Happy Halloween

丸丸九

第1話

ハロウィン、時にハロウィーンと呼ばれるその祭りは起源をケルト、現在の英国に持つという。

この日は死者の世界と我々の世界の境界が曖昧になるようで、現代日本においては様々な(もっぱらサブカルチャーのコスプレだが一般的には怪物の)仮装をして街を練り歩き浮かれはしゃぐ日とされている…まぁ細かいことは検索エンジンにぶち込むなり図書館で調べて、各々見識を深めていただきたい。

今回理解しておいて欲しいのは普段と違う格好や存在でいるのが普通だということで他のことは些事で蛇足なのだから。


 陽は完全に沈み夜の帳が下りた街だがネオンと街灯に照らされているためギラギラとして暗さを感じなく、浮ついた熱気に包まれていた。

路上のどこそこで歓喜の声をあげながら酒に溺れる者や熱に身を任せ暴れ回る者で路上は敷き詰められていた。

かくいう自分もその内の一人なのだが窮屈で仕方ない。一歩歩けば誰かにぶつかり立ち止まればぶつかられる、正直こんな所にいて何がどう楽しいのか一切の理解ができない。出店があるわけではなく、何か代表的なものがあるとすれば指導する警察が面白かったりする程度、なぜこんなに盛り上がるのか全くわからん。

だが仕事は仕事、そういう不満をグッと飲み込み自然な風に作った笑顔を振り撒くのだ。


「はーい!現世探訪ツアー参加者の皆さんはこちらに集まってくださーい!」


それが私、隔世観光代理店。略してカッコウの仕事なのだから。




 ハロウィンは数少ない現世へと行くことが許されている日だからかとにかく人気が高い、同列の日にお盆があるが、あれは遺族がちゃんと迎え火をしてくれないといけなかったり、まず子孫が居なかったりなどの理由があるため客数もあまり膨れ上がることはないのだがハロウィンにはそういう制限もないため、多くの死者が現世へと出たがる。しかしその全てを放出してしまっては生者のいる場所がなくなってしまうし騒ぎに乗じて止まる者も現れてしまう、そのため我らカッコウが代理店として人数を制限して統率するのだが…まぁこれがきつい。現地誘導の私のやる事は集合と点呼くらいなもので基本的にやることは少ないのだが、環境が環境である。空気は悪いゴミは多い人は多い四方八方やかましい中で自分一人だけスーツで作り笑いしなきゃいけないのは、もうやってられない!


「…39、40、41、42。はい、全員確認終わりましたのでそれぞれ夜明け前までは自由行動となりまーす!皆さんたっぷり楽しんできてくださいね!」


くっそぉ、私だって本来ならあの喧騒の中に飛び込んで何も考えずにこの日を楽しんでいたのに!ちゃんと倍率億超えるほどのチケット取ったのに!急に仕事入れられてこれだよ!ほんっとうに、もう!大体私はこういう人混みが多いのが嫌だから裏方ずっとやってたのに、こんな仕打ち受けるほどの悪行は積んだ覚えはなーい!!


「うっわスゴ、あの仮装」

      「本物みたーい」

  「ヒャッホー!ハロウィン最高!」

         「え、写真撮ろ!写真!」

 取り敢えずここはうるさすぎる、どこか静かな場所へ移動しよう。






 駅近くから離れると思ったよりも静かなもので、いわゆる日常的な夜の風景がそこにはあった、皆虫や鳥みたいに喧騒に向かっていったからか普段よりも人の気配が少ない、そう感じるのは生前の私の記憶のせいだろう。

元よりハロウィンにいい思い出は無い、というよりも作ろうとしなかった。

 家に帰れば勉強漬けでお菓子を食べようものなら罵声と平手が飛んできて泣いて謝る他なかった、情けないものだが大人になってもその幻影に取り憑かれて、まともにこの日を認識できたのは60過ぎ、母親と別れた時だった。それ以前は恐怖と嫉妬と羨望に塗れた目しか向けてこなかった。生前の、もう何年前だったかなんて覚えて無いほど遠い記憶だがそんな悪感情が強いせいか、まだ今日という日は恐怖と嫉妬で形作られている部分がある、だから随分と記憶の薄れた今年こそは良い思い出を作ろうと思ったのだが、これを生前の記憶と結びつけるのは強引すぎるのは理解しているがつい悪態を吐きたくなってしまうものだ。

