第13話 乗っ取られて、いないだと?
「その後、反王家勢力は、呆気なくマイデル国に制圧されたのだな。その全てを手引きしたエディ・テイトはどうなったか知っておるか?」
「私がユーグレストに聞きたいくらいです」
「自分の裏切りを知るシュリアーナが救世主として生きているのだから、その力を恐れて隠れている可能性が高いな」
そうだろうか?
待ち伏せをされて何度か会ったことがあるけど、テイトの赤い目には底知れぬ悪意が潜んでいるように思えた。ベッタリとまとわりつくような視線が気味悪くて不愉快で怖くて、なるべく顔を合わせないようにしていたくらいだ。
そんな奴が、私を恐れるだろうか?
また私を利用して世界を手にしようと考えるのではないだろうか?
肌を虫が這い回るような、あの気味の悪い視線を思い出すだけで吐き気がする。いや、最近も……。
「最近、エディ・テイトみたいな視線を感じた気がする……」
「いつ? どこでだ?」
ぼんやりと呟いた私の前で、焦った顔をしているのはアーディナルだ。
「個人を特定できるわけではないけど、ここ最近会った誰がから同じ視線を感じた気がする……」
「最近だとマデイルの奴等もいたな。シュリの視界に入った者は、全員素性を調べるしかないな」
エディ・テイトだけは、決して許さない。
「あいつが私の力に執着していて、私の周りをウロチョロしているのなら、私にとっては好都合。逃がすリスクを負いたくないから、手を貸してもらえるのなら助かるわ」
人の手を借りたくないなんて馬鹿なことは言わない。あいつを捕まえるためなら、何だってする。
部屋中に私の殺気が充満したところで、ユーグレストが立ち上がり部屋のカーテンを閉めている。
重く厚い深緑色のカーテンの外では、気づけば夜が始まろうとしていた。
いつの間にか陽が落ちて、濃く色づいていく藍色に茜色の名残が押し出されてかけている。
夜の闇と共に、窓からは冷えた空気が入り込んでいた。
「今のシュリの話を聞いて、儂も色々と合点がいったよ」
「がて、ん……?」
「まず、シュリが魔力を使うことを拒んだ理由」
「それは、私が大きすぎる魔力を恐れたから……」
「儂は、違うと思う」
器用に本の山をすり抜けてソファーに戻ってきたユーグレストは、首を振ってそう断言した。
自分のことなのに、他人に否定されるのは違和感がある。だけど、ユーグレストの表情が、あまりにも迷いがなさすぎて何も言えない……。
「家族を失い、ゼネフロイト国を失ったのは、自分のせいだ。シュリはそう思っているだろう?」
ドレスがしわくちゃになるのも気にならずに、私は震える両手でスカートを握り締めた。
誰にも踏み込まれたくない場所を、ユーグレストは淡々と進んでいく。
「『世界を救え』という家族の願いを叶えたい。だが、その力のせいでシュリは全てを失った。記憶はなくとも、その思いは消えなかったはずだ」
ドロドロと湧き上がってくるのが怒りなのか悲しみなのか、私には分からない。
留めなく溢れてくる感情に押し流されないようにするのが精一杯で、自分の気持ちなんかを考えている暇はない。
「三年前に魔獣を倒した時、シュリには何が見えていた?」
ユーグレストの言葉は、忘れてしまいたかった闇を呼び起こす。
目の前まで迫っていた魔獣は、私の放った攻撃で跡形もなく消えた。
前に広がるのは、キラキラと煌めく魔法の残骸と見慣れた畑と修道院。私にとって日常だったものだ。
でも、それも全て、残骸と化した。
あの時私の心を真っ黒に染め上げたのは、『絶望』だ……。
「家族の願いも家族の最期も忘れていた私は、自分が何者かも覚えていなかった。それでも……。命が助かった喜びより、魔法を使った後悔で自分が許せなかった」
あの時は何がそんなに苦しいのか、悲しいのか、恐ろしいのか分からなかった。でも、今思えば、また母との約束を守れなかった後悔が渦巻いていたのだと思う。
私がシュリアーナ・ゼネフロイトだと知っていたシスターラマリは、「女神が与えて下さったその力で世界を救いなさい」と言った。
女神から力を与えられた者が世界を救う。
子供の頃に読む救世主の物語にも書かれている、当たり前のことだ。普通なら、迷うことなく受け入れるはずだ。
それなのに、私は、受け入れることができなかった。
あの時に感じた「どうして私が?」という気持ちは、力を使って戦うことを恐れて震え上がったのだと思っていた。
でも、違った。
家族やゼネフロイト国に不幸を招いただけで、自分の大切なものを何一つ守ることができなかった私の力。そんな力を使って、自分が世界を救うことに対する嫌悪感だった。
こんな力を一番欲していない私が、こんな力を二度と使いたくない私が、そんな私がどうして世界を救わないといけないの?
「シュリは『世界を守る』ことから逃げ出さなかった。でも、当たり前に受け入れることも、できなかった。だからこそ、救世主という存在を貶めることにした」
「救世主になることを受け入れる代わりに、最低な救世主を演じることで自分を納得させたってこと?」
疑問形の割に、私は自分の言葉を確信していた。それでも動揺して声が裏返る私にユーグレストがうなずくと、納得の事実とはいえ気が遠くなった……。
「魔女の周りを見下す傲慢な態度は、自分に力を与えた女神に対するシュリの抵抗だ。物語に出てくるような完璧な救世主ではなく、嫌われ者になろうとした」
「……修道院にいた五年間で、私は変わった。王女としてのプライドを忘れ去って、地味で目立たないことを優先するようになった」
「そんなシュリに、悪辣魔女な自分は受け入れられない。だから、その最低最悪な嫌われ者役を、女神に押し付けた」
「それが乗っ取られたと思っていたことの真相……?」
「自分を傍観者と思えるほどの思い込みは、自己暗示というよりは魔法なのだと儂は思う」
思い込み、自己暗示、魔法……。
方法は何にしろ、私の単独暴走であることに変わりはない。
この事実を前に、血の気が引いていく。
「……それって……アーディナルの言う通り、自業自得ってことよね? 自分の作り出した嫌われ者の悪辣魔女の正体は女神だとすることで、私は女神にも復讐しようとした……?」
誰もが無言だけど、それって肯定よね? そっと目を逸らすのも、やめて欲しい……。
何て人騒がせなの、私……?
やっぱりもう、どこかに引きこもりたい!
頭を抱えてしまった私は、アーディナルが暗い目で考え込んでいることに気付けなかった……。
◇◇◇◇◇
読んでいただき、ありがとうございました。
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