第12話 ゼネフロイト国の秘密

 ゼネフロイト国の国土は広くはないが、肥沃な大地と鉱山資源が豊富な豊かな国だった。

 農業が盛んで飢えることがなく、工業も発達して仕事もある。そんな安定した土地柄のせいか、王族を始め国民は穏やかな気性の者が多かった。

 それだけ豊かな国で小国とあれば、周辺国からの侵略が最大の脅威だ。だが、農業や工業や資源を切り札にゼネフロイト国王は賢く立ち回り、他国に付け入る隙を与えない。

 小国ながらも大国と変わらぬ力を持ち、近隣諸国から「抜け目ない」と称されたゼネフロイト国の弱点はたった一人の王女だった。


 王女は家族に愛されて育った。その温かな家族に激震が走ったのは、王女が四歳の時だ。

 五歳年上の兄が剣術の稽古をしている隣で、王女も一緒に稽古をしている気になっていた。

 魔法を使えた兄が、剣に小さな雷をまとわせた。それを見た王女も真似をする。

 そう、真似をしたはずだった……。なのに、王女の目の前にあった騎士団の倉庫が三つ、雷に打たれて焼失した。

 兄の剣術の稽古をつけていたのが父だったこともあり、この出来事は事故として扱われた。

 だが、消せない事実もある。


「学ばずに魔法が使える上に、四歳にしてあの魔力……」

「百年に一度の戦いにおいて、シュリアーナが救世主の一人であることは間違いないでしょうね……」


 そう言った両親がため息をついたのが、私は不思議だった。

 だって、物語では「救世主に選ばれし者」は、その国の誇りで世界を守る英雄だ。自分達の子供が英雄に選ばれたのに、両親はどうしてこんなにも暗く沈んでいるのか私には理解ができなかった。

 だから私は、そのままの疑問を両親にぶつけた。そして、返ってきた答えに、驚愕した。


「シュリアーナ、私達は魔力があろうがあるまいが、お前を誰よりも愛しているよ。愛しているからこそ、私達の大切な姫を守らなければならない」

「ゼネフロイト国の王女が魔法使いだと知られると、その力を我が物にしようと貴方を妻に望む者が後を絶たないわ」

「シュリアーナを手に入れるために、下手したら戦争になりかねない。百年に一度の魔獣発生の前に、世界が滅ぶ可能性だってある……」


 国を脅してでも私を手に入れようと、ゼネフロイト国に揺さぶりをかけてくる者が現れる。国の情勢は不安定になるし、私の身の安全だって確保できない。両親はそう言って、私をギュッと抱きしめた。


「絶対に守る! だから、シュリアーナにも協力して欲しい!」


 幼いながらに王族としての自覚があった私にとって、自分の存在が国を危険にさらすなんて苦痛でしかない。どんな協力だってできると、その時は自分を疑わなかった……。


「シュリアーナが魔法使いだということを、その日が来るまで隠し続ける必要がある。決して魔法を使ってはならぬ!」


 私に対して溺愛メロメロの顔しか見せてこなかった父が、国王の顔をして言った。

 子供らしく「魔法を使いたい!」なんて言えないくらいに、私も自分の置かれた状況を理解できてしまった。

 王太子のように、王女は国に留まらない。むしろ逆で、王女は外交手段の飛び道具みたいなものだ。要は、世界を手に入れる力を、誰もが手にするチャンスがあるということ。

 それでなくても、豊かで旨味のあるゼネフロイト国と縁を結びたい国は多い。その上、王女が救世主の一人となれば争奪戦だけでは収まらない。

 国に揺さぶりをかけてくる者も、力づくで私を奪おうとする者も、愛する家族を害する者も後を絶たない……。

 そんな未来に怯える震えた手で、母は私の両手を痛いほどに握った。涙の盛り上がる目で私を見る母は、鬼気迫る程に必死だ。


「何があっても、今日みたいに魔法を使ってはいけないわ。絶対よ! シュリアーナ、お願いだから約束して。お願いよ、絶対に魔法は使わないと言って!」

「……絶対に魔法は使いません! 約束します!」


 私は固く誓ったつもりだけど、心配性の母はずっと不安が拭えなかったのだろう。その後もずっと「約束よ。絶対に魔法を使ってはいけない!」と、事ある毎に繰り返し私に言い聞かせていた。


 その日から私は「病弱な姫」として、城の奥に隠された。

 情報漏洩を避けるために、決められた人としか会えず会話もできない毎日。行動も制限され、自室以外は庭園の一部と図書室以外には行けない。

 剣術稽古の真似事をするくらいお転婆だった私だ。国のためと分かっていても、制約の多い毎日に心が疲弊していった。

 そんな単調な毎日の中で、私の逃げ場となったのが、魔法の研究だった。

 王族専用の図書室には様々な本が置いてある。当然、魔法に関する書籍だって少なくない。

「魔法を使うわけじゃない。魔獣発生時に戦うための研究よ!」

 そうやって私が一人で研究に没頭する中、家族は私という存在を隠すために神経をすり減らしていた……。


 他国からの侵略のリスクを避けるだけでも大変なのに、私のことが勘付かれていないかと気を回さないといけない。両親や兄の心労は計り知れないものだった。

 私に接触させた者の管理だけでなく、接触しようとした者への断りや背後関係のチェックも必要だ。ゼネフロイト国とつながりを持ちたい者が多いだけに、その作業だけで膨大な時間を取られる。両親も兄も、疲れ切り疑心暗鬼になっていた。

