気づかないうちにクラスでイジメられている女子を助けたらめっちゃ懐かれて四六時中ひっついてくるようになったんだけど

むべむべ

気づかないうちにクラスでイジメられている女子を助けたらめっちゃ懐かれて四六時中ひっついてくるようになったんだけど

 それは秋という概念を忘れて夏日から一桁代の寒さへと急転直下を遂げた、今にも冬に差し掛かろうかという季節のことだった。


 隣の席の女子が教科書をなくして困っていたのだ。

 家に忘れてしまったのだろうか。

 友達らしき女子集団もクスクス笑っていたので、よくドジをする娘なのかな?と思った。


「なんだ教科書を忘れたのか。だったら僕と一緒に見る?」

「えっ」


 そう聞くと、女子は何故だかとても驚いた顔をしていた。

 まさか教科書を忘れた子に対して見て見ぬふりをするような酷い奴だとでも思われていたのだろうか。


 ……否定はできない。

 僕は他人から話しかけられたら普通に返せるが、自分から積極的に話しかけに行くタイプじゃない。

 そのせいで友達もほぼいない。

 周りから無愛想な奴だと思われていても不思議はなかった。


「え、い、いいんですか……?」

「大丈夫。迷惑とか気にしなくていいから」

「あ……ありがとう、ございます」

「なんなら君が使ってくれていいよ。僕、予習してくるタイプだから内容は頭に入ってるんだ」

「あ、い、いえっ。お構いなく……」


 どうにも吃りがちな話し方をする女の子だなぁ。

 もしかしたら知らない男子に馴れ馴れしく話しかけられて怯えてしまっているのかもしれない。

 まあ声自体は透き通っていて綺麗だったからか、ちゃんと聞き取れたので問題はなかったけど。


「君の名前は?」

「え、えっと、音無一子おとなしかずねといいます」

「そっか。僕は犬飼康太いぬかいこうたっていうんだ。今更だけど隣同士よろしく」

「は、はいっ」


 今までクラスメイトと積極的に交流をしてこなかったから、こうして怯えられてしまっているのだ。

 これからは少しずつ他人に話しかけるようにしていこう。

 そう決意するのだった。




 二日後。

 気分転換に校舎をあてもなく散歩していると、人気のない校舎裏の方で音無さんがいるのを見かけた。

 彼女は屈んでいて、まるで何かを探しているようだった。


「音無さん、何をしてるの?」

「えっ!?あ、犬飼くん……」


 彼女は突然声をかけられてビックリしたのか、とても慌てていた。

 まるで隠したかった秘密を見られてしまった時のようだった。


「その、落とし物をしちゃって……ペンケース、なんですけど」

「へえ」


 普通、こんなところでペンケースを落とすだろうか。

 ……いや、まあドジっ娘みたいだしありえるか。

 うん、きっとこの子は特性てんねんなんだろう。

 それなら仕方ない。


「じゃあ僕も探すの手伝うよ」

「え!?で、でも悪いですよ」

「気にしないで。席が隣同士の縁ってやつだよ」


 本当は少しでも話せる友達が増えますようにという姑息な媚売りなのだが……。

 いや、親切心だってもちろんあるよ?うん。


「……ありがとう、ございます」

「いいって。ああそうだ、敬語も使わなくていいよ。同級生なんだし気軽に話してほしいな」

「は、はい。じゃあ、その……犬飼くん、ありがとね」


 そういう彼女は、とても可愛らしい笑顔を浮かべていた。

 不意にみせられた女の子らしい魅力に、僕は少しだけ頬を赤く染め上げるのだった。




 三日後。

 僕は以前音無さんをクスクス笑っていた女子集団に呼び出され、校舎裏で囲まれていた。

 なにこれリンチが始まるのかな?


