことを、私はよく覚えている。


「本当ね、よく私に声がかけられたものだわ。今日はあの失礼な王女のお守りは、しなくてもいいのかしら?」

「その節は本当にご無礼致しました。王女にはそれ相応の罰を与えておりますので、二度と王太子妃殿下の前に姿を見せることはありません」

「当然ね!」


 ちょっと待ってよ。相応の罰って何?

 確かに一国の王女としては品位にかけた行動だったけど、アーディナルの猛毒のような視線を受けたのだから十分じゃない? たった一回の失敗でどういう処罰を受けているのよ。

 私なんかに取り入るために、王女の未来を閉ざすの? これだから悪辣魔女なんて辞めたいのよ……。


「是非とも王太子妃殿下のお耳に入れておきたいことがございまして、お声をかけさせていただきました」


 毒にも薬にもならないのんびりした雰囲気のせいで、つい受け入れてしまいそうだけど、無遠慮に近づいてくるマールの行動は一国の要人としてはありえない。


「面会の約束も取らずに王太子妃殿下に声をかけるなんて無礼です。お下がりください!」


 声を尖らせたマリーアが、私達の間に入って睨みをきかせている。だが、マールは気にした様子はなく、ヘラリと笑って私へと一歩歩み寄ってきた。

 その笑顔は、愛想笑いでも作り笑いでもない……。人畜無害で平凡だったはずの顔が一転していた。底なし沼みたいに濁った目を見た瞬間に、ゾワリと全身が総毛立った。

 後ろに下がって少しでも距離を置きたい。視界に入れたくない。そう思う自分の気持ちを押えこんで、何とか悪辣魔女としての体裁を保って笑うので精一杯だ。

 そんな私に向かって、マールはさも秘密な話と言わんばかりに声をひそめる。


「今は亡きゼネフロイト国について、お耳に入れておきたいのです」


 私だってどれだけ表情を押えられているか分からないのだから、マリーアが動揺してしまうのも当然だ。

 国のために奔走する苦労人に見えていたマールは、マリーアの反応に確信を得て自信を持って私を見る。

 相当狡猾なこの男にしらを切り通すのは難しい。何が目的なのか知るためにも、ある程度の情報は与えるべきだ。


「私が元ゼネフロイト国の王女だからといって、滅びた国に興味はない」


 そう言った私の言葉に、驚いた様子はない。やっぱり、私がシュリアーナ・ゼネフロイトだと知っていたのだ。


「あれ程の栄華を極めたゼネフロイト国が、今は死地となっているのも気にならないと?」

「私には関係のないこと」

「貴方が愛した国を、もう一度取り戻そうと思わないのですか?」

「お前ごときに私を語られるのは不愉快だわ!」


 騒ぎを大きくするためにも、私は大きな声を上げた。

 お怒り中の悪辣魔女から距離を取っていた護衛達も、やっと異常事態に気付いたようだ。


「カトライト国の外務大臣風情が、他国の領土について口出しするのは問題ね。カトライト国王は承知している話に決まっているわよねぇ?」


 私ができる最大限の皮肉を込めた笑顔と脅し前に、マールは一瞬怯んだ。

 その隙に、私はさっさと逃げ出した。


「自滅したくないのなら、色々と欲張るものではないわ!」


 もちろん、悪辣魔女として捨て台詞を残すことは忘れない。



 後ろを振り返ることなく堂々した足取りで部屋に戻った私は、若草色のソファーまでたどりつけない……。部屋に入った途端に足が震え、気力も体力も尽きてしまって絨毯の上に倒れている。

 マリーアに至っては「シュリ様、申し訳ございません……」と、扉にもたれるようにへたり込んでしまった。


「……ものすごく色々と消耗したけど、私の態度は大丈夫だった?」

「あの意味も分からず不気味としか言えない状況の中で、シュリ様は完璧に魔女を演じておられました!」


 急に元気になったマリーアは、「見惚れました!」「最高です!」と止まらないけど、それに付き合う余力は私にはない。

 やっとの思いで恐怖から抜け出した私の頭に浮かぶのは、舌打ちしそうなアーディナルの顔だ。


「アーディナルから散々『隙を見せるな!』と言われていたけど、あまりピンときていなかったのよね……。今日ほど、理解した日はないわ」

「カトライト国の外務大臣は、頭がおかしいのでしょうか?」

「王女が暴走した時は、可愛そうなお守り役にしか見えなかったのに……。さっきを思い返すと、王女なんて足元にも及ばない危険人物だったわね……」

「シュリ様がゼネフロイト国の王女だと知っていると、脅したかったのでしょうか?」

「分からない……」


 そんなことが脅しになるだろうか? むしろ、修道院の下働きが、元王女にランクアップするだけな気がする。

 悪辣魔女をわざわざ呼び止めてまで、あの男は何が言いたかったのだろう?


「ゼネフロイト国を奪ったマイデル国と、カトライト国は隣り合っていますよね?」

「かつては国土の小さいゼネフロイト国を中心にして、二国が囲い込むように三国は並んでいたのよ」


 今は地図上からはゼネフロイトは消え、カトライトとマイデルの二国が並んでいるだけだ……。


「もしかしたら、シュリ様の怒りを利用したかったのでは?」

「私の怒り? どんな?」

「……マ、マイデル国にゼネフロイト国を奪われたことです」


 マリーアからすれば、さぞ言いにくかっただろう。ご主人の機嫌をうかがう子犬のような態度の前で申し訳ないけど、マイデルへの恨みを晴らすためにカトライトに力を借りる気もなければ、当然貸す気もない。


「マイデル国に対して恨みがないと言えば、噓になる。だからといって、マイデル国を滅ぼす気なんてない。ましてや、カトライト国がマイデル国に戦争を仕掛けるのを助ける気なんてさらさらない」

「……えっ? でも……」


 マイデル国の野心のせいで、家族を殺され国を奪われた。

 悔しい、許せない。当然、そう思う。

 でも同時に、国同士の争いに敗れたのだという諦めもある。

 私が許せないのはマイデル国ではなく、エディ・テイトと自分自身だというのも大きいかもしれない。



◇◇◇◇◇



読んでいただき、ありがとうございました。

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