 そうなると国内の関係性が悪化するのはあっという間で、頼れる人間が少なくなるという悪循環。そこを狙う隣国の動きも活発になり、正に負のスパイラルだ。


 そんな国の状況を知らぬまま、私は十三歳になった。

 本来なら受けるはずの魔力検定も、病弱を理由に権力を行使して回避した。

 会話ができるのは、家族と家庭教師だけ。「マナーの練習なんてして、役に立つ日が来るのだろうか?」そう思いながらも、口に出すことはなく淡々と単調な毎日を送っていた。

 そんな私の前に、あろうことか、真っ黒な魔獣が現れた……。



 ユーグレストにとっても意外な話だったのか、瞼の下がった目が見開かれた。


「この世界に魔獣が現れたのは、三年前のはずだ……」

「十年前に、確かに魔獣は現れたのです」

「そんな……。何かの間違いではないか? 記憶違い、とか……?」


 必死に私の話を否定するユーグレストに向かって、私は首を横に振った。

 なぜ百年に一度の魔獣が発生するのかも解明できておらず、魔獣に関する研究は進んでいない。分かっているのは、魔獣は一度発生したら次々と湧いてくることだけだ。その魔獣が七年も息をひそめていたのだから、魔獣研究の第一人者であるユーグレストが驚くのも無理はない。


「崖っぷちの中を何とか凌いでいたゼネフロイト国は、この日を境に崩壊した。私が、母との約束を破って力を使ったから……。だから、絶対に間違えるはずがない」

「……魔獣による被害の報告は、残っていない」

「魔獣は私の魔法で消し去りましたから」



 魔獣が現れたことに誰も気づかないくらい、一瞬の出来事だった。

私が魔法を使って一撃で魔獣を仕留めたことも、誰も気付いていないと思っていたのに……。それを、見ていた者がいた……。

 当時宰相補佐だったエディ・テイトだ。

 信頼できる臣下が激減していた国王の右腕だった男は、私が魔獣を倒すのを国王と国王の護衛であるローライ・セルジと共に見てしまった。

 私のことは絶対に口外しないと国王に約束し、その様子は今まで通りに見えた。だが、エディ・テイトは、徐々に本性を露わにしていく。


 テイトはまず、私の降嫁を願い出た。父は取り合う気もなくはねのけた。だが、テイトは時を空けて、執拗に何度も何度も願い出る。私を嫁がせる気のなかった父が、意見を変え私を嫁がせようと決心するほどの執念だった。

 私の嫁ぎ先を決めた父は、しつこいテイトに対してハッキリと断った。テイトも「分かりました」と笑顔で答えていたそうだ。

 だけどそれは、彼の本心ではなかった。


 私という兵器を手に、テイトは世界を手中に収めることを夢見たのだ。その夢を打ち砕かれた彼が行ったことは、王家に対する復讐だった。

 ずっとゼネフロイト国を狙っていたマイデル国に、テイトは国を売った。情報を売るだけでは飽き足らず、反王家勢力を煽りたて、国内の対立構造を深刻化させた。

 今までと違って国の弱点を突いてくるマイデル国に父は手を焼いていたけど、反王家勢力を気に留めていた様子はなかった。ゼネフロイト国における国王の影響力は絶大だったからだ。

 多少の不満はあっても、誰だって平和で豊かな国を失いたくはない。だからこそ国民は国王を支持していた。

 加えて父からは、フーシュスト国に協力を求める書簡を送っているとも聞いていた。私たち家族は、状況を楽観視していたのだ。

「シュリアーナは落ち着くまで国を離れて欲しい。絶対に迎えに行くから、安心して待っていろ」

 力強い笑顔でそう言った父の言葉を信じて、私も修道院に向かった。

 あれが家族との最期の会話になるなんて、思いもせずに…。

 まさかテイトが、反王家勢力に危険な武器まで提供しているなんて思わなかった。王城の使用人を買収して、王族専用区域に敵を手引きするなんて思いもしなかった……。


 身を寄せていた修道院で両親と兄が反王族勢力に処刑されたと聞いた私は、すぐに国に戻ってテイトや反王家勢力を蹴散らそうとした。

 それを許さなかったのは、シスターラマリだ。


「シュリアーナの特別な力は、世界を守る以外に使ってはいけない。自分のために使ってしまったら、貴方を選んでくださった女神様を裏切ることになる。そうなれば、きっと世界は救えない」


 シスターラマリは大好きだったけど、何を言っているのだろうと思った。

世界なんてどうでもよかった。こんな力を私に与えた女神なんて、憎んでいたくらいだ。


「この力のせいで自由を奪われた。この力のせいで愛する家族も国も失った。その上復讐よりも世界を守ることを強要されるのなら、こんな力と一緒に自分も消えてしまいたい!」


 大きな力を持ちながら、家族を守れなかった……。守れないどころか、私が家族を死に追いやり、国を滅ぼした。

 私が、母との約束を破って魔法を使ったから……。こんな私が生きている理由が分からない。

自分の無力さを泣き叫ぶ私を、シスターラマリは抱きしめた。


「私も内戦で夫と子供を殺された。シュリアーナの気持ちは痛いほど分かるわ。でも、貴方を守るために、ここに送り出した家族の気持ちを考えてみて」


 私のせいで人生を狂わされた家族が、私の秘密と罪を背負って死んだ家族が、私が世界を救うことを望んでいる。

 それを思うと涙が止まらなくて、苦しい。自分が生きているのが申し訳なくて、弱くて卑怯な私は、自分の記憶を消し去ってしまった……。



◇◇◇◇◇


読んでいただき、ありがとうございました。

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