なんてブツブツ考えていると


「とりっくおあとりーと!おかしをくれなきゃイタズラするぞ!!」


なんて聞こえてきた、多分近所の子どもたちなのだろう。どうやら考え事しながら移動しているうちに住宅街の方まで来てしまっていたらしい。しまった、いくら自由行動にしているとはいえ監視役も請け負っている私が参加者が多くいる場所から離れてはいけないのに。急いで戻らねば…ってあそこに座り込んでいるのは確か…


「お嬢ちゃんたち、ハロウィンの参加者かい?」


「うん!僕たち悪ーいお化けさんなんだぞ〜!」


「ヒッヒッヒ、そりゃあいい。悪ーいお化けさんならヨォ」


『少しくらい食っちまっても問題ないよなぁ!』


そうだ、あれは餓鬼の大親分じゃないか!話を聞いていればやれ食うだの何だのと、クソ!罪人にも平等に権利はあるべきだとかいう奴らのせいでああいう輩が現世に出てきて何かしら問題を起こすんだ!

早く解決せねば!


『ヒャッヒャッ!そーれ鬼ごっこの時間だ!捕まったやつからペロリといっちまうぞぉ!ってなんだい、ガイドさんじゃあないか、あんたも加わるのか…』


「観光規則第37564条に則り、物理的に対処させてもらう!チェストぉぉ!!」


気合いと助走を込めた錐揉み式ドロップキック!!


『ぎゃあああ!!』


つまり、相手は死ぬ。



 こういうのも仕事とはいえ久々に動くとかなり疲れて、もう帰りたい、が後始末も業務内容の一環である。にこやかにそして子どもが好きそうな感じで。


『悪は滅した、もう大丈夫だともチミっこ達!でも今日は遅いから、もうお家に…』


「わ、わるいかいぶつめ!ガキのおじちゃんになにするんだよ!」


「は?」


ガキのおじちゃん?まさかこの一瞬の間に洗脳を!?いやいやそういう能力は餓鬼には備わらない筈、じゃあ一体?


『イチチ…いきなりひでぇじゃねえの、不意打ちで飛び蹴り喰らわしてくるってのは。まぁ、何も伝えてこなかった俺にも非はあるんだがな』


!まさかあのキックを受けて尚生存するとは、カッコウに伝わる最強技だぞ、アレは!

だが、何か訳アリのようだ。一度話を聞いてみるのが吉、と今日の死に方占いに書いてあったから聞いてみたいのだが…


『あの、さっきから膝関節を執拗に狙うのやめてもらっていいかな?立ちっぱなしなのも相まって結構痛いんだけど』


『こらこら、そこら辺のしといてやんな。この兄ちゃんはお前さんらのために来てくれたんだからな』


 どうやら初めてきた時に迷い込んでしまい困っていた所仮装した大人だと思い込んだ子どもたちに助けてもらったようで、それ以降毎年恒例のイベントとしてここら辺の子どもたちの遊び相手になっていたらしい。チケットの優先枠に入っていたがこういう理由だったのか。

まぁ、なんにせよ事件じゃなくてよかった。仕事云々もそうだが、やっぱりこういう日に悲しい事件が、それも子どもに起きてしまうのは心が痛むからな。

 さて、ここには何もなかったようだし、戻って他の人たちの様子を見にいかねば。


『おや、もういっちまうのかい?どうせここまで来たんだからよ、ちったぁ楽しんでいっちゃあどうかね』


『お誘いは嬉しいのですが、私は仕事中でして。それに他の場所で事件が起こっていない保証もありませんから』


『そうかい。肩肘張っている、わけでもなさそうだ。まぁ、何か仕事以外の理由もあるんだろうがお前さんがそれでいいなら問題ねぇか。引き止めて悪かったな、そいじゃ。ハッピーハロウィン』


『ええ、ハッピーハロウィン』


「あ、あの!」


『うん?どうしました?』


「えっと、さっきはごめんなさい!それでえっと、キック、ヒーローみたいでカッコよかった!です!」


『おや、心に留まったようで何よりです』


「それでね!でね!つぎのハロウィンのときもまたみたい!です!だから、またね!ホネのおじちゃん!」


『!ええ、また来年のハロウィンで、ハッピーハロウィン』





 …まさか擬態が解けているとは、随分と心乱されていたらしい。

それにしても、またね、か。

単純なもんだが案外、こういうのも悪くない、というよりもこういう過ごし方は好きだな。

来年も現地誘導員の仕事回して貰うとしよう。

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