「ねえ、あんたどういうつもり?」

「なんで音無と仲良くするワケ?」

「なに、あいつのこと好きなの?」


 などとマシンガンのように質問を投げかけられた。

 一体全体どうして彼女と仲良くしただけでこんな詰められなくちゃいけないのか。

 悩んだ末、僕は一つの答えに辿り着いた。


「そうか……!君たちは僕が音無さんに絡みすぎだって言いたいんだな!自分たちがあの子と遊ぶ時間が減るじゃないかと!」

「は?」

「ごめん、気づかなかったよ。そうだよね、音無さんにも僕以外との付き合いがあって当然だ」

「何言ってんのこいつ」

「これからは彼女に話しかけるのは抑えめにするよ。ごめんね、女子の美しい友情に水を差して」

「えぇ……」


 そういうと、女子集団は安心してくれたのか「もうそれでいいよ」と帰っていった。

 対話に成功したみたいだ。やったね。

 そう思っていたのだが、三日もしないうちに今度は音無さんの方から迫られた。


「な、なんで私を避けるの……?私のこと嫌いになっちゃった……?」


 どうやら誤解させてしまっていたみたいだ。

 そんなことはないよと、懇切丁寧に訂正する。


「いや、そんなことはないよ。ただあまり僕ばかりが話しかけると、他の人と話せなくなっちゃうでしょ?そしたら音無さんに迷惑かなって」

「ぜ、全然迷惑なんかじゃないよ!むしろもっと話しかけてきてほしいもん!!」


 これまでにない迫力の大声だった。

 どうやら音無さんの中で、僕はそれなりに仲の良い友達としての地位を築けていたようだった。


「ごめんね、勘違いさせちゃって。これからは前と同じように話しかけていくよ」

「うん、うんっ。いっぱいお話ししようねっ」


 嬉しそうに笑いながら抱きついてくる彼女の頭を撫でる。

 まるでわんこのようだった。

 そういえば音無さんの名前は一子っていったっけ。


 一は英語でワンだし、子はことも読めるから合わせればわんこだ。

 なんてこった、音無さんはわんこだったのか。

 思わず勢いで顎の下も撫でてしまった。


「きゃん!?……くぅん……」


 鳴き声もわんこみたいだった。

 



 一週間後。

 音無さんはすっかり僕の後ろをついてくるようになった。

 まるでRPGの仲間キャラみたいだった。

 首輪でもつけたら本格的にわんこになりそうだなぁ、と思った。


「音無さん、流石にトイレは一緒に入れないよ」

「あ、そ、そうだよね!ごめんね!」


 たまにちょっとおかしくなるけど、そういうところもドジっ娘らしくて可愛かった。


「あ、そういえば机に落書きされてたから消しといたよ。まったく酷いことをする奴もいたもんだ」

「!……あ、ありがとね。犬飼くん」

「いいってことよ」


 字がとても下手くそだったのでなんで書いてあったのかは分からないが、きっとやんちゃな男子あたりがその辺にあった机に落書きしたのだろう。

 それがたまたま音無さんの机だったのだ。

 まったく、同じ男として恥ずかしい限りだ。


「……ねえ。犬飼くんは、どうしてそんなに私に優しくしてくれるの?」

「どうしてって?」

「だ、だって私、犬飼くんに何も返せてない……色んなことしてくれたのに、私はあなたのために何も出来てないから」

「僕たちは友達じゃないか。損得で付き合う大人じゃないんだから、そんなの気にしなくていいよ」

「────」


 なにせ高校生活で初めて出来た仲のいい友人だ。

 ちょっと話すだけの仲じゃない、一緒に家に帰ったりもしたのだ。

 これはもうちゃんとした友達と呼んで然るべきだろう。


「……犬飼くん、大好きっ」

「僕もだよ」


 願わくばこのまま卒業しても友達でいてもらいたいものだ。

 あれ以来やけに頭を撫でてほしいとねだってくる彼女のために、今回も僕は生絹のように綺麗な髪を撫で付けるのだった。




 一ヶ月後。

 僕は、校舎裏で音無さんと例の女子集団が喧嘩している場面に遭遇してしまった。


「男ができて調子乗ってんのか?うぜぇんだよ!」

「ひぅっ!?」


 女子たちが何を言ってるのかよく聞き取れなかったが、これは由々しき事態だ。

 当然見過ごせるはずもなく、僕は慌てて間を取り持った。


「待ってよ!友達同士の喧嘩でも暴力はダメだよ!」

「は!?なに、またアンタなの!?」

「そりゃあ河原で殴り合って友情を深めるのはありがちだけど、女子がそれをやるのは無謀だよ!あ、いやジェンダーレスの時代にこの言い方はまずいか……えっとね」

「こいつ話通じないから嫌い!」

「もう行こ!いつまでもこんなのに構ってらんないよ!」


 必死に言葉を尽くそうとしたが、これまで友達がいなくて口下手な僕では彼女たちを説得することはできなかったようだ。

 足早に去っていく彼女たちの背中に一抹の悔しさを覚えつつ、音無さんの様子を見た。


「大丈夫?叩かれてたけど怪我してない?」

「あ……大丈夫、だよ。えへへ、ごめんね。カッコ悪いところみせちゃって……」

「いいや、全然カッコ悪くなんかなかったさ」


 いくら友達でも喧嘩をするくらい当たり前だ。


「うーん、彼女たちと仲直りできたらいいんだけど。僕は役に立てそうにないしなぁ」

「……いいよ、あんな人たち。私には犬飼くんがいればそれでいいの」

「え?いや、でも友達一人は寂しくないかな」

「犬飼くんは、私しか友達がいないと寂しいの?」

「それは……いや、別にそうでもないな」

「だったらいいんじゃない?」

「確かに……」


 思い返せばこの一ヶ月半、音無さんと過ごした時間はとても楽しかった。

 彼女がいれば他の友達がほしいとは思わなかった。

 もし同じことを思ってくれていたなら、それはとても嬉しいことだった。


「犬飼くん、ずうっと一緒にいようね……」

「うん、いいよ」


 胸にしなだれかかってくる音無さんの小さい体を抱きしめる。

 女子の友達と喧嘩別れしたばかりでナーバスになってしまっているのだろう。

 ここは僕が頑張って支えていかなくては。

 恒例の頭なでなでをして、彼女の精神を落ち着かせるのだった。




 三ヶ月後。

 僕と音無さんは相変わらず一緒に行動していた。

 けれど背後にピッタリついてくるのではなく、現在は腕に抱きついてくるようになっていた。


「えへへ、康太くぅん……」


 ちなみにお互い名前呼びになっていた。

 頭の中では音無さん呼びが習慣づいちゃってるけどね。


「おっ、夫婦が今日も仲良く登校してきたぞ!」

「仲がよくて羨ましいなー!」

「もう、からかわないでよ」


 そして僕と音無さんの仲の良さを見た他の人たちも、自然と好意的に接してくれるようになっていた。

 きっと得体の知れないクラスメイトから社交性はあるけど控えめなクラスメイトくらいの位置に格上げされたのだろう。


 それもこれも全部音無さんのお陰だ。

 彼女には感謝してもしたりないくらいだった。


 だというのに僕ときたら、あの女子集団と音無しさんとの仲を取り持つことができなかったのだ。

 友達として不甲斐ないばかりだった。


「もう、そんなのどうでもいいの。康太くんさえいてくれれば、私は他に何もいらないから……」

「一子ちゃん……嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


 きっと不甲斐ない僕を励ましてくれたのだろう。

 お礼に僕は彼女を抱きしめると、万感の思いを込めてこう言うのだった。


「大好きだよ一子ちゃん。ずっと一緒にいようね!」

「うん。ずうっと、ずうっと一緒だよ……ふふっ」


 音無さんが笑う。

 その笑顔は、依然変わらず可愛らしいままだった。

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気づかないうちにクラスでイジメられている女子を助けたらめっちゃ懐かれて四六時中ひっついてくるようになったんだけど むべむべ @kamisama